第13話 私は悪役令嬢 ~笑いは「オーホッホッホ」
辺境伯からの返事が届いて二日後、準備を整えて毛織物を生産する王都では最大手のメーカーに買い付け交渉に向かった。
見栄えは大事ですから、というシオンの考えで立派な馬車を御者ごと借りている。
今日は執事としてではなく、フロディアス商会のマネージャーの立場ということでシオンはいつもの執事服ではなく、立派そうなスーツを着ている。
やっぱり、こういう服のが似合ってる……。
思わず見とれてしまった。
わたしはと言えば、シオンがどこからか持ってきた品のない赤い派手なワンピースを着せられてしまった。
悪役令嬢のイメージ、だそうだが、ちょっとセンスが古い気はする。
訪問するクレスト社は祖父の時代からの取引先で昔はテレジオ商会は彼らの最大の顧客だった。
小さいころに祖父に連れられて来たこともあった。
しかし、父の代になってからは商売は減り続けていた。
ソファの向かいに座るクレストさんとは十二、三年ぶりぐらいか。
「これはこれは、アンジェお嬢ちゃん、お久しぶりですね。今日はどういったご用件で?」
やはり、子供扱いだ。
だから嫌だって言ったのに……。
「ご無沙汰してます、クレストさん。今日は買い付け量についての相談に参りました」
「ほおー、お嬢ちゃん自らですか。ダメですよ、お金がないから契約分を引き取れません、とかは」
ニヤニヤと笑いながら言われた。テレジオ商会の苦境は、みんな知っているところらしい。
イヤミな笑いに気圧されていると、隣に座るシオンがヒジで私をチョンチョン、とつついて次のセリフを催促してきた。
「いいえ、逆です。来月の納入から八倍の数量をいただけないかという相談です」
「はっ?、今なんと?」
「今の八倍の納品を来月からお願いします、と申し上げました」
クレストさんは不思議そうな顔でモルガンさんを見た。
まあ、学生の小娘のたわごとと思われても仕方ない。
いきなり八倍と言われても信じないだろう。
モルガンさんが助け船を出してくれる。
「このたび、こちらのフロディアス商会と提携して外国市場も含めて拡販を進めることになりまして」
シオンを指しながら言ったフロディアス商会の名前に、クレストさんはピクリと反応した。
シオンを見ながら独り言をつぶやいた。
「フロディアスの銀狼……」
「血気盛んな若い頃の話です」
シオンは微笑みながら答えた。
やっぱり、そうだったんだ。
八倍という数字はシオンの分析によるとクレスト社の余っている能力をフルに使って、かつ、大手の顧客を一、二社あきらめれば可能な数字という試算だ。
「その分、大幅に値引きしてくれ、とかじゃないでしょうね?」
想定した質問が出てきたので、私も準備していた回答を言う。
「価格は今のままで結構です。いえ、数量を揃えてくれるなら、若干高くても構いませんわよ」
「あ、いえいえ。これまで通りで結構です。手前どもにはありがたい話です。早速生産を増やす手配にかかりましょう」
「その前に聞いていただきたいことがございます」
席を立とうとしたクレストさんがあらためてこちらを向いた。
悪役令嬢の出番が来た。
目を閉じて、つぶやいて役になりきる。
私は悪役、悪役令嬢、悪役令嬢……。
目を開けて、口元をゆがめて憎々しい笑みを浮かべる。
「わたくしが誰か、ご存じですよね?」
「は?、そりゃもちろん、テレジオ商会のお嬢様ですが……」
「では、最近、わたくしの身に起こった、忌まわしい出来事をご存じですか?」
クレストさんは不思議そうに首をひねり、思い出そうと考え込む。
「ええと……、ああ、新聞で拝見しました。王立学園で進級できず落第されたとか」
シオンやみんながプッと吹き出したのが聞こえてきた。
私は顔を赤らめうつむき気味になる。
「……いえ、そっちではなくて」
「えっ? ああ-、はいはい、あの話ですね、一方的に婚約破棄されたとか」
思いっきり顔をしかめ、嫌悪感を全身で表す。
「今思い出しても気分が悪くなります。それ以来、我がテレジオ商会はダントン商会とつきあいのある会社とは取引しないと父が定めました」
「はあ?」
「ここからは独り言ですが、こちらもダントン商会とは取引がおありだとか。そんなところと我が家が商売するなんて! 考えただけで吐き気をもよおしますわ」
もう一度、顔をしかめて露骨に嫌悪感を表す。
「あ、いえ、それは……」
「別にわたくしは何も申しません、頼みもいたしませんけど」
クレストさんは隣の部下にささやく。
「おい、ダントン商会に使いを出して、今後の供給が難しくなったと言ってこい」
あわてて席を立った部下の人を見送り、シオンと顔を見合わせてニヤリと笑う。
「こちらとは、今まで以上の関係を築けそうですわね。オーホッホッホ」
一生懸命練習した悪役令嬢笑いを披露する私をシオンは笑いをこらえながら見ている。
絶対、面白がってるわね。
しかし、恥ずかしさをこらえながらも台本通り、高らかにオーホッホッホと笑い続けた。
今日から一日に一社ずつで計四社を訪問し、同じこの演技を繰り返す予定になっている。
初日のクレスト社は無事終了したが、屋敷に帰る馬車の中でシオンに聞いた。
「ねえ、なんでこんな面倒くさいことするの? ダントン商会と商売するなと言えばすむ話じゃないの?」
「そういうやり方は公正な競争を損なうということで、この国では法律で禁止されています」
公正取引なんとか法だったか? 聞いたことがある。
商売というのもなかなか難しい。
「しかし、こちらの思いや希望を相手側がくみ取って勝手にやる分には、おとがめ無しです。
うーん?、結果は同じに思えるんだけど……。
まあいいや。シオンの言うとおり、あと三回、下手な演技で悪役令嬢を演じよう。
二日目、三日目も無事終わり、いよいよ最終日の四日目。
最後の一社はうちの商会の近所にあった。
ここは、これまでの九倍の契約を提案。
そして、例によって「わたくしのことご存じですよね?」で始まり、「オーホッホッホッ!」で終わる演技を披露する。
四日目ともなるとだいぶ慣れてきて、まるで自分が本当に悪役令嬢のような気分で演じきった。
練習していたとき、シオンがこんなことを言っていた。
「いろんな役を演じることで本人の性格に良い影響を与えるという教育手法があります。悪役を演じるのはアンジェ様には良い経験になると思います」
そのときはなんのことかわからなかったが、人と話すときにちょっとだけ胸を張って話せるようになった気がする。
各社に提示した数量は各社の生産能力をフルに使って、かつダントン商会との取引を止めると達成できる数量になるようにシオンが計算しているそうで、各社とも喜んでこちらを選んでくれる。
四社目も無事終わり、これで全ての日程が終わった。
大通りに出るとすでに夕焼けで空が赤くなっていた。
「四日間、ご苦労様でした」
シオンがねぎらいの言葉を掛けてくれたそのとき、向こうから聞きたくもない男の声が聞こえてきた。
「父上、だから、俺には何のことかわからないって!」
「だったら、なんで商談の席にあの女が出てきて、お前への恨み言をブツブツ言うんだ? おかげで三社が取引停止、うちには大打撃だ。ここからも商売切られたら大変なことになるぞ」
元婚約者のダミアン・ダントンと父親のダントン侯爵だ。
私はあわてて背を向けてシオンの陰に隠れる。
「アンジェ様、あれが例の?」
建物に入っていく二人をこわごわと見ながら、私はうなずいた。
シオンはあたりを見回すと、最近、王都で流行り始めたオープンスタイルのカフェの路上に置かれたテーブルを指差した。
「少し休んでいきましょうか」
えっ、なんで?
今、こんなところで?
オロオロする私に構わず、シオンはさっさと歩いて行って、イスに座り、メニューを眺め始めてしまった。
仕方なく私もイスに座るが,念のため、建物の入り口が背中側になるようにした。
シオンは店員が運んできたコーヒーのカップを顔に近づけて興味深げに見ている。
「これが王都で流行のコーヒーという物ですか。良い香りですね。辺境でも販売すれば当たりそうですね」
ふーん。
こんなふうに、いつでも商売のことを考えているんだ。
感心しながらも、いつ、ダミアンが出てくるか気が気でなく、ビクビクしている。
「どうすんだ、やっぱり、ここも切られたじゃないか!」
「だから、俺のせいじゃないだろ!」
うわっ、出てきた!
顔を見せないようにこっそりと背後からのぞき見る。
その時、突然シオンが大声を上げた。
「アンジェさまー、王都のコーヒーはさすがおいしいですねー」
歩いて行こうとしたダミアンがピタッと足を止め、こちらを振り返った。
「アンジェだとー?」
ひぇー! 気づかれた。
怒りの表情でこっちに向かってくる。
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