第10話 魔力解放 ~禁術の暗黒魔法

「少し、お話ししましょうか」


 そう言って微笑むシオンさんは畑の隣に置かれたベンチを指差した。

 一瞬ためらうが、いつもと同じ笑顔を見て落ち着きを取り戻す。


 この人は私に悪いことは絶対にしない。

 知り合ってから数日だけど、そう信じられる。


 暗くなっていく夕暮れの中、シオンさんとベンチに座った。

 男性と並んで座るのはちょっと緊張したりする。


「お嬢様はこの国、ルミナリア王国の建国伝説をご存じですよね?」


 もちろん知っている。

 子供用の絵本から大人向け物語の本もある。

 この国で知らない人はいない。


 今から二千年前、まだ国が存在せず光と闇が対立する神話の世界。

 暗黒神ダルラスの使いである暗黒竜ダイアノスと闇の軍団がこの地を襲った。

 しかし、女神ルミナスの加護を与えられた光の大聖女ルシアと風、水、炎の三聖女、それに魔法剣士の勇者ディアスにより暗黒竜は辺境に追いやられて撃退される。

 聖女たちは共に戦った男たちと結ばれて今の王族や貴族の祖先となった。

 一方、勇者ディアスは辺境の地を与えられて辺境伯フロディアス家の祖先となりました。

 めでたしめでたし。


「公式の歴史はそうなっていますが、実は勇者ディアスは暗黒神の手下の暗黒魔法騎士だったのです」


 はっ?

 そんな話は全く聞いたこともない。


「ところが戦いの中、大聖女ルシアと恋に落ち、暗黒神を裏切ってルシアたちと共に暗黒竜と戦い勝利したのです」


 うわー、なんて素敵なロマンス。

 今の伝説よりもずっと面白い話なのに、なんで伝わっていないんだろう?

 

「暗黒竜を倒した功績がありながら、邪悪な存在として都に行くことを許されず、辺境にとどまって辺境伯になった。というのがフロディアス家に伝わる真の歴史です」


 大聖女ルシアは共に戦った別の剣士と結ばれて王族の祖先になったとされている。

 大聖女と闇の使いの元暗黒騎士が結ばれるのは許されなかったのだろうか。


 歴史は支配者の都合のいいように語られるというのはこういうことなのかな。


「というわけで、フロディアス家に代々伝わるディアスの暗黒魔法を習う機会があったわけです」


 フロディアス辺境伯家はディアスの子孫とされている。

 その魔法が受け継がれているというのはあり得る話だ。


「でも、術者は邪神と契約するとか習ったけど……」

「継承の儀と呼びますが、暗黒神との契約は今では形だけ。闇堕ちして世界に害をなすとかはございません」


 理解が追いつかなくなってきた……。


「属性が闇の普通の魔法と考えてもいいかと思います」


 いろいろな情報が与えられて混乱するが、要するに今シオンさんが使ったのは……、


 ディアスの子孫である辺境伯家に伝わる魔法で、

 もともとは暗黒神の手下だったディアスの暗黒魔法で、

 今では禁術。

 しかも、形式的だけど暗黒神と契約してて、

 源泉は邪悪な闇の力⁉


 だけど結局は、闇属性の普通の魔法なんですね……っていうか、そんなヤバそうな魔法で体の中をグルグルかき回された私って大丈夫なの?


 頭がクラクラしてきた私にシオンさんがさらに言う。


「お嬢様の体の中にマナの流れを押さえこむ巨大な封印のような力があります」

「封印?」


 誰かに魔法を封じられた、ということ?

 しかし、そんな記憶は全くない。


「小さいころに魔力を暴発させたことはございませんか? 例えば、突然、体が光に包まれたとか、体の中で爆発を感じたとか」

 

 そう言われて思い当たることが一つあった。


「もしかすると、あったかも……」


 現実かどうかもわからない、ときどき見る夢があった。


 その夢の中の私は、ちびアンジェと同じぐらいの歳。

 髪はまだくせ毛が残っていてフワフワの感じ。


 なにかの病気なのかベッドに横たわっている。

 そんな私をきれいな黒髪に茶色の目の四、五歳年上の子供が心配そうに見ている。

 目を覚ました私は、上体を起こしてその子を見る。


「アンジェ、助けてくれてありがとう。これからはアンジェの騎士になってキミを守るから。一生、命がけで守るからね」

「うん、やくそくね」

「じゃあ、ちかいのキスしよう」

「なにそれ?」

「騎士がおひめさまにやくそくするときは、こうするんだって」


 その子は私の顔に顔を近づけてくる。

 私は意味もわからず目を閉じて待つ。

 私のくちびるにその子のくちびるが重なる。


 その瞬間、身体の中に大きな流れが生まれ、一気に口から流れ出て、そして戻って来た流れが身体の中で爆発したようにはじけて周囲を光に包み、私の身体とその子を宙に舞わせた。


 そして神経が切り離されたように目の前が真っ暗になる。


 いつもそこで目が覚める。


「……というような、よくわからない夢なの」


 子供同士とはいえ、キスシーンもあるので顔が赤らんでしまうが、シオンさんは優しく微笑みながら聞いてくれた。


「お姫様とのキスは本来、騎士ではなくて王子様ですが、その子はよほどお嬢様が好きだったのですね」

「でも、黒髪の男の子の友だちなんて回りに誰もいないんだけど……」


 そこで私はハッと気がついた。


「このときの流れって、マナの流れ⁉」


 シオンさんはうなずいた。


「そして流れ込んできた大量のマナによる魔力の暴発を止めるために自分の力で強引に押さえ込んで封印し、それが今でも残っているのでしょう」


 そう言いながらシオンさんは、地面からさっきの石を拾って私に差し出した。


「今度はご自分だけで、やってみて下さい」


 さっきできた理由もまだわかってないが、とにかく言われた通りに手の平に石をのせた。

 目を閉じてマナの流れを感じ取る。


 あれ?

 今までは感じなかったマナの流れがはっきりと感じられ、手の平に方向を向けさせることができる。


「浮いた!」


 さっきと同じように石が浮かび上がった。


 入学以来、全くできなかった魔法の初歩の初歩がついにできた!


 思わず笑顔がこぼれるのが自分でもわかった。

 そんな私を見て、シオンさんもニコニコしている。


「さっき、その封印にマナをぶつけて強引に小さな通り道を作りました。毎日少しずつ広げていけば、いつか全ての魔力を解放できる日が来るはずです」

 

 自分が手の平の上で浮かしている石を見つめた。


 いつかって、いったい、いつになるんだろう?


「一気にその封印を壊してしまうことはできないの?」

「試してみましたが、はじき返されたような感じでした」


 さっきのガクッと体が動いたアレかな?


「無理をすると大量のマナが逆流して、また暴発を起こすかもしれません。毎日少しずつ流す量を増やしていくのが無難でしょう」


 うーん……。


「お嬢様の魔力はかなり大きそうです。全てを解放できれば、聖女になる、いえ、大聖女を目指すのも夢ではないかもしれません」


 聖女、大聖女……、うーん……。


「さあ、お嬢様、一緒に聖女を目指しましょう!」


 そう言って握手を求めて差し出された手をジッと見てしまう。


 はい、私がんばります! と期待されるセリフはわかるけど……。

 正直、気乗りがしない。

 この前見た光の聖女のエリザ様、あんなふうに自分がなれるとはとても思えない。


「あのー、少し、考えていいでしょうか……」


 シーン……。

 微妙な沈黙が生まれた。

 それでもシオンさんはニッコリ笑った。


「はい、お嬢様。私はいつでも待っておりますので」


 私を助けてくれようとするシオンさん、気持ちはとてもありがたい。

 だけど、なれるかどうかもわからない、というよりもたぶんなれない聖女を目指すのは私にとって正しい選択?


 どっかの貴族に嫁いで、子供産んで育てて幸せな家庭を作る方が無難な気がする。

 いや、もらってくれる男性がいるかどうかもわからないけど。

 ああ、そうだ、私でもいいという子持ちの侯爵様がいたっけ。


 はあ……。

 タメ息が出た。

 明日、学校でセシリアに意見を聞いてみようかな。


 でも、やっぱりうれしい。


 手の平の上で浮かび続ける石に笑顔が浮かんだ。


 あっ、でも、禁術とか暗黒魔法とか邪神とか、どうしよう。

 まっいいか。別に体もなんともないし。


 そんな私を優しく見守るように見てくれているシオンさんにも微笑みで返した。

 


◇◆◇


 学園の二年目だが一年生をやり直しているので同級生は全員年下ということになる。

 実技授業の初日は自己紹介も兼ねた例のマナによる球体浮かし。


 私の番になり、前に進み出て正面に立って、うつむきながら自己紹介をする。


「アンジェリーヌ・テレジオ。この授業は二年目です……」


 おそらく落第の理由を知っている一年生たちは笑いをこらえるようにしながら黙って聞いている。

 それがまた恥ずかしい。


 イザベラ先生をチラッと見ると、目を閉じてタメ息をついていた。

 聖女候補を預かりながら、落第させたということで風当たりがキツかったという噂も聞いた。


 でもね、先生、今日は見ていて下さいね。


 そう思いながら、石の一番大きい球体を手に取る。

 ちょうど、昨日庭で浮かせたのと同じくらいの大きさだ。


 イザベラ先生が驚いてこっちを見たのがわかった。


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