第4話 たまにはいいことがあってもいいよね?
とある休日。
わたしはいま、弘樹と駅ビルに来ている。なんだか最近不幸続きのわたしを労って気晴らしを提案してくれた。
決してわたしが、弘樹の前で大げさにため息をついて『良いことないなー、ないなー』なんて連呼して弘樹を何度もチラ見していたわけではない。わけではない!
「久しぶりに来たなー」
「普段はここまで来ないもんね」
今はもうないショッピングモールが自分の生活圏にあったので、遊ぶときは基本的にそこに行く。
遠出するときは電車で行くので駅ビルを通るが、通るだけで寄ろうとは思わない。
ここに来るのは本当に久しぶり。小学校の頃はよく遊びに来ていた。わたしの家庭は両親ともに共働きだったため、物心ついた頃から家に1人で、遅くまで帰ってこない両親を待っていた。
どんなに待っていても、いつまでも帰ってこない日もざらにあった。その日は独り寂しく夜を過ごした。いま思うと、両親との思い出なんて数えるほどしかない。寂しさのあまり、塞ぎ込んでいた時期もあった。
そのわたしを幼馴染みの弘樹が、この駅ビルによく連れ出してくれたのだ。ずっとわたしのそばにいてくれた人。ときおり見せてくれる優しい笑顔。
優しいだけではない、誰かのために怒ることもできる。普段は温厚な彼が、わたしの両親にものすごい剣幕で怒ったときはさすがに引いたけど……。
そんな彼の、その笑顔と甲斐性に惚れた人もいるだろう。というかわたしですね、はい。
ということで、今日は存分に遊んでしまおう。
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「はー、楽しかった!」
軽く伸びをする。今わたし達は休憩ということで、適当なカフェにいる。
「ねぇつぎはどこいく? どこいく?」
「あれだけ歩き回ったのに、元気だね……」
まだ遊び足りないわたしとは裏腹に、弘樹はお疲れのようだ。顔色が悪い。外ももう夕暮れ。良い子はもう帰る時間帯だろう。
「仕方ないなぁ、今日はこれくらいで勘弁してやろう」
「どっかの中ボスかなんかなの!?」
失礼な。どうせなら、ラスボスがいい。その場合、セリフは『生きて帰れると思うなよ』だけど。
外を見る。駅ビルの上階にあるカフェからだと地元の街並みが一望できる。ふと、火災事故の跡地が目に入る。
そのわたしの視線の先をチラと見る弘樹。
「いつ見ても、凄まじいね……」
弘樹がポロリと漏らす。
「そうだね、弘樹が助けてくれなかったらと思うとゾッとするよ」
逃げ遅れ、迫り来る炎に囲まれ、閉じ込められたわたしは、弘樹がいなかったら絶対に助からなかっただろう。
今のわたしがこうして元気でいられるのは弘樹のおかげ。感謝してもしきれない。
外に向けていた目を弘樹に向ける。なんともいえない顔をしている。あのときのことを思い出しているのだろうか。
「いや、助けるもなにも、僕はなにもしてないよ」
「そんなことないよ。あの火災の中、わたしを外まで運んでくれたじゃん!」
「……え?」
驚いたような顔。なんだろう会話に違和感がある。微妙に噛み合っていないようだ。
「え、わたしを見つけて外に運んでくれたんだよね?」
「いや、雪菜がメールをくれて、駆けつけたんだけどそのときには、すでに救急隊員に保護されていたよ」
そうだっただろうか。ほとんど意識がなくてうろ覚えだが、確かあのとき弘樹が電話をしてくれて、すでに意識が朦朧としていたわたしは『助けて』とだけ言ったと思う。そのように記憶している。
よく思い出そうとすると、胸が締め付けられるように痛くなる。あのときの出来事が完全にトラウマになっているようだ。上手く呼吸ができない。苦しい。
だが、どんなに頑張ってもそのときのことを思い出すことはできなかった……。
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