第9話 新たな縁談の阻止 ~私のために?

 新たな縁談が進んでいることにショックを受けるが、シオンさんはさらに続ける。


「私の得た情報では、次のお相手は少し前に奥様を亡くされた優しい侯爵様。四歳の娘さんがいるそうで、お嬢様の子育て経験を気に入られたそうです」


 えーっ……⁉

 十七歳にしていきなり、四歳の女の子の母親ですって?

 子育て経験って、妹と娘では全然違うでしょう……。


 私は思わず頭を抱えた。


「商会立て直しの道筋を示せれば、だんな様も安心されて融資目当ての結婚をあせることもなくなるでしょう」


 たぶんそうだと思う。父は単純だから。


「この縁談、なんとか阻止したいので急いでいます」


 それは助かる!

 いくらなんでも母親になるのはまだ早いわ。


 えっ、でもこれって、何日も徹夜してくれてるのは私のためにってことなの?


 自分の顔が赤くなっていくのがわかった。

 シオンさんはまた書類をめくり、ペンで書き込み始めた。


「できれば、お嬢様には普通に恋をして、普通に結婚していただきたいと思います」


 えっ?


 書類を読んでいるシオンさんを驚いて見つめてしまう。

 視線に気づいたようにシオンさんが顔を上げるが、私が見つめていたことに気づいて戸惑ったような顔をした。


「……と、我が主人、辺境伯が申しておりました」


 そう言って、ニッコリといつもの人なつっこい笑顔を浮かべた。


 ああ、そういうことね……。

 辺境伯は親友の孫娘をそこまで気に掛けてくれている、ということなのね。

 四歳の時の私に会ってとてもかわいがってくれた、とかかな。


「さて、これで完成です。三、四日もあれば返事をもらえるでしょう」


 あれ? 辺境伯領は馬車で行ったら片道は三週間ぐらい。

 早馬飛ばしても数日はかかるはずなのに、往復を三、四日でとは無理じゃない?


「ちょうどいいので、お嬢様にご紹介いたしましょう」


 不思議そうな私の顔を見てシオンさんが庭を指差した。



 我が家の庭は、以前に芝生と花壇だったところは、あらかた畑になってしまった。

 野菜は自給自足、の目標で母と弟たちと世話をしている。


 もう夕方で薄暗くなった庭に立ったシオンさんが空に向かって指笛を吹いた。


 伝書鳩でも呼んだのかな?


 空を見上げると、薄暗くなった空から白い点のような物がこちらに向かってくるのが見えた。

 白い点はだんだん大きくなっていくが、羽に長い首、四本の足が見えた。


 まさか、これはあの日見たドラゴン⁉


 しかし、パタパタと羽ばたきながら降りてきたのは子犬ぐらいの大きさの白いドラゴンのような生き物だった。


 差し出されたシオンさんの腕に後ろ足二本で立った。


「私の友だちのピピです。ピピ、お嬢様にごあいさつなさい」


 そのドラゴンは私の方を向いて、ピー、とかわいい声を出した。


「友だちって、この子は魔獣じゃないの?」

「魔獣ですが生まれた時から飼ってますので人に害は与えません」


 シオンさんがピーのアゴの下を指でなでると、グルグルと甘えたような声を出した。

 良く見ると、かわいい顔をしている。


 しかし、魔獣がお友達とは……。

 やはり辺境はあなどれない。


「この子がその大きな箱を辺境伯領まで持っていくの?」


 さっきの書類の入った袋と毛織物や陶器など商品のサンプルの入った地面に置かれた大きな箱を指差した。


「はい、大丈夫です」


 そう言って腕を動かすと、ピピは私達から少し離れたところにパタパタと羽を動かして移動した。


「ピピ、大きくなって」


 突然、ピピの体がまぶしいほどの光に包まれた。

 光が消えた時、そこにはこの前見た大きな黒いドラゴンがいた。


「うわっ⁉」


 私は腰を抜かして、地面にしりもちをついた。


「ピピは心優しい魔獣です。外見は変わっても中身は一緒ですから」


 そう言いながら大きな箱をピピの背中に乗せて、革のベルトでしっかりとくくりつけた。


「一日もあれば辺境伯領に飛んでいけますが、王都に来る時は私が重いので一日半ほどかかりましたが」


 やはり、辺境はあなどれない……。

 辺境伯は魔獣の軍団を持っている、というウワサも本当かもしれない。 


 大きな羽を上下させて空に飛び立っていくピピをシオンさんと手を振って見送った。


「あとは辺境伯の了解の返事を待つだけです」


 やっと、一仕事終わったという感じの顔色の悪いシオンさん。

 そりゃ、三日徹夜は体に悪い。

 それは、私のため……。


「あの……、ありがとう」


 少し照れながら、伏し目がちにだけど言うことができた。

 たとえ主人の指示とはいえ、頑張ってくれたことにお礼を言いたかった。

 

 シオンさんはちょっと意外とでもいうような表情を見せたあと、とても嬉しそうに微笑んだ。


 私に向けられるそんな微笑みに、ドキッとしてしまう。


 なんで、そんなに嬉しいの?

 シオンさんにとっては仕事なんでしょ。


「もっと重要な宿題がまだ残ってます」


 そう言って真剣な顔で私を見た。


「お嬢様の魔法を拝見できますか?」


 いよいよ、魔法のできない私を聖女にするという宿題に取り組むのかな。

 現実を見てもらって、いかに無理難題かをわかってもらうしかないわね。



 地面から小指の先ほどの石を拾って手の平の上に置く。


「今、やっているのはこれ」

「魔法の第一歩、体内マナのコントロールですね」


 シオンさんは、じっと私の手の平を見ている。

 目を閉じて、体の中にマナの流れを感じようとするが、相変わらずなにも感じない。


「ほら、全然、動かないでしょ」


 シオンさんはしゃがんで、地面に落ちていたこぶし大ほどの大きな石を拾った。


「お嬢様の肩に触れてもよろしいですか?」

「いいけど……?」


 シオンさんは私の手の平から小さな小石を取り、代わりに自分が拾った石を乗せる。

 私は不思議そうに石を見つめるが、背後に立ったシオンさんは私の左肩に手を置いた。


「もう一度やってみてください。少し嫌な感覚がありますが、ガマンしてください」


 なにをしたいのかわからないが、私のために頑張ってくれた人なので素直に言うことを聞いてマナの流れを体に作る努力をしてみる。


 ゾクッ……。

 体全体に寒気を感じた直後、シオンさんの手が置かれた左肩に向かう大きな流れのようなものを感じた。


 これがマナの流れ?


 そして平行して肩から体内に入ってくる流れを感じた。

 一瞬、流れが止まったような感覚のあと、再び流れ始めて手の平に向かっていく。

 しかし、体の中をかき回されるような気持ちの悪さに体が震え、吐き気を覚えた。


 手の平がフッと軽くなったと思ったら、石が浮いている。


 吹き出るマナの流れが石を浮かせている。

 この一年、あれほどできなかったのに。


 右肩から出ていく流れがどんどん大きくなった。

 それが戻ってくるが体の中で、なにかにせき止められたように急に止まり、ガン! という強い衝撃とめまいを感じた。

 心臓が不規則に大きくドクンッと脈打って体が前につんのめる。


 石が手の上から地面に落ちた。


「今日は、これぐらいにしておきましょう」


 シオンさんが右手を私の肩から離すと体の感覚は普通に戻ったが、体の中をかき回された気持ちの悪さは残っている。


「今のはなに⁉ 私になにをしたの?」 

「お嬢様のマナを私が吸収して、それを戻して本来のあるべき流れを作り、手の平から放出させました」


 簡単なことのように説明されるが、他人のマナを吸収したり、体の中のマナの流れをコントロールするなんて聞いたこともない。


「これは辺境に昔から伝わる魔法です。王都には残っていない、というよりもこの国では禁術とされています」


 『禁術』という単語に魔法史の授業で習ったことを思い出した。



 かって邪悪な闇の力を源泉とし、男性を術者とする魔法がこの国にあった。

 

 暗黒魔法

 

 術者は邪神との契約が必要とされ、ときに邪悪な存在と成り果てて世界に害をなす。

 それゆえに我が国でははるか昔に禁術とされたが、邪教である暗黒教の信仰と共にいまだに存在していると言われる。


 先生は言っていた。


「光の女神の加護を持つあなた方は絶対に近寄ってはいけません」



 私は思わず後ずさりして、シオンさんから離れた。


「なんで……、なんで暗黒魔法なんか使えるの……?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る