第6話 婚約と破棄 ~二度目の一年生
魔法での対人攻撃は絶対禁止、ケンカに使うなんてあり得ない!
火球を頭上にかかげてカリーナとにらみ合うセシリアの腰をつかんで止めようとする。
「やめて! 私は平気だから」
遠くにいた男の先生がこちらの異常な様子に気づいて大声で叫んだ。
「そこ、なにやってんだ!」
その声に、セシリアもカリーナもほぼ同時に魔法を止め、火球と光の壁がスッと消えた。
「いきましょう。平民を相手にしても仕方ありませんわ」
カリーナの一声で去って行く三人を見届けると、セシリアがハンカチを渡してくれた。
「ほら、まだ血が出てるよ。ああいう奴らは図に乗るから、魔法が無理ならコブシでわからせてやれよ」
コブシのほうも魔法並みに全く話になりません。
「いろいろ大変なのはわかるけど、あんた見てると、オドオド,ウジウジして、ぜんぜん貴族らしくないんだよなあ……」
指摘が胸に突き刺さり、しょんぼりとうなだれてしまう。
「ま、中身はなんにもないくせに威張りくさってるバカな貴族の奴らよりよっぽどマシだけどな」
ん? これはほめられているのかな?
「練習、つきあってあげるわ。あたしもそうだったけど、魔法なんてなにかのきっかけで突然使えるようになるもの。とにかく続けること。一人より二人でやる方が気が紛れるでしょ」
入学からすでに半年、同級生に優しい言葉をかけられたのは初めてで、思わず目に涙が浮かんだ。
「昔っからズブぬれの捨てネコとか捨て犬を見ると、放っておけないたちなんだ」
なるほど……。
私はそういうふうに映ってるのね。
でも、その日がきっかけで、セシリアとは浮いた者同士で仲良くなっていった。
彼女のおかげで登校を続けることができたようなものだった。
そのころには『聖女候補』という言葉はソフィア様に励まされるときと、カリーナにいじめられるとき以外に聞くことはなくなっていた。
学園で私の存在は忘れられようとしていた。
そんなある日のこと、突然、ダントン侯爵と次男であるダミアン・ダントンが我が家を訪れ、婚約を提案された。
「アンジェ、君のことは学園で初めて見た時からずっと気になってたんだよ」
「ご息女は聖女になるかもしれないお方。侯爵家の次男ごときには恐れ多くはありますが、本人の気持ちにほだされて参った次第です」
応接室のソファーの向こうで二人はにこやかに父と私に話しかけるが、どう見ても笑顔がウソくさい。
彼は商業学科の二年生、直接会った記憶は全くないし、私は自分がそんなにモテるとは思っていない。
仮に万が一、私を好きになったとしても、父親と一緒に来ていきなり婚約を申し込むとかあり得ない。
「ダミアンは次男ですが、いずれは我が家のダントン商会を背負って立つ男。貴殿のテレジオ商会との商売拡大の機会もありましょう。今は苦しい状況とのウワサは聞いておりますが、資金援助など支援は惜しみませぬぞ」
このセリフで父は簡単に乗り気になった。
それほどまでに我が家のテレジオ商会の状況は良くない。
私は魔法が使えないし、使えるようになる気が全くしないのですが、と説明はしたのだが……。
「まあまあ、ものごとは中長期で考えねばなりません。それは事業も商売も一緒ですよ」
ダントン侯爵はそんな理由を言って、私の言い分は却下された。
「それでは、詳細は書面にまとめて後日ということで」
二人を応接室で見送った後、私は父に抗議した。
「お父様、私が聖女になる可能性は全くないと思うのですが!」
「うむ、ワシもそう思う」
大きくうなずかれて、それはそれで悲しい。
「だが、我が家のように落ちぶれた伯爵家から侯爵家に嫁ぐ話など、きっと二度とないぞ。まあ、一緒にいれば愛情も生まれるのではないかな」
そう言って喜んでいる楽観的な父にあきれて物も言えなくなった。
「おや、ペンを忘れられたようだ。まだ馬車には乗っておられぬだろう。届けてあげなさい」
ダントン侯爵がテーブルの上にペンを忘れられており、仕方なく、二人の後を追った。
幸い二人は正門の前に停められた馬車の手前にいたが、なにやら口論をしているようで、あわてて木の陰に隠れた。
「父上、本人も言ってましたが、今じゃ、学園では誰も彼女を聖女候補とは思っていないのですよ!」
「だからお前は商売がわかってないと言うんだ。商品って言うのは、一番安い時、誰も見向きもしない時に買うのが儲ける秘訣なんだぞ」
「どういうことですか?」
「いいか、本物の聖女なら、嫁ぎ先は最低でも公爵家。王族はおろか他国のお妃にすら欲しいといわれる存在。侯爵家の出番などないわ」
「では、本物でない場合は、どうされるのですか?」
「決まってるだろう、適当な理由つけて婚約は破棄、返品だ」
ああ……、そんなとこだろう。
それでもさっきの喜んでいた父の笑顔を思い出すと、飛び出してぶち壊す気にはなれなかった。
結果は、二年の進級に失敗して落第したことを口実に、あっさりと婚約破棄をパーティーの席上で宣言された。
ダントン侯爵の想定通りの展開で、私は婚約バツイチ令嬢となってしまった。
◇◆◇
ふんだりけったりの一年目だったなあ……。
この一年を長々と振り返り、思わず深いタメ息が出る。
明日は二回目の一年生の初日。
同じ事をまた明日から繰り返すのかと、目に涙がにじんできた。
そして翌日。
昼食のあと、いつもの噴水の前のベンチでセシリアとおしゃべりをする。
このときだけが学校で気楽に感じられる時間だ。
「後輩の一年生と一緒に授業受けるって、どんな感じ?」
「私はどうってことないけど、みんなは気を使って腫れ物に触れるような感じかな」
「いじめられるより、いいんじゃない?」
セシリアと笑っていると、女生徒の声が聞こえてきた。
「学年が違っても相変わらず、浮いた者同士で仲のよろしいこと」
「どうせ一年からやり直すなら教養科に移ったらよろしいのに」
また出た。
イジメの張本人、カリーナとレベッカ、イリスの三人がいつの間にか近寄ってきていた。
「無視しましょ」
私は顔をそむけて小声でセシリアに言うが、カリーナは標的をセシリアに変えた。
「平民は魔法なんか勉強しないで鍛冶場で剣でも作ってなさいよ」
「なんだと-」
「ダメよ、相手にしちゃ」
怒りで立ち上がりそうなセシリアを手で押さえる。
そのとき、通りがかった男子生徒の二人組が声を掛けてきた。
「やあ、アンジェ、久しぶり。元気そうだね?」
声の方を向くと、第二王子のニコラ・グレンビル王子が立っていた。
政治学科の三年生でソフィア様と一緒に何度かお会いしたことがある。
隣にはガード役の騎士学科三年生、レビン・サントス侯爵令息。
お父様が近衛騎士団長という生粋の騎士の血筋。
ソフィア様と二人は幼なじみで学園内で一緒のところをよく見かけるが集まると美男美女のオーラが見える気がしてしまう。
「で、殿下!」
セシリアとベンチから立ち上がり、直立不動の姿勢を取る。
「それではアンジェさん、みなさま、ごきげんよう」
カリーナたちはニコラ殿下を見ると私たちに作り笑いを見せて足早に去って行った。
「昼休みの楽しいおしゃべりをジャマしてしまったかな」
ニコラ王子は申し訳なさそうに三人を見送るが、レビンさんは私に話しかけてきた。
「話すのは初めてだね」
見かけることはあっても口をきいたことはこれまでなかった。
「レビンが、一度アンジェに紹介してくれって言うんだよ。婚約も破棄されたしって」
えっ?
ニコラ王子にそう言われて驚き、ほほが真っ赤になっていくのがわかった。
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