第5話 魔法学科の落ちこぼれ ~親友との出会い

 正面のカリーナが、チッと舌打ちをしたように見えた。


「あーら、ごめんなさい。マナの流れが強すぎたのでしょうか。未来の聖女様の顔に傷をつけるところでしたわ」

「い、いえ。助けていただいて当たってませんので大丈夫です」


 あやまられたので、とにかく返事をして、隣の女生徒を見る。

 隣の子は何事もなかったように席に座った後、私をにらんだ。


「今のあれ、わざとだぜ。あんた、怒りなよ」

「す、すみません……」


 荒っぽい言葉遣いでにらまれ、肩をすくめて小さくなる。

 そんな私を見てタメ息をついて、彼女はまた正面を向いた。



 そして彼女の番になり、前に出ていった。


「セシリア・ハートフォード、家は鍛冶屋。属性は炎」


 ぶっきらぼうに言う彼女に驚きの声とクスクス笑いが浴びせられた。


”えー、やだー、平民が混ざってるの?”

”炎魔法で家業のお手伝いでもされてればよろしいのに”


 王立学園は元々貴族の子供の教育を目的に設立され、優秀な平民の子供も受け入れてはいるが、まだまだ少ない。


 セシリアはそんな声にかまわず、五個の石の球を両手でまとめて持つと、全てを右手の平の上に高々と浮かせた。


 あざけりの笑い声は消え、驚きの声に変わった。


”すごいわ……”

”平民でも、ここで学ぶことを許されるわけね”


 そんな声にもセシリアは表情を変えず、自分の席に戻ってきた。


「すごいですね。やっぱり、小さいころから勉強されてたの?」


 さっき助けてくれたお礼も兼ねて、笑顔で声を掛けてみる。


「別に」

「……」


 見向きもされず、私の笑顔はそのまま凍り付いた。



 私の番となったので前へと歩いていく。

 生徒たちが一斉に興味深げに私を見た。


「アンジェリーヌ・テレジオ、家は伯爵家。魔法はこれから勉強します。属性は、えーと、いろいろです」


”彼女でしょ、聖女候補”

”なにを見せてくれるのかしら”


 そんな声が聞こえてきた。

 期待の視線がいっせいに集まっているのがわかる。


 さっきの講義、体内のマナの流れの作り方を思い出しつつ、小指の先ほどの一番小さな木の球を手に取った。


”えっ、なに?”

”あんなちっちゃいのを……?”


 拍子抜けした生徒たちの表情と不思議そうな顔。

 ザワザワとしたざわめきが起こった。


 かまわず右の手の平に木の球を置いてひたすら念じる。


 動け、動け、動け……。


 ピクリとも動かない。

 そもそも体内のマナの存在すら全く感じない。

 生徒たちのざわめきがどんどん大きくなっていく。


”どうしたの?”

”なに、なんかの冗談?”

”わたしたち、からかわれてるの?”


 動け、動いて、お願いだから動いて!


 集まる視線に耐えきれず、懸命に念じるが結果は変わらない。


「アンジェリーヌ・テレジオ! 今は授業中です。受けを狙うにしても、まったく面白くありませんよ。マジメにやりなさい!」


 イライラしたイザベラ先生に怒鳴られ、涙目で先生を見る。


「あの、これでも、マジメに一生懸命やってるんですが……」


 教室中が水を打ったように静まりかえり、イザベラ先生はぼう然としてこちらを見ている。 


 実技授業の初日に聖女候補の化けの皮ははがれ、魔法学科の落ちこぼれが誕生した。



 それからは魔法学科の底辺となった。


 魔法の講義は四属性持ちと言うことで四つのクラスを教科書を抱えてあわただしく移動する。


 ドスン、と女生徒と肩がぶつかり教科書とノートが床に落ちて散らばり、あわててしゃがんで拾おうとする。


「あーら、ごめんあそばせ。四属性持ちは教科書が多くて大変ですこと。役にも立ちませんのに」


 ああ、またカリーナだ。

 なにかにつけて絡んでくる。

 その隣に風属性のレベッカと水属性のイリス。

 いつの間にかつるみ始めた光、風、水のトップ三人だ。


「今日は風が強いからお気をつけあそばせ」


 そう言ってレベッカはつむじ風を起こして私の教科書やノートを巻き上げて運ぶ。

 追いかけると風が止み、床に落ちたところにイリスが作った水球がバシャッと落とされる。


「あら、雨漏りかしら。でも、雨はふってませんのにねえ?」


 去って行く三人の甲高い笑い声を聞きながら、濡れた教科書を見てタメ息をつく。


 実力者三人のいじめ、周囲の生徒はみんな見て見ぬ振り。

 もしくは、鳴り物入りで入学した私の落ちぶれぶりをザマアミロ、と見ている感じもする。


 廊下の離れたところからセシリアがこちらをにらんでいるのに気がついた。

 すでに彼女は炎魔法では学園一ではないかとまで言われている。

 

 そんな彼女にまでいじめられて教科書を焼かれたら大変だ!


 あわてて濡れた教科書をかき集めて退散した。



 理論や魔法式などの暗記物は勉強量と比例するので、地道な勉強が得意な私は学年でもトップクラス。

 だけど、肝心の実技は全くダメなのでなんの意味もない。


 半年たっても体内のマナなるものを感じることすらできない。


 みじめな姿を家族に見せたくないので今日も放課後、居残りで噴水前のベンチに座り、小さな小石を手の平の上に乗せる。



 なんとか体の中のマナを手の平に流そうと想像し、動け、動けと念じるがピクリともしない。


 今日もダメか……。


 タメ息をついて、そろそろあきらめて帰ろうかと腰を上げる。


 痛い!


 突然、飛んできた小指の先ぐらいの小石が額に当たった。

 続いてこぶしほどの水の球が頭にぶつかりバシャッと水が飛び散り、小さなつむじ風に髪をボサボサにされた。


「あーら、ごめんなさい、ちょっとコントロールを失いましたの」


 カリーナとレベッカ、イリスのいつもの三人だ。


「聖女なんかさっさとあきらめて、令嬢科に移って花嫁修業に励むのが妥当じゃなくって?」


 相手にしたくないので、顔をそむけて視線を下に落とす私の額に二個目の石が飛んできて当たった。


 鋭い痛みが走り、ツーと流れた。

 そのとき、大きな声が背後から響いた。


「お前ら、いいかげんにしろよ!」


 セシリアが私とカリーナ達の間に割って入った。


 カリーナは動じることなく、鼻でせせら笑う。


「あーら、わざとじゃありませんのよ。コントロールが上手くいかなかっただけですわ」

「スッ込んでなさい、平民。わたくしたち、魔法の練習中ですのよ」


 レベッカに平民とののしられてもセシリアは顔色一つ買えず、右手を頭上にかかげて魔方陣を作った。

 その上に直径一メートルはあろうかという火球が浮かんだ。


 すごい。もう、こんな魔法が使えるんだ……。


「あたしも魔法の練習中でね。手元が狂ってお前らの髪の毛を黒こげにしても仕方ないわけね」


 大きな火球を頭上にかかげてカリーナをにらみつけた。

 カリーナが右手をかかげて、口の中で詠唱を唱えたようで、体の前に光の壁が現れた。


「やれるもんなら、やってごらんなさい」

「だったら、貴族様の言うことを聞くとしようか」


 火球を頭上に掲げるセシリアと、体の前に光の障壁を作るカリーナがにらみ合った。

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