酸性雨に融けてしまったあの日の心。
[天音」流果はあの日、怖くなって手放した大事な人の名前を、無責任に呼んでため息をついた。天音がほかの人と何をしていようが、流果に何か言う権利はない。頭ではわかっていたが、今更日曜日の駅前で会うことは想像していなかったことも相まって、流果には天音の隣にいる人間がうらやましく、そして恨めしく見えた。流果は天音たちの横を通り過ぎる。天音は流果のほうを少し見た気がしたが、すぐに前を向きなおした。その瞬間だけ、世界がゆっくりと進むようにさえ感じた。その刹那に見た天音の顔が、自分に向けていたものに似ていた。流果は天音に見つからぬようにと帽子を深く被りなおした。
流果は25歳の夏になってもいまだに19の頃に見た夢を忘れられずにいた。天音と流果が交際関係にあったのは19歳の夏の数か月だけだった。その間、流果と天音は外部から見ても共依存といえるような関係になっていた。けれど持ち合わせの自己肯定感の低さ故か流果はいつしか天音との関係が怖くなった。流果は天音との一切の連絡を絶った。綺麗ごとをいえば、奇麗な思い出のままに天音を手放したのだ。そのあとで、流果が天音に話しかける機会がなかったわけではない。それでも流果は自分から振っておいて話しかけることはできなかった。
どんな感情も、伝えなければ自由に着せ替えられる。
あの時も、何も言わずにただ天音の友人の一人でいれば、今も天音の隣に自分はいられたのかもしれないのにと、流果は6年前に告げた言葉を後悔しながら天音たちの歩いて行った方角を見つめていた。
Lily liol @liol_r_
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