第3話 薄幸少女

 不幸だーーー!!



 なぜ冒頭から叫んでいるかって?


 目覚まし時計が仕事をしなかったせいで、遅刻しかけてるからだよ!! なんで、壊れるんだよ!!


 朝から全力疾走だよ!! 情緒不安定かよ!! チキショー!!


 パンすらかじる余裕がないわたしは、息を切らせながら道路を疾走する。陸上部で良かったなんてシミジミと思う。


 歩行者用信号が点滅する。急げば間に合う!


 交差点を横断したときに、プップー!! とクラクションを鳴らされる。


 突如わたしの前に現れる大型トラック。へ? え? なぜに!?


 突然の出来事に足がすくんで動けなくなる。わたしの青春ここで終わり!? こんなあっさり!?


 今までのことが走馬灯のように流れる。……はずの思い出がそんなになかった。


 まだ3話目だもんそりゃそうだよ!! テンション高いな!! 情緒不安定かよ! 生理かよ! ちげーよ!


 ツッコミを入れている暇があったら、逃げろよって、そんな当たり前のことができないほどにテンパっていたわたしは、最後までそこを動くことができなかった。


 目の前まで迫るトラック。目をつぶって身体を縮こませる。どんっと鈍い衝撃が走り、吹き飛ばされる。


 わたしの短い一生はトラックによって終わりを告げた……。




 ん? あれ? 意識がある。生きてる?


 目を開けると、横たわったわたしと、わたしを抱えるように同じく横たわる男の人。


「無事か?」

「あ、はい…………」


 威圧するような目つきに思わず目を逸らす。助けられたんだ……。生きてる。良かった。ゆっくりと起き上がる。



 ほっと胸を撫で下ろす。ふと、いつもの口癖が漏れる。



「ふほうふぁー」

不幸だー、と言おうとしたら頬を引っ張られる。ただでさえ皺が寄っている眉間がさらに深くなる。この感情はよくわかる。明らかにわたしに怒っている。


「不幸だ、なんて言わせない。今のはお前の不注意だ」

「ご、ごめんなさい……」

「反省しているなら、もっと自分に気を使え。ただでさえ運が悪いんだ。人よりもっと注意しろ。周りに気を配れ」

「はい……」


 いや、ほんと怖い。タマとか取られるかと思った。あ、金の方じゃないよ。魂の方だよ。女だもん。


 はぁ、とため息をつき、頬を引っ張る手を離す。


「無事なら、それでいい。立てるか?」

「うん、大丈夫。ありがとう、剣崎くん」

「そうか。それなら、先に行け」

「え? 剣崎くんは?」

「腰が抜けた。しばらく動けん」

「その顔で情けないこと言うのね!?」


 ギロリと睨まれるが、下から見上げられても怖くない。


「顔は関係ないだろ。さっさと行け。遅刻するだろう」


 そうだった!! モタモタしてたら間に合わない!?


「ごめんね、先に行くね!」


 わたしはその場を後にする。


――――――――

――――――

――――

――



 柏木が疾風の如く去っていく。


 その背中を見送り、姿がみえなくなった後、何事もなかったかのように立ち上がる。


「いいのですか……追わなくて」


 どこからか突然声がする。少年は声の主が誰なのか、気にする様子もない。


「かまわん。あいつの傍には会沢がいる。俺である必要はない」


 どこからともなく、声の主が姿を現わす。どちらかというと小柄。肩まで伸びた髪と、すらっとして長い手足が女性であることを物語っている。


 背中に《それ》がなければ……だが。


 それは、めいいっぱいに広げると自身の身長よりも大きい漆黒の翼。彼女が人ではないことは明白だ。


 大きなその翼を器用にたたみ、ゆっくりと彼に近づく。


「そんなことは、どうでもいい。気づいているだろう」

「ええ、もちろんです。最近のあの娘、目に見えて運気が落ちています」

「原因はわかるか?」

「いえ……。ですが、確実にわかるのは、このままではあの娘に未来はないということですね」


 そうか、と呟く。


「そのときは力を借りる」

「えぇ………ですが……」

「わかっているさ。代償だろう。それが契約だ」



 わかっているさ、あのときから覚悟はとうにできている。それが、たとえ悪魔に魂を売ることになってもだ。

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