第11話 初魔法 ~四属性魔法の同時発動……すごいんですか?

 球体を手の平に乗せて、昨日の感覚を思い出す。

 体内のマナを感じ、流れを作って手の平に集めて放出する。

 フワッと球が浮かび上がった。


 なんで、こんなことができなかったんだろう……。


 そう思ってしまうぐらい簡単にできてしまった。

 浮き上がる球を見て、イザベラ先生が驚きの表情を浮かべた。


「アンジェ! ついに……、ついにできたのね!」


 興奮した表情で私に駆け寄ってきた。


「どうしたの突然? なにかきっかけがあったの?」

「えっと、その、なんとなくコツがわかったような気がします」


 昨日、このことは誰にも言わないようにとシオンさんから言われていたので、本当のことは言わなかった。

 禁術を使いました、とはとても言えない。


「よかった、とにかくよかったわ」


 先生が目に涙を浮かべているのに気づいた。


 初歩の初歩ができた程度で、大げさだなあ……。


 しかし、それだけ先生にも苦労させたのかと申し訳なく思った。

 


 昼休み、いつものベンチでセシリアはあきれ顔だ。


「魔法の勉強を続けるべきかどうかって、今さら何言ってるのよ……。聞いたわよ、できたそうじゃない」


 落第聖女候補、ついに小石を浮かす!

 ウワサがすでに広まったらしい。


「やっと、スタートラインに立ったのに、なんでやめるのよ? そもそも、やめてどうするわけ? その子持ちの侯爵の嫁になるの?」


 セシリアは厳しい表情で私に説教を始めた。


「もっとマジメに自分の人生考えなよ。自分はなにがやりたいのか、どうなりたいのか。それがないから人の言いなりで流されるだけなのよ」


 シュン……とうなだれる私に言い過ぎたと感じたのか、セシリアの口調が少し柔らかくなった。


「アンジェは伯爵令嬢だから、生まれたときにいっちょう上がり、それで十分満足の人生かもしれないけどさ。せっかく才能に恵まれたんだから、それを生かさない手はないと思うよ」

「才能かあ……」


 そんなものが私に本当にあるんだろうか?

 あんな魔道具の光で才能があるといわれてもなあ……。


 その時、遠くから私を呼ぶ声がだんだん近付いてきた。


「アンジェー、アンジェー!」


 振り向くとソフィア様が髪の縦ロールを振り乱して、血相を変えて走ってこちらに向かってくる。

 私の隣に座って手を握った。


「聞きましたわよ、ようやくできたのですね! さあ、早く、わたくしにも見せて下さい!」


 こんなことがウワサとしてアッという間に広がるとは。

 この学園は話題に飢えてるんだろうか。


 セシリアが気を利かして、石を探して拾ってきてくれた。

 こぶし二つ分ぐらいあり、昨日、庭で浮かした石の倍ぐらい大きい。


「ちょっと大きすぎると思うんだけど」

「小さいより大きい方がいいじゃん」


 ソフィア様がセシリアの持つ石を取り、私の手の平に置いた。


「これでいいですから、早く見せて下さい」


 もう明らかにワクワクという感じで私をじっと見つめている。


「は、はい……」


 今の力でどれだけ大きい石を浮かせられるかはわからないが、とにかくやってみるしかない。


 目を閉じて、体の中のマナの流れを感じながら手の平に流し込む。

 マナは滑らかに流れ、手の平の石に当たって浮かび上がらせる。


「すごい、すごいですわ、アンジェ!」


 私は安心してホッとタメ息をついた。


 良かった、ソフィア様をがっかりさせずにすんだ。

 この一年間、誰よりも私を心配して励ましてくれた人。


 ソフィア様は私をギュッと抱きしめた。

 その拍子に、石は芝生の上にドスンッと落ちた。


「良かったですわ、本当に良かった!」


 ああ、こんなに喜んでもらえるんだ。

 魔法が使えるようになったら、もっと喜んでもらえるだろうか。


 セシリアが地面に落ちた石を見ながら言った。


「でも、こんな大きな石を浮かせられるんなら、もう魔法を使えんじゃないのかな?」

「そうですわ、もう魔法式は習っていますよね?」

「大丈夫っすよ、アンジェは理論だけなら学年トップですから」


 笑いながらセシリアが言うが、学年トップ、しかし理論だけというのは事実だった。


「では、アンジェの初魔法は水魔法でお願いしますわ。そうね、小水球を作ってみていただけけますか」

「えー、水はちょっとむずかしいですし、地味じゃないっすか? 魔法デビューは炎魔法、小火球でいきましょう!」


 恐れを知らぬセシリアが次期王妃に異議を唱えた。

 やっぱりソフィア様はムッとされた。


「じゃあ、両方やってみます」


 小水球は小さな水の球を、小火球は小さな炎の球を作る水魔法と炎魔法の基礎の第一。


 両手の手の平を広げて上を向け、二つの魔法式を同時に心に念じるとマナと反応する。

 右手の平の上に小さな円形の青い魔方陣、左手には赤い魔方陣が浮き上がり、小さな小さな親指の先っぽぐらいの水球と火球を手の平の上に作り上げた。


 できた!

 小さいけれど人生初の記念すべき魔法。


 喜んでもらえただろうかとソフィア様を見ると、セシリアと顔を並べてポカンとして水球と火球を見ていた。


 あんまり小さすぎてあきれてるんだ……。

 やっぱり、もう少し練習してから見ていただくべきだった。


 水球と火球を出したまま、恥ずかしくなってうつむいてしまう。


「あの、まだ小さいですけど、これから練習してもっと魔力を高めますので……」

「アンジェ、あなたは二つの属性の魔法を同時に発動できるのですか?」

「はい。できたみたいです」

「それに詠唱はどうしたのですか? わたくしやセシリアなら簡単な魔法は無詠唱でできますが、アンジェは初めての魔法ですよ」

「あっ、すみません。忘れてました。魔法使うのはじめてなので、つい……」


 ソフィア様とセシリアは驚いたように私を見ている。


「じゃあさあ、四つはどう? 光と風を足してみてよ」

「うん、やってみるね」


 セシリアに言われて、左右の手を横にずらして、小光球と小旋風、小さな光の球と小さなつむじ風も作ってみる。


「できた。とっても小さいけど、かわいいでしょ」


 私の前に並ぶ小さな小さな水球、火球、光球、つむじ風。

 そのかわいさに思わず笑顔を浮かべてしまった。


「……アンジェさあ、自分がなにやってるかわかってないだろ?」


 あきれた顔のセシリアにそう言われて、私は首をかしげた。


「光、風、水、炎、四属性の魔法の同時発動。そんなことができる人をわたくしは一人しか知りません」


 まじめな顔でソフィア様が言われた。


「大聖女ルシア。二千年前に女神ルミナスの加護を最も受けた人間」


 もしかしたら、私には本当に才能があるのだろうか?

 初めて感じた瞬間だった。



 その日、学園から家に帰ってすぐにシオンさんを探した。


 商会関係の仕事は一段落、父のチェスの相手も終わって母に頼まれたのか庭の畑の水やりをしていた。


 ちょっと恥ずかしそうに近寄っていく私を笑顔で迎えてくれる。


「お嬢様、お帰りなさいませ」

「あの、その……」


 昨日の今日でなかなか言い出せない。

 年甲斐もなくモジモジしてしまう



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