第4話
今日はバイト四日目、土曜日。
学校は休みなので、今日は朝からお店に顔を出して開店の準備を手伝っています。
マスターが「そんなに急がなくても、お客さんは来ませんから。」と笑顔で言っています。が、いいのか?これって?
「マスターは、儲けたくないのですか?」
私がマスターに覆いかぶさるようにするもんだから、マスターはのけぞりながら、「も、もちろん、儲けたいですよ。」
「じゃぁ、何でモーニングサービスがないんですか?」
ジリジリと壁際に追い立てるようにせまりながら聞くもんだから、マスターは後ずさりするしかなく壁際にまで追い詰められ逃げ場を失ったマスターは香の顔を直視できず、か細い声で言った。
「うちの珈琲の値段ではお客さんも来ませんって。」
ドンッ!私は壁に手を叩きつけマスターの顔を覗き込みながら
「やって見た事があるんですか?」
「・・・・・」
「マスター?」
「・・・・・」
「ないんですね。」
「・・・はい。」
「出しましょうよ!モーニングサービス!一食3000円で!」
「香さん、さすがに3000円は高いのではないでしょうか?」
「わかる人っていうのは、美味しければいくらでもお金を出します!この店で珈琲を飲む事がステータスになればいいだけの話です!」
「そ、それでは、香さんのお好きなように・・・」
「それは、俺が許さん。」 いつもの常連さん。
「何でですか?私は、この店の美味しい珈琲をたくさんの人たちに知ってもらいたいだけです!」
「それをしてみろ、せっかくのこの店の空気が悪くなるぞ。」
「お客さんが増える事に関係あるんですか?」
「ああ、この店が外に知れてみろ、絶対に流行る。大当たり間違いなし。」
「なら、いいじゃないですか。宣伝しましょうよ。」
「まあまあ、結論を急ぎなさんなって。この店が流行るとどうなる?色々な客が来るだろうな。そして、ファッションのひとつになってしまう。」
「ファッションのひとつ?どういう事ですか?」
「珈琲の味も分からないのに、ここに来るのが目的だけの人達かな?そんな人たちは、マナーが悪い。やれ「映える〜」とか言ってスマホでパシャパシャ、珈琲はそっちのけで、大きな声でおしゃべりに集中してしまう人達、ケータイとにらめっこの人たち・・・。」
「でも、売り上げが上がるんですよ!いいじゃないですか!」
「香ちゃん、前になんで腕時計をしないんですか?って聞いてきた時の話を覚えてる?」
その言葉にハッとして、畏まってしまう私。
「そうでしたね。ここの珈琲が美味しいから、高いお金を払っても通うんですよね。それに、自分の時間を誰にも邪魔されずに楽しむために、時計を付けない、携帯の電源もOFFにするって言ってましたもんね。」
・・・そうだ、この店に来るお客さんは、珈琲の味と時間を楽しんでいたんだ。
私はマスターに頭を下げて、「ごめんなさい」と謝った。
「頭を上げてください。香さん。」
マスターが慌てた素振りで早口口調になり
「元々は私が商売上手じゃないのが原因なんです!香さんはどうにかして売り上げを上げようと考えてくださったのに不甲斐ない店長で申し訳ありませんでした!」
気が付けば、マスターと私、二人とも頭を下げている格好になり・・・
「でも、モーニングサービスはやってくれよな」と、カカカと笑いながら、常連さんが言った。
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マスター、私、常連のお客さん、マダムと店内で企画会議・・・。
「俺は、トースト・ゆで卵・サラダの定番がいい!」
「何を言っているの!モーニングサービスと言えばBLTサンドでしょ!」
「あ、あの、店内に料理の匂いは・・・」マスターの声は虚しく、二人には届かない。
「いいえ、これで行きます!」私が提案した料理は、薄切りバゲットにチーズ、トマト、アボカド・ゆでたチキンをサンドしたもの。
「ソースは何種類か用意して、お客さんに好きなソースを自由に付けて食べてもらうんです。これなら、料理の匂いもないし、味がひつこくないから、珈琲の味を損なわないはずです!」私の提案に皆がオ〜っと拍手をしてくれてメニューは決まった。
「それで、値段はいくらにするんだ?」
「え?3000円ですけど?」
「え?高?」
「もちろん、いい材料で作りますよ。手抜きもなしで。」
「アハハハハ、楽しみだなぁ~」
「でしょう~」
モーニングサービスの案は撤廃されました。
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「でもですね、
すると、カランカランと扉が開き、パティシエ店長が荷物を持ってやって来た。
「これが、いいと思って開発したわ!」と出してくれたのは、クッキー。
「開発したって、何を?」
「珈琲の濃さに合わせて、甘さを大・中・控え目、さらに珈琲の香りを引き立てるために匂いを抑えめにしたの。一見、簡単そうで全部、同じ味にしようとしたら、結構難しいんだからね!」
「じゃあ、皆さんで試食と行きましょうか?」マスターが、スタンダードなブレンド珈琲を淹れてくれた。
珈琲を一口、クッキーを一口。また珈琲を一口・・・。
「いいんじゃないでしょうか。甘さは、中と控え目がちょうど良いと思います。大ですと、珈琲の苦みが際立ってしまい、楽しめません。」
「それで、お値段は?」常連客が聞く。
「私としましては、サービスでもよいのではと・・・」
「マスター?」
「500円で、どうでしょうか・・・?」
「このお店に私が作った物が置かれるなんて、名誉な事だわ!」とパティシエ店長が、大喜びをしている。今後は日持ちが出来るように開発をするそうだ。
パティシエ店長をお見送りしていると「香さん、ありがとうございます。」とマスターが言ってきたので、私は両手をブンブン振りながら
「いえいえ、私はただ、美味しい珈琲をもっと楽しんでもらいたいだけです!」
「その気持ち、忘れないでくださいね。」と言う店長の笑顔は素敵だった。
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