第4話 運命の魔力検査 ~大聖女の再来
ア然として立ち尽くす私を見てソフィア様は驚いた。
「まさか、わかってないの? でしたら調べてみましょう」
ソフィア様は私の返事も聞かず、手を取って歩き出す。
スベスベした柔らかな手に引かれて連れて行かれたのは魔法学科の校舎の入り口前で『魔力量・属性確認検査』という看板が立っていた。
「あそこに並んでいてください。先生に話してきますので」
ソフィア様が指差した生徒の列の先には横に長いテーブルがあり、水晶のような透明な大きな球が四つ置かれていた。
ともかく列に並ぶと私の前にはローズブロンドの長い髪の女生徒がいた。
その回りにメモ帳を手にした男性が数人いて質問している。
なんだろう、新聞記者みたい。
「魔法の名門フィエルモント伯爵家出身、次代の聖女と呼ばれるあなたでも魔力検査を受けるのですか?」
「規則ですからやむを得ませんわ」
彼女の前の人の番になり一番右の球の上に手を置くと、ぼんやりと金色に光り始めた。
ローズブロンドの彼女がそれを見て、フンと鼻で笑った。
「一般的な魔力はあんなものです」
そうか、あの球は魔力検査の道具なんだ。
彼女も一番右の球の上に手を乗せた。
球体が回りを明るくするほどの金色の光を放った。
”おお!”
”さすが、すごいわ!”
周囲から、そんな声がわき起こった。
「これがわたくしの魔力でしてよ」
得意げな笑みを浮かべて彼女はテーブルから離れていき、私の番になってしまった。
ソフィア様は離れたところで先生らしき人と私を見ながら話しているのが見える。
後ろに並ぶ女生徒からイライラした声で言われた。
「ちょっと、早くしなさいよ」
「あ、はい。すみません……」
ソフィア様が先生との話を終えて、こちらに向かってきたので、ホッとしつつ、さっきの生徒たちのように一番右の球の上に手を伸ばした。
ところが、そばに来たソフィア様に注意された。
「あっ、水属性はそれじゃなくて、左から二番目の……」
あれ、ちがった?
しかし、私が手を置いた一番右の球は金色の光を放ち始めて、どんどん輝きを増していく。
驚いてこちらを見る人たちが手で目を隠すほどの輝きになった。
ソフィア様が驚いて声を上げた。
「これは、どういうこと⁉」
ソフィア様の大声に自分が怒られたと思った。
「す、すみません、これじゃなくて左から二番目ですね」
あわてて金の光を放つ球から手を離し、左から二番面の球体の上に手を置く。
今度は青い光でまぶしいほどに輝き始めた。
「なんですって⁉」
ソフィア様の驚く声にまた間違ったかと思い別の球に手を置く。
「左じゃなくて右から二番目でしたか?」
球はまぶしいほどの緑に輝くがソフィア様の驚く顔が変わらない。
「こっちですか?」
今度は一番左の球体に手を乗せると球体は真っ赤な光に輝いた。
いつの間にか私の周囲に人だかりができて驚いて私を見ている。
その中にはさっきのローズブロンドの生徒や新聞記者みたいな人たちもいた。
みんな、シーンとなにも話さず、ただ私を見ている。
ソフィア様も無言で私をにらむので、恐る恐る球体から手を離した。
まさか、壊しちゃったとか?
「私、なんかやっちゃいましたか……?」
「あなた、光、風、水、炎、四属性の全てを持ってるの⁉ しかも、それぞれが聖女級だなんて、いったいどういうことですの⁉」
「はあ?」
理解できない私のふ抜けた返事に、ソフィア様がイラッとされたのが伝わってきた。
「いいですか、一人が持てる魔法の属性は一種類だけ。例えば、わたくしは水属性ですから」
そう言い終えると右から一番目、二番目、そして一番左の球体に手を置いていく。
「光、風、炎は全く反応しません。そしてこれが水の聖女に決まっていたわたくしの魔力です」
水の聖女ってなんだろう?
首をかしげる私に構わず、ソフィア様は球体の上に手を置く。
球は私の時のようにまぶしいほどの青い光で輝き始めた。
「あなたの光はわたくしとほとんど変わりません。しかも四属性全てが! おそらくこんなことは二千年前の大聖女ルシア以来、初めての……」
話が長くなりそうで、恐る恐る話しをさえぎった。
「あのー、そろそろ教養学科に行ってもよろしいでしょうか。身体検査に遅れちゃうので……」
ソフィア様の肩が怒りにワナワナと震え始めた。
「あなたはわたくしの言うことがおわかりにならないのですか!」
「す、すみません。よくわかってないです……」
なぜ怒られるのかわからず、正直にうつむきながら答えた。
ソフィア様はあきれられたようにハアーとタメ息をつかれる。
「いいですか、この国に魔法を使える女性はたくさんいますが、光、風、水、炎、それぞれの魔法の頂点の四人のみに聖女の称号が与えられます」
もう私には話をさえぎる勇気はなく、うつむき続ける。
「その四人こそが行政魔法支援局特務班、人呼んで王立聖女隊! 王国の愛と平和、女神ルミナスの加護の象徴なのです!」
そろそろ身体検査にいかないとまずいなあ……。
校庭にいた生徒はほとんどいなくなり、みんな校舎へと入ったようだった。
上の空の私に構わずソフィア様は熱く語り続ける。
「光の聖女エリザ・ラヴォワール、風の聖女シルビア・フィエルモント、炎の聖女ミラ・ブルックス、水の聖女は残念ながら半年前に病気で亡くなられ、後任に指名されたわたくしは辞退したので空席で……」
話はさらに長くなり、もうダメだと覚悟を決める。
「いろいろありがとうございました! 失礼します!」
ソフィア様に背を向けて走り出すが、ガシッとえり首をつかまれた。
恐る恐る振り返ると怒りに引きつりながらもなんとか笑顔を保とうとするソフィア様の顔があった。
「どこへ行かれるの」
「教養学科に今行かないと入学取り消されちゃいます!」
「構いません。あなたが入るのは魔法学科ですから」
「えっ?」
「あとはわたくしにお任せなさい。悪いようにはいたしません」
ボウ然とする私をさっきの新聞記者のような人たちが取り囲んだ。
”お名前は?”
”魔法はいつから使えましたか?”
”ソフィア様との関係は?”
矢継ぎ早に質問されて私は立ち尽くす。
なにがどうなってるの……。
しかし、周囲の人だかりの中、さっきのローズブロンドの女生徒がにらむような視線で私を見ているのに気がついた。
それからあとは速かった。
ソフィア様に呼ばれた先生たちの目の前で再び四つの球体を輝かせると、教養学科入学は取り消されて魔法学科入学が正式に決定された。
「私、魔法なんて全然できないんですけど!」
何度も言った私の抵抗は全く無視された。
先生たちは私の自宅を訪れて両親に説明する。
「アンジェが聖女になれるかも? そんなバカな」
両親は全く信じない。
やっぱり頼りになるのは私のことをわかってくれている両親だ。
と思ったのもつかの間、授業料免除の特待生扱いという学園側の提案に手の平を返したように喜んで賛成した。
こうして、私の王立学園魔法学科への入学が決定された。
『巨大な魔力の聖女候補、王立学園魔法学科に入学。一人で四属性、 二千年の時を超え、大聖女ルシアの再来か?』
こんな見出しで新聞にも取り上げられた。
まさに、鳴り物入りの入学だった。
しかし、聖女候補の化けの皮がはがれるのに時間はかからなかった。
◇◆◇
講義は魔法の知識が全くない私には新鮮なことばかりだった。
「魔法は女神ルミナスの加護により発動するので女性だけが使えます」
なるほど、それで魔法学科は女性だけなんだ。
若い女性のイザベラ先生の講義を聞いている魔法学科の一年生、約五十人を見渡した。
「魔法属性は一人に一つだけ。唯一の例外は四属性を全て持つ二千年前の大聖女ルシアでしたが、ついに第二の四属性保持者が現れました。それが彼女、アンジェリーヌ・テレジオ嬢です!」
先生に指差された私に五十人の視線がいっせいに向けられる。
ひぇっ⁉
先生、カンベンしてください……。
あわてて顔を伏せるが、憎しみを込めるような目で私を見ているローズブロンドの生徒が見えた。
あれは魔力検査のときにいた子だ。
なんで、あんな目で私を見るんだろう?
「では、自己紹介をした後、一人ずつやってみてください」
魔力の源泉は体内で作られ蓄えられるマナという物質で、その流れをコントロールするのが魔法実習の第一歩。
教壇の正面に一人ずつ生徒が立ち、机の上の小指の先からリンゴぐらいまでの平たい楕円の球を選んで手の平に乗せる。
材質は石と木の二種類。
たいていの人はコブシ半分ぐらいの木の球を選んでいる。
放出したマナで球を浮かべてコントロールできるようになってから属性に合わせた魔法の練習を始めるそうだ。
次に立った生徒は、あのローズブロンドの髪の女生徒だった。
「カリーナ・フィエルモント、家は伯爵家。魔法は物心ついた頃から勉強しています。属性は光」
ヒソヒソと生徒達が話し始めた。
”彼女、風の聖女シルビア様の妹よ”
”フィエルモント家は魔法の三名門の一つ、小さい頃から勉強するわけよね”
要するに魔法のエリートということらしい。
カリーナは無造作に石の球の大きい方から二つ手に取り、右手の平に高々と浮かせた。
「まあ、素晴らしい! さすがですわね!」
先生や生徒たちから驚きの声が上がっており、きっと、すごいことなんだろう。
カリーナは石の球を右手に浮かせたまま、今度は左手でコブシ半分ほどの木の球をつかんで手の平に浮かせた。
へえ-、両手でもできるんだ……。
感心して見ていると、木の球が彼女の手の平から弾かれたように飛び出して、真っ直ぐに私の顔に向かってすごい速さで飛んできた。
当たる!
そう思いながらも反射神経のにぶい私はただ目をつぶるだけだった。
パシッ! と目の前で音がした。
しかし痛みはなく、そーと目を開けていく。
隣の席の黒髪のショートヘアーの女生徒が席から立ち上がり、身を乗り出して手で木の球を受けとめてくれていた。
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