第3話 辺境伯の宿題 ~聖女になっていただきます
妄想を振り払った私は、同席すべきをかたずねるように父を見た。
不思議そうな顔で首をかしげながらも、いいだろうと言うようにうなずくので、そのまま父の隣に座った。
「アルバート,ちょっと見てくれるか」
老執事のアルバートさんは祖父の若い頃からずっと仕えてくれており、今の我が家で辺境伯のことを一番よく知っている人だろう。
そばに来たアルバートさんが封蝋を見た。
「竜に交差する二本の剣。フロディアス辺境伯家の紋に間違いございません」
アルバートさんが離れていくと父は封を開け、手紙を読み始めた。
私ものぞき込んで読んでいく。
手紙の内容は、祖父の死後に我が家との付き合いが途絶えてしまった事への謝罪(いいえ、まちがいなく人付き合いが苦手な父が不義理したのだ)。
最近の我が家の苦境を伝え聞き、また、私のニュースに心を痛めていること(聖女候補落第のニュースね)。
『貴家の問題解決の一助になればと思い、我が右腕を贈りたく思う。いろいろと役に立つ有能な人材ゆえ、ご活用いただきたい。
追記
用が済んだらご返却いただければありがたく。
マクシミリアン・フロディアス』
父と私は手紙から顔を上げてシオンさんを見ると、ニッコリと人なつっこい笑顔を浮かべた。
「シオンとお呼び下さい、だんな様」
「……それで、シオン君、キミは何ができるのかな?」
「そうですね……」
目がリビングの中を見渡すように動いたあと、部屋の隅に置かれたチェステーブルに止まった。
「チェスは多少の心得がございます」
おやっ、目の付け所がいいですね。
「おお、そうかね! では、さっそく一局いかがかな?」
ほら、食いついた。父の機嫌が一気に良くなった。
父のチェス好きは筋金入り。
二代目が芸事に打ち込みすぎて本業を傾かせるという典型的な没落パターンで笑うに笑えない。
その情熱を領地経営や商売に向けていれば我が家はこうはなっていないだろうなあ、とよく思ったものだ。
父に取り入るのには一番いい手段だけど、父はマジで強い。
王都の貴族では三本指に入ると言われている。
二人はチェステーブルに移動して対局を開始した。
幼い時から父に教わり、私も女性としては強いほうで父の横にイスを置いて見学するが、シオンさんの指す戦法は見たことがない。
父は険しい表情で前かがみに盤を見つめており、私も同じく盤上を見つめてしまう。
そのとき、突然、小さな声が聞こえた。
”大きくなったね”
いや、実際に聞こえたのかわからない。
ハッとして顔を上げると、シオンさんが優しい微笑みを浮かべて私を見ていて視線が合った。
父が次の一手を指したため、シオンさんは盤上に向き直った。
たった、二、三秒のことだったが男の人に見つめられて、ほほが赤くなり心臓がドキドキと速くなっていた。
祖父と一緒に遊びに行った時に小さい私を見たのかな?
でも、なんて優しい目で私を見るんだろう……。
「チェックメイトです」
「う、うむ。もう一局いいかな?」
父はその後も負け続け、一勝五敗四引き分けと完敗に終わった。
最後の一勝もあえて勝たせたとすら思えた。
「キミは強いなあ……。見たこともない戦法だが自分で考えたのか?」
「隣国のバルディア王国で流行しているものですが、王都にはまだ伝わっていないようですね。よろしければ、お教えしましょうか?」
父が喜んで身を乗り出した。
「それはいい! ぜひ頼む!」
「では、辺境伯からの宿題をまず一つ片付けたいので、明日、商会で帳簿などを拝見したいのですが」
まず一つ?
この口ぶりからすると、まだ他にも宿題があるのかな?
「かまわんとも。よし、ワシも一緒に行って、みんなに協力するように指示しよう」
「それは助かります。早く終わらせてチェスの勉強を始めましょう」
シオンさん、父を簡単に丸め込んで協力の約束をとりつけた。
そして私の方を向く。
「それに、宿題はもう一つ、お嬢様のもございますので」
「私の宿題?」
不思議そうな顔をした私にシオンさんは笑顔を見せる。
「お嬢様に聖女になっていただくことです」
はっ……?
驚いて開いた口がふさがらなくなった。
「まじめに言ってるの?」
それって宿題というより無理難題ですけど……。
「はい。とてもまじめです」
私がまったく魔法ができないことを知らないんだろうか……。
そう思いながらも、私を見る真剣な表情にそれ以上なにも言えなくなってしまった。
父とシオンさんがチェス談義を始めたのでその場を離れた。
しかし、私のことはさておき、帳簿のような商会の大切な情報を見せてしまっていいんだろうかと心配になってくる。
不安が顔に出たのか、老執事のアルバートさんが話しかけてきた。
「彼は辺境伯の贈り物ですから、心配なさらなくても大丈夫ですよ、アンジェ様」
私たちの中では辺境伯を一番よく知っているアルバートさんが、そこまで言うのなら大丈夫なんだろうか。
「いずれ、お返ししなければならないというのは、はなはだ残念ではありますが。まあ、先のことは先のことですね」
そう言ってフフフと意味ありげに笑いながら去って行くアルバートさんを不思議に思いながら目で追った。
やっと長い一日が終わり、自分の部屋のベッドに横になった。
人前で婚約破棄されるわ、ドラゴンを見るわ、できもしない宿題かかえた贈り物をいただくわ……。
そうそう、お姫様だっこもされちゃった。
思わず顔がほころぶが、疲れを感じて目を閉じる。
意識が今日から明日のことへと移っていき、タメ息が出た。
明日から新入生に混じってまた一年生か……。
去年の春は希望に満ちていたのになあ……。
その頃のことを思い出し始め、眠れなくなってしまった。
◇◆◇
「そこのあなた、魔法学科は方向が逆でしてよ」
入学前の学科ごとの身体検査で初めて高等部の門をくぐったが、早々に迷子になった私の背後で女性の美しい声がした。
私が探しているのは教養学科なので、とにかく女生徒の多い方に歩いていく。
「そこの赤毛の子、あなたですのよ!」
赤毛?
ピタリと足が止まった。
見回しても周囲に赤毛の生徒はいない。
微笑みながら近寄ってくる女生徒を見て驚いた。
特徴的な金髪の縦ロール、漂う気品と美しさ。
この学園の生徒なら誰でも知ってる超有名人。
皇太子の婚約者、ソフィア様だ!
思わず直立不動の姿勢になった。
「私は、きょ、教養学科を探しています」
「あら、それだけの魔力をお持ちなのに教養学科? なにか事情がおありですの?」
魔力?
なにを言われたかわからず、ポカンとしてソフィア様を見た。
ソフィア様は首をかしげる私に構わず、話を続ける。
「同じ属性の魔力の大きい者同士は互いを感じ合いますから、わたくしと同じ水属性。水の聖女に内定していたわたくしに引けを取らない魔力とは驚かされます」
属性とか水の聖女とか話が理解できずポカンとし続ける。
「要するに、あなたのお持ちの魔力は聖女級ということです」
ソフィア様……、頭どうかされたのですか?
わけのわからないことを言い続けるソフィア様をア然として見た。
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