第7話 過去、そして真実……
「――――ねぇ! 聞いてるの!?」
「ふん。そんなの、どうでもいい」
ついぶっきらぼうな言い方になってしまう。良くないとは思ってはいるが、どうしても抜けない自分の悪習。ただでさえ強面と言われているこの顔にこの態度。
明らかに不機嫌なように思われているだろう。祝日にわざわざ2人でショッピングモールに買い物に来ているというのに……。
「なんでもいいだろう。お前からなら、弘樹はなんでも喜ぶはずだ」
少しばかり罪悪感を覚えて、申し訳程度に呟く。
そんな俺を見て、雪菜は『仕方ないなー』なんて笑う。めんどくさいなぁ、と。
どっちがだよ。弘樹のこと好きなくせに、未だに想いを伝えられず、誕生日だなんて建前がないとプレゼントすら渡せないお前の方がよっぽどだろう。
弘樹もだ。おそらく雪菜のことを好きだろう。なのに、未だに進展していない2人。めんどくさい。
そんな雪菜に嫌々ながら付き合う俺も相当めんどくさい男だな……。
本当に呆れてしまう。めんどくさいのは果たしてどっちだろうな。
「ん? なんだろう?」
急に周囲がざわめきだす。規則正しい歩行者の列が乱れる。戸惑いの音。かすかに聞こえる悲鳴。
避難警告のアナウンスが流れる。従業員や警備員の案内に従い外に出る。
外に出てみてみれば、原因は明らかだった。ショッピングモールから黒い煙が出ている。火災のようだ。
そんなことより、外に出たときから雪菜の姿がない。まずい! はぐれたか。焦る気持ちを抑えて電話をかけてみる。
10秒ぐらいコールするがぜんぜん出ない。はやく出ろ!
焦ってしまう。
コールオンが止む。
ついに繋がった。
「大丈夫か!? お前、今どこにいる?」
「……たすけ…………て」
「おい! しっかりしろ!」
何度も問いかけるが返事はない。まさか、建物内にいるのか!? 俺は押し寄せる人波に逆らい、来た道を戻った。
来た道、見たお店を確認して回るが見つからない。ここももうすでに煙が立ち込めているようだ。長居をすれば、俺も雪菜も危険だろう。はやく見つけて脱出しなければ。
だが、どこを探しても見つからない。
しばらく探す。いつまでも見つからず、諦めかけたそのとき、遠くに横たわる人影をみつけた。
急いで駆け寄る。それは雪菜だった。口元に手の甲を当ててみると、まだ微かではあるが息をしている。
雪菜を担ぎ、とりあえず煙がまだ充満していないところに避難する。適当に休めるところに寝かせる。意識があるかどうか、確認してみる。
「おい! 起きろ!」
必死に体を揺するが、うんともすんとも言わない。呼吸音が聞こえない。胸に手を当ててみる。心音すら聞こえない!?
まずい! このままでは! 心臓マッサージを試みる。
「たのむから起きろ! 起きてくれ!」
鼓動を再開する様子がまるでない。やばい。焦る。
おい、目を開けろ。まだ何もしてないだろ。やるべきことも、やりたいこともなにも。プレゼントだって渡せてない。弘樹に伝えたいことだってあるはずだ。死ぬにはまだ早いだろ!
手を休めず必死にマッサージを続けるが一向に目が覚めない。なんでだ、なんでだよ! なんでこうなる!
ふざけるな!
俺はただ、雪菜が生きてさえいてくれればそれで良かった。傍にいてくれなくていい。嫌われようと関係ない。ただ、弘樹と一緒に笑いあって、それを俺に見せてくれるだけで良かったのに。
それすらも許されないのか。
「たのむ! 神でも仏でも天使でもいい! こいつを助けてくれよ!」
ここにいるのは俺と雪菜の2人きり。どんなに叫んでも、願いは誰にも届かない。
「誰でもいい…………悪魔に魂を売ったって……いい」
その手を止め、すくんでしまう。くらっと少し目眩がする。とうとう火がここにまで来てしまったようだ。煙を吸ったせいで意識が遠のいていく。
「その願いを聞きましょう」
「―――――!!」
はっと顔をあげる。
いつのまにか俺の目の前に人が立っている。色白の肌、灰色の髪。日本人離れしている。というより、背中から伸びるめいいっぱいに広げた漆黒の翼がヒトならざる者であることを物語る。
「できるのか? お前は?」
「私は悪魔。それに見合った代償を払えば、その女性を助けることなら可能です」
「ならばたのむ! 何が欲しい?」
「そうですね…………。それではあなたの死後の魂と、あなたに関する人々の記憶で手を打ちましょう」
それで助かるのか。だがつまり、助けた後の雪菜は俺のことをきれいさっぱり忘れるということか。こいつの中で俺ははじめからいなかった存在。
ふざけんな‼
それでは意味がないだろう。俺が助けたという事実すらなかったことになるなら、はじめから助けないことと同じだ。無意味。だが、なにもしなければ本当に無意味になってしまう。
それならば選択肢はない。この条件を呑むしかない。
だが、そうしたらどうなる? 彼女はむかし、どうしようもなく塞ぎこんでいた時期があった。家族と上手くいかず、周囲に気づいてもらえず1人孤独に過ごす日々。
ついに耐えきれず、家出もした。あのときは焦った。なかなか見つけられず、途方に暮れた。なんとか見つけ、その日はさすがに雪菜の両親と喧嘩した。
俺が何度も諦めず、雪菜に接していたおかげでどんどん笑顔を取り戻していった。家族ともよく出かけるようになり、その出来事を俺に話してくれる。
それさえもなくなるのだ。記憶をなくし、またあの頃に戻り、自分の殻に閉じこもってしまう可能性がある。それではダメだ。助けたところで、雪菜の心までは救えない。
俺がいなければ、弘樹にだって会っていなかった。俺が駅ビルに連れ回して、そこで弘樹と知り合って………。
―――――は!
「俺がいないことになると、成立しない出来事がでてしまう。弘樹の記憶と雪菜の記憶の間に矛盾が生じる。どうなる?」
「問題ないでしょう。脳が勝手に都合よく解釈してくれます。穴が空いた部分を上手く補完するでしょう。人の記憶って案外、不確かで曖昧なものなんですよ」
「それならば、なにも問題はないな」
俺という人間が消えたとしても、雪菜の経験だけは残ってしまう。ならば、常に雪菜と一緒にいたのは誰だ? 家出した雪菜を探したのは? 幼い頃から一緒に遊んだのは?
雪菜の脳が、それを弘樹だと勘違いすることを切に願う。
そうなれば、もう二度と彼女が道に迷うことはないだろう。
答えは決まった。
「その条件で、俺と契約してくれ。俺の魂と記憶をお前にくれてやる」
――――――――
――――――
――――
――
雪菜を抱えて、ショッピングモールを出る。消防隊員が到着したようだ。消火活動を始めている。
「……んん」
雪菜の意識が戻ったようだ。まだはっきりはしていないようだが……。
「もう大丈夫だ。安心して寝ていろ」
そして、次に目が覚めるときに俺はもういないだろう。ならば、ここで俺の内にある、今まで言えなかったことを言ってしまおう。
「好きだよ、雪菜。これからも陰で見守っている」
「……? うん、わたしも…………好き」
もう一度目を閉じる。その言葉は誰に向けた言葉だろう。弘樹か俺か。それがわかる日はもうこない。それらは全て、弘樹に向かうのだから……。
雪菜の携帯をこっそり取り、弘樹にメールを送る。
ひとこと『たすけて』とだけ。
雪菜の元を離れる。
「良かったのですか?」
「ああ、問題ない」
「ですが……」
悪魔と名乗ったやつは、なんとも言えない顔をする。やめろ、悪魔らしくもない。
「あいつが無事ならそれでいい。あとはどうでもいいことなんだよ」
「そう……ですか……」
あたりはすっかり暗い。自分の存在をかき消すかのごとく、宵闇へと足を進めていった。
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