第3話
バイトを始めて三日目。
「おはようございます・・・。」
「おはようございます、なんだか声がちいさいですね?」
「いえ、おはようございますって言うのが、なんだか恥ずかしくって。」
「アハハ、そうなんですね。はい、珈琲をどうぞ。」
一杯の珈琲を入れてくれる・・・。これも違う味だけど、美味しい。
珈琲って種類があるのかしら?マスターに聞いてみると・・・
「珈琲は世界中で数えきれない程の種類がありますよ。珈琲と呼べるかどうかはわからないですけど、タンポポからも珈琲はできますし、ドングリからも出来ますよ。」
へぇ~そうなんだと感心していると、「一般的な珈琲は世界各地で栽培している珈琲豆から抽出しているものですね。」
私がコーヒーカップを眺めていると、「その珈琲も人気の珈琲ですよ。」
「珈琲に名前なんてあるのですか?」
「今、香さんが飲んでいるのは「ブルーマウンテンNo.1」飲みやすいですよね。」
「ち、ちなみにお値段は・・・?」
「そうですねぇ~最低でも6000円ぐらいは貰ってもいいんじゃないかって思います。」
私は、顔を真っ青にして「そ、そんな高級な珈琲なんて、私は飲めません!」
マスターはクスッと笑い、「実は同じブルーマウンテンでも、この珈琲豆は中々、手に入らない代物なんですよ。だから、香さんに飲んで欲しかったんです。」
「な、なぜですか?」
「いつかは、自分で珈琲を入れてみたいでしょ?だから、最高の味を知っておいて欲しいんです。それとこの店で働くのです。お客様に失礼のないようにするためでもあります。」
「この珈琲も、お客さんに出しているんですか?」
「いえいえ、ブレンドコーヒーで使っているのは、ハイマウンテンと言う珈琲豆を使ってます。同じブルーマウンテンのようにも思えるのですが、ブランドと言いますか、生産している所が違うんです。ですので、安価でお客さんに出せますね。」
・・・日給よりも高い珈琲・・・タダで飲んでもいいのかなぁ〜。勉強のためとは言え、気が引ける・・・。
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カランカラン、いつものお客さんが来た。
マスターは何も言わずに珈琲の準備をする。
「よ!香ちゃん、お店には慣れたかい?」
「いえ、まだ三日目ですよ。覚える事ばっかりで・・・それに、さっきはものすごい高い珈琲を勉強の為って頂いたし・・・。」と、お水とおしぼりを出しながら、お客さんに言った。
「ほう、それはそれは・・・」腕時計を外して、おしぼりで手を拭くが、腕時計を付けないまま、テーブルに伏せて置いてある。前回も同じ仕草だった。なんでだろう・・・。
「なんで、腕時計を付け直さないんですか?」と尋ねると
「お店の中に時計はあるかい?」
店内を見渡してみると・・・時計がないのだ。
「このお店にはね、時間はないと言うか時間という概念がないんだよ。」
「まるで、異空間にいるみたいにさ。」
確かに、窓の外は緑でいっぱいの上、とても静か・・・ここは都会の真ん中だという事をすっかり忘れてしまう。
「だから、この店に来るお客さんは、時計を持ってないか外すんだよ。自然と携帯電話の電源も切ってるしね。」
「まっ、自分の時間を邪魔されたくないって言うのが一番の理由かな?」
「お待ちどうさま」マスターが珈琲を出してくる。
「マスター、今日はサンドウィッチも出してくれない?腹、減ってさ。」
「わかりました。少し待ってくださいね。」
「そのうち香さんにもサンドウィッチを作ってもらいますからね。」
「わかりました。私、こう見えて料理は得意なんです。」
「おっ、それじゃぁ色んな料理を出してくれよ!マスターいいだろ?」
「申し訳ない、それは出来ないんです。」
「なんで?」
「せっかくの珈琲の香りを料理の匂いで邪魔されたくないですから。」
・・・なるほど。それで、たまごサンドしかなかった訳か。
「それなら、スウィーツの店長にマスターの淹れる珈琲に合うお菓子を仕入れると言うのはどうでしょうか?」
「それならば、いいですよ。」
この店にメニューが追加される事が決定した。
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「ところでマスター・・・・。香ちゃんに、いい珈琲を飲ませたんだって?」
「ええ、そうですよ。」
「何を飲ませたんだ?あれか?」
「ええ、ブルーマウンテンNo.1です。私とお客さんを繋げてくれたきっかけの珈琲ですね。」
「と、いう事は鍛えるんだな?いよいよか?」
「今は、珈琲嫌いの香さんにおいしい珈琲を楽しんでもらいたい、それだけですよ。」
「そうかそうか、それは香ちゃんも苦労する!」
私は何の話?と思いつつ、どういうことですか?と聞くと
「これからは、香ちゃんは他の店の珈琲や缶コーヒー、コーヒー牛乳さえ飲めない舌を持ってしまうということさ!」ガハハハとお客さんは笑う。
カラン、カラン・・・。
珍しく、他のお客さんが入って来た。それなりに年を重ねてはいるが、小綺麗な佇まい、ピンと伸びた背筋、粋という言葉が似合いそうな女性。
「オー、久しぶりじゃないか、マダム!」
「そうね、半年ぶりかしら?」
「今まで、何してたんだ?」
「旅行よ、旅行。でも、大変だったのよ、あら、この子は?」
私はまた、頭をペコペコとさげながら、「最近、このお店で雇ってもらいました香と言います!よろしくお願いします!」
マダムはフッと笑みを浮かべ
「あなたのように、純粋な人は嫌いじゃない、いえ、好きな方よ。よろしくね。香ちゃん。」
「それにしても、マスターが人を雇うって、どういう風の吹き回しかしら?」
まただ、このマスターはと言うか、この店に他の従業員は必要か?と私も思ってしまう位の客の入り・・・儲かってるとは思えないんだけど、実際に私はここでバイトしてる訳だし・・・。
「それで、マダム。何が大変だったんだ?」
「あっ、そうそう、いろんな国を旅してた訳なんだけど、どこの珈琲も美味しくないの!イタリアに行ってもよ!エスプレッソばかりだから、ギリギリ飲める珈琲屋を見つけるのに苦労をしたって訳。」
「お待ちどうさま」
マスターが珈琲を差し出す。
私はマスターに「ひょっとして、このお客さん専用のブレンドですか?」
「ええ、そうですよ。香さんの分もありますから、飲んでみてください。」
通称、「マダムブレンド」を試飲してみる・・・あれ、すっきりとした味わい。でも香りが高い・・・。
「この珈琲って違う豆から作ったのですか?」
「いえいえ、香さんとこの二人のお客さんが飲んでいる豆は同じ物を使ってますよ。ただ、配分と焙煎時間が違うだけです。」
「そんな事が出来るんですか?すごいですね!と、いう事は他にも配分を変えてとすると、また違う味になるってことですか?」
「さすがは香さん、良い勘してますね。マダムの時も苦労はしましたけど、面白いですよ。珈琲を淹れるって事は。」
「苦労したって、私が嫌な人みたいじゃないの!」マダムがちょっかいを掛ける。
「いえいえ、マダムが納得して美味しいと言っていただける珈琲を探すのは、とても楽しかったですよ。」
すごいなぁ~とみんなの会話を見ている私に向かって
「いずれ、香さんにも出来るようになりますよ。」と三人が微笑みながら私の方を見ていた。
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