第8話 そして、再び繰り返す
「まずいです。柏木さんの運気が今までで一番低い」
「本当か……場所はわかるか?」
ここ最近の柏木はなにかと不運に巻き込まれている。数日前は車に轢かれそうになっていた。
それよりさらに危ない状態だと悪魔は言う。嫌な予感がする。監視するということは、柏木のプライベートを覗くということだ。そんなことは本意ではないが、柏木のことを見張ることにしよう。
悪魔が示す先に俺もついて行く。
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来てみれば、案の定だ。俺の横を走り去る怪しい男性。手には刃物。向かう先はわざわざ確認しなくてもわかる。
すぐに追いかける。
男を捕まえて、突き飛ばそうか? いやダメだ。万が一にも俺の手をすり抜けてしまったらどうする。突き飛ばして、間違えて柏木の方に行ってしまったら?
今の柏木の運気は最低だ。何が起こるかわからない。最悪の場合を想定しなければ。
今度こそ、柏木を守るんだ。もうあんな思いは二度としたくない。
刃物の男性を追い抜き、柏木を背に男の前に立ちはだかる。男を取り押さえ、刃物を取り上げるつもりだ。最悪ミスしても大丈夫だろう。俺が盾になっている。
その刃物の長さなら、俺の体を貫通することはないはずだ。
完璧だ。今度こそ俺は間違えない。
そう思った……。
なのに、なぜだ! なぜこうなる。柏木が道路に横たわり、腹部を押さえている。その手から刃物の柄がはみ出し、赤いものが止めどなく出てくる。
なぜ盾になるはずの俺が無傷で、守るはずの柏木が代わりに傷を負っている。なぜのうのうと俺が生きている。
「なぜだ! なぜ俺を庇ったりした!」
「たまには、ね…………返さない……と」
柏木は力なく笑う。俺に心配させまいと、強がっているのだろう。
ちがう、違うんだよ柏木。そんなことをされる資格は俺にはない。お前は覚えてないだろうが、俺はお前を一度死なせてしまっている。
だというのに、辛いだろう、痛いはずだ、それでも俺に向けて精一杯の笑顔を作る。
「なんで…………どうして」
気がつけば、そこに会沢が立っていた。この世の終わりとでもいうほどの絶望とした顔。最悪のタイミングで鉢合わせをした。なんでここに? そう思った。
おそらく2人は待ち合わせでもしていたのだろう。
柏木の方に駆け寄る。柏木の横腹、俺の向かいにひざまずいて、柏木の顔色をうかがう。その顔はすでに表情はなく、目を閉じてしまっている。放っておけばいずれ、死んでしまうだろう。
「まさか…………剣崎が?」
明らかに俺を疑っている。それもそうだ。言い訳の余地はない。俺が殺したようなものだ。
「そう、だな…………おれがやったようなものだ」
「――――――!」
俺の胸ぐらを掴む。その顔色には怒気が含まれている。だが、すぐにその顔が曇る。掴んだ手を力なく離してしまう。俺のすぐ後ろ、未だに呻いて、起き上がろうとしない犯人が視界に入ったらしい。
「ちがうよ、剣崎…………君は雪菜を守ろうとしたんだね……」
やめろよ。そんな、俺を許すとでもいう顔。『お前が悪い』と責めてくれた方がまだ楽だ。お前が俺を責めなければ、許してしまえば、俺のこのやるせない気持ちは一体どこに向ければいい?
守ろうとした、でも守れなかった。
結果が伴わなければ、その過程に意味はない。結局やらなかったことと同じ。俺はまた間違える。あのときと同じだ。見ているだけで結局なにもしていない。
俺にはなにもできない。なにも―――!!
いや待て、まだやれることがあるはずだ。まだ彼女は死んでいない。考えろ、何かあるはずだ。このままでは本当に手遅れだ。
「なんで…………こんな、こうなっちゃうんだよ! こんなことなら、もっときちんと…………」
会沢はその場に俯いて涙を流す。その言葉が俺の胸に刺さる。その想いは以前に俺が経験したものだ。こうなる前にもっときちんと伝えたい言葉があった。
後悔してももう遅い。後悔先に立たず、だなんていうがその通り。後悔なんてのはいつも終わってしまった後にやってくる。だから、俺たちは後で悔いのないように、先にやるべきことをするべきなんだ。
「もし、もしもだ。まだやり直せるとしたら、どうする?」
「やり直せるなら、ちゃんと雪菜に気持ちを伝えたいよ。でも、もう手遅れだ……」
「そんなことはない。やりようはいくらでもあるはずだ。もし機会があるなら、きちんとそれを伝えると約束するか?」
「もし、もしもチャンスがあるなら、今度はきちんと伝えたい……かな」
「そうか……」
その場を後にする。
言質はとった。
あとは俺にできることをやるだけだ。会沢ならきっと大丈夫だ。お前ならまだ間に合う。俺とは違い、まだやり直せる。そのために、俺にもできることがある。
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人目がつかないところで足を止める。
「たのむ。出てきてくれ。」
「わざわざここに来なくても、私の姿は誰にも見えないですよ。」
なにを言っているんだ。逆にそれが問題なんだろうが。強面で仏頂面なこの俺が道のど真ん中で、しかも少女と成人男性が横たわっていてその横で泣いている少年がいる中で、独り言を呟いてんだよ。
サイコパスかよ。絵面最悪だぞ。なんなら俺がその状況を作った全ての元凶だと思われんだろが。
常識ないのかこのやろう。悪魔にヒトの常識うんぬんあるわけないか。
「なんだか、失礼なこと思っていませんかね……」
そのくせ妙に鋭いぞ、この悪魔。
「どうでもいいだろそんなこと。それより契約は覚えているな?」
「はい、きちんと。つまり、またするのですか?」
「そうだ。もちろんなんの代償もなしに、と言うつもりはない。俺の魂を死後に好きにしていいって約束だろう? それを今すぐにというのはどうだろう」
「―――!! 正気ですか!? そんなことをしても、なにも意味ないんですよ!? そんなことをしても誰も気がつかない、だってあなたのことを誰も覚えていないんですから!」
そうだ。その通り。俺は魂をこの悪魔に喰われ死んでしまう。その上、人々から俺に関する記憶を消されてしまい、俺ははじめから存在しない扱いになってしまう。
俺のやることにはなんの意味もない。でもやはりそれでも、俺はそうまでしても柏木を、会沢を救いたい。
俺がそうしたいから、するのだ。それはそれだけで価値あることだと思う。
「だとしても、お前にデメリットはないだろう。お互い美味い話だと思うがどうだ?」
「たしかにその通りです。お互い得のある条件だと思います。けども…………」
「なんだお前、悪魔のくせにそんなこともできないのか」
悪魔の顔色が変わった。人間などと普段から嘲り罵り面白がり、見下している悪魔が、その人間にここまで言われたのだ。悪魔には悪魔としての矜持があるはずだ。
いや、知らんけど……
だが悪魔とて、ここまで言われて黙ってはいないはず。しぶしぶだが、悪魔は俺の言うことを了承するだろう。
「わかりました。それが条件ならば、従いましょう。柏木様を救えばいいのですね? その代償にあなたに関する記憶と魂をいただきますが、それでよろしいですか?」
「そうだ。なにも問題はない。このままでは本当に手遅れになる。柏木が死んでしまう前にやってくれ」
「わかりました。それで―――」
良かった。なんとかなりそうだ。拳を硬く握り込む。俺自身の手でなんとかなったはずだ。それだけでも俺にとって確かに意味はある、意義はある、価値はある。あとは会沢が、俺との約束を守ってくれることを願う。
それを信じるだけだ。
目を閉じ、今までの出来事を反芻する。誰も俺のことを覚えていないだろうが、俺は、俺だけは皆のことを覚えている。身体は消滅し、この世に俺の存在がなくなろうとも、たとえ魂だけになったとしても、魂だけは覚えている。
そうだとしても、そうする価値は俺にはあるのだ―――
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