渇き
よもぎ望
渇き
すっかり暗くなった空にはあ、と息を吐く。スマホをちらちらと覗いて見ても幼馴染……もとい彼氏の玄からの連絡はきていない。校門前での待ち合わせも慣れたとはいえ、今時期は手足が冷えて辛い。
連絡もない事だし、もうしばらく校舎内で待ってよう。スクールバッグを肩にかけ直して校舎の方を振り返ると、こちらに全速力で走ってくる人の姿が目に入った。
「悪い!ミーティング長引いた……」
玄は私を見つけると手を合わせて深々と頭を下げた。本当に申し訳ないと思っているのだろう。私より頭2つ分高い身長も、今は随分小さく見える。
大会前の大事な時期だというのはわかっていたから遅刻くらいなんてことない。それよりも気になるのは玄の服装だ。胸元が見えるほど開いたシャツと申し訳程度に羽織ったシワだらけのブレザー。背負っている部活用カバンからは急いで詰め込んだであろうコートの袖がはみ出していた。急いできた努力は認めるが、今は12月も半ば。部活終わりで身体が温まっていたとしてもこの時期にする格好では決して無い。何より、目の毒だ。
「謝んなくていいけど、それよりその格好」
「え?ああ、もう帰るだけだからいいかと思って」
「帰るだけって言ったって肌出しすぎ。見てるこっちまで寒くなる」
そうか?とブツブツ言いながら玄は制服のボタンを閉めていく。その隙に私は背中側へ回りこみ、玄のカバンからコートとマフラーを抜き出した。
「ほらこれも」
「えぇ……マフラーはいらねえって。首くすぐったくなんじゃん」
「マフラー巻かずに風邪ひいて大会に出られなくなるのと帰るまでの間少し首がくすぐったくなるの、どっちがいい?」
私の問に玄はぐっと唸り声をあげる。そして数秒間の無言の睨み合いの末、渋々といった様子で私からコートとマフラーを受け取った。
玄の隠れていく健康的な小麦色に、自然と目を奪われる。ごくりと唾を飲み込んで唇をきつく噛み締めた。
そんな私には気づくことも無く、マフラーを巻き終えた玄は窮屈そうに首をかいている。
「やっぱくすぐったい」
「……がまんして」
「わかってるって。てか、腹減った。コンビニ寄らね?」
「奢りならいいよ」
差し出された左手に右手を重ね歩き出す。ごつごつとした大きな手が、私の手をすっぽり包み込んだ。冷えた私の手がじんわりと温かさで満ちていき、心地良さと同時に押さえ込んだ欲がまた湧き上がってきた。
本当に、人を愛するのに向いていないこの身体が嫌になる。
「喉、乾いたなあ」
欲を吐き出すように小さな声で呟き、唇を少し舐める。滲んだ血で喉を潤した気になって。
渇き よもぎ望 @M0chi_o
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