第12話 近づく二人 ~ドラゴンの知らせ

 モジモジして口ごもる私を見て、シオンさんは私の来た目的を理解したみたいだった。


「決心されましたか?」

「いえ、その、聖女を目指すとか大それたことじゃなくて、魔法学科の学生だから、やっぱり魔法を勉強しないといけないかなって。それに私が魔法をできるようになると喜んでくれる人もいるし……」

「ええ、それで十分ですよ。先のことは後で考えれば良いと思います」


 そうしよう。

 せっかく、魔力があるのだから、とにかく人並みに魔法が使えるように頑張って、それから考えよう。


「お嬢様、少々お待ちください。水やりを終えてしまいますので」


 お嬢様、とても他人行儀な呼び方。

 我が家で働いてくれている人は使わない。


「ねえ、みんなみたいに名前で呼んで欲しいんだけど。アンジェで構わないから」

「それでは、アンジェ様、でよろしいですね」


 うれしそうに笑ったシオンさんが言葉を続けた。 


「では、私もさん付けなしで、シオンとお呼びください」


 年上の男性を呼び捨てにするのは気が引けなくはないけど、彼氏、恋人気分でいいかもしれない。


「わかった、そうするね、……シオン」


 ちょっとためらったが、言ってみた。きっと、顔はうれしそうに笑っていたかも知れない。

 お互いの呼び方を変えただけで、二人の距離が前よりずっと近付いた感じがした。



 畑への水やりを私も手伝って早く終わり、魔法の練習を開始した。

 もう小石を使うのではなく、魔法を発動させることにした。


「じゃあ、まず一人でやるわね」


 右手をかかげて手の平の上に青い魔方陣を展開させて、小さな水球を作り上げるが約三センチぐらいが限界。

 昨日のように、シオンさん、いえ、シオンは私の背後から左肩に手を置く。


「では、始めます」


 シオンがそういうと、左肩に向けてマナが勢いよく流れていき、そして戻ってくる。

 なにかにぶつかって止まった感覚と共にガクンと反動を感じる。

 『封印』に流れこんだマナがぶつかったのか?


 その感覚が二度、三度と続いた後、スッとつまりが取れたように流れがスムースになった。

 同時に水球の大きさが急に、こぶしぐらいに大きくなった。


 おおっ、すごい!


 思わず自分で驚いてしまった。

 シオンの手がゆっくりと肩から離れていったが、水球はそのままの大きさを保ったまま手の平の上で回転している。


 『封印』の穴が大きくなって、使える魔力が大きくなったということなのかな。


「別属性の魔法を発動できますか?」

「ええ、学校でやってみた」


 左手を前にかかげて緑の魔方陣を出し、つむじ風を作ってみる。

 学校で作ったものよりずっと大きく、大人の頭ぐらいの大きさにまでできた。


 さらに赤と金色の魔方陣を出して火球、光球を作り出す。

 どれも学校で出したものよりもずっと大きい。

 シオンさんが後ろから驚いた声を上げた。


「これは……、今の魔法の常識ではとても考えられないことです」


 昨日までの自分を思い出すと不思議な気がする。


 なんで、こんな簡単なことができなかったんだろう?



 翌日も学園から帰ってシオンを探すが、父のチェス相手に捕まっていたので、先に畑の水やりをやっておくことにした。

 しかし、桶に水を入れて何往復かしなければならず、女の私にはちょっとキツイ。


 そうだ、今の私は魔法が使えるんだ!


 手の平を上に向けて両腕を開いて水球とつむじ風を作り、つむじ風の中に水球が入れる。

 それを畑の上に移動させて水球を細かい水滴に分解、つむじ風の風に乗せて畑にまくようにする。水球には常に水を足していく。 


 できた!

 私の記念すべき魔法実用化第一号、自動水まき魔法。


 同じものをあと何個か作ろうと二つ目、三つ目を作って畑の上に移動させていく。


「アンジェ様には魔法を使いこなすセンスを感じますね」


 突然背後から聞こえたシオンの声に驚いたら、全部、こわれてバシャッと水球が落ちてしまった。


「すみません。驚かせてしまいました。でも、これは役に立ちそうですね」

「だけど、三つまでしか作れないの。もっと作れれば、水まき時間が短くてすむのに」 

「どこまでふやせるかやってみましょう」


 ということで、今日の練習が始まった。


 シオンに肩をつかまれると体内でのマナの流れが大きくなっていくが、どこかで詰まるような感覚ができ、そしてスッと消えてなくなる。


 今回は一気に作ってみよう。右に水球、左につむじ風、一つ、二つ、三つ、四つ、五つ……、うん、二つ増えた。


「お見事です。畑の水まきはお任せして良さそうですね」


 えへへへ、ほめられるのが嬉しくて顔が自然とほころんでしまう。

 毎日、努力して学んでいけば、もっともっと色々なことができるかもしれない。



 その時、シオンが何かを感じたように空を見上げた。


「おや、ずいぶん早く、戻ってきましたね」


 私も空を見上げるが、何も見えない。


「ピピです。今、こっちに降りてきます」


 ピピは小さいかわいい姿で降りてきて、差し出されたシオンの腕にとまった。

 首にかかっている皮ヒモの輪に筒がついている。

 筒から丸く巻かれた手紙を取り出すシオンの顔に、ピピが嬉しそうに自分の顔を擦り付けている。


「アンジェ様のために全速力で飛んできました? よしよし、ご苦労様」


 ホントにそんなこと言ってるのかしら?


 シオンが横目で私を見てクスッと笑った。


「なんだ、ウソか……」


 思わず小声でつぶやいてしまった。


「ウソジャナイヨ、セッカクガンバッタノニ」


 ピピが私をにらんでいる。


「しゃ、しゃべれるの?」

「ウン」

「ピピは友だちとしかしゃべりませんから、アンジェ様を気に入ったみたいですね」

「……それは光栄だわ」


 思わず引きつった笑いを浮かべた


 ドラゴンって、しゃべるんだ。

 やはり辺境はあなどれない……。


 シオンは丸められた紙を広げて読んでうなずいた。


「いい返事? なんて書いてあるの?」


 自分の縁談がかかっているので思わず聞いてしまった。


「了解、任す、結果要報告。いつもこんなもんです」


 あれだけ何日もかけた報告書の返事がこんなものなの?

 それだけ信頼されているということなのかな。


「今晩、だんな様と商会のモルガンさんとお会いできませんか? アンジェ様も同席してください」

「私も?」

「はい、やっていただきたい役目がございます」


 不思議に思いながら、私を見て微笑んでいるシオンを見た。



 その夜、書斎の机の上に資料を並べ、シオンが父とモルガンさんに我が家のテレジオ商会とフロディアス商会との提携計画を説明をした。


 簡単に言うと、テレジオ商会と取引のある毛織物、陶磁器、金属製品の何社かの製品を大量に買い付けてフロディアス商会に販売。

 彼らが南部市場と外国への輸出を実施。

 テレジオ商会は製造元の管理・監督により品質と供給、納期を保証するかわりに利益を得るという流れ。


 とりあえず同席する私は少し離れて様子を見守る。


 うまくまとまれば、私は四歳の女の子の継母にならなくてすむのかな?


 説明を聞き終えた父が腕を組んで、うーん……とうなった。


「うちにとっては、願ったりかなったりだが、フロディアス商会はこれでいいのか?」

「辺境への偏見で王都の有力メーカーとはいい関係が築けていませんし、遠くからでは難しい製造元の品質管理と納期管理を任せられるという大きなメリットがあります」


 父は意見を聞きたいようにモルガンさんを見た。


「申し分のない話です。軌道に乗れば今の負債も問題なく返済できるはずです」

「そうか! シオン君、ぜひ進めてくれたまえ!」

「一つお願いがあるのですが、買い付け交渉をアンジェ様にやっていただけませんか」


 急いで嫁に行かずにすむとホッとしていた私は、シオンの突然の発言に驚いた。

 もちろん、父もモルガンさんもだけど。


「悪役令嬢を演じていただこうかと思いまして」


 悪役令嬢?

 私が演じる?


 意味がわからず目をぱちくりさせるが、シオンは私を見ながら愉快そうな微笑みを浮かべた。


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