第6話。公爵令嬢

「動かないでくださいな」


 聞こえたのは女性の声。

 とりあえず言葉は理解出来る……それなら対話も可能かな?


「わかっているかもしれませんが、ナイフですの。毒もたっぷりと塗っていますのでご注意くださいませ」


 グッと背中に感じる圧が強まる。

 言葉通りナイフだろう。動いたら容赦なく刺されると何故か確信した。


 神器作業服を貫けるとは思えないが、怖いものは怖いじゃん?


 俺が動きを止めたことに満足したのか、女性は言葉を続ける。


「貴方、何者ですの? 追っ手かしら? それにしては軽装なようですけれど」


 今の俺の格好は作業服に腰袋、以上である。

 鞄がマジックバックであることを除いたとしても、森を歩くには確かに軽装過ぎる。


 ここは魔物も多く出現する森なので、武器も持っていない俺は確かに不審者と思われても仕方ない……のかな?

 武器を使わない格闘技キャラとか居ないのかな?


 しかし追っ手か、俺は何も追いかけてないよ?

 夢を追いかける年齢でもないし。


「ダンマリですの? もう一度聞きます。貴方は殿下の手の者ですか?」

「殿下? 俺の知り合いに殿下と呼ばれる人は居ないけど」


 そもそもこの世界に知り合い居ません。濡れ衣です。


「嘘は……ついていないようですわね」


 言葉を言い終えると同時、感じていた害意がすっと消えた。


「信じるの?」

「ええ。わたくし、嘘や悪意には敏感ですの。貴方からは嘘の気配は感じられません」


 女性は俺の背中からナイフを離して、俺の前へと回り込んできた。


 うっわ、めちゃくちゃ綺麗だな……お人形さんみたいと言う言葉はこの人のためにある言葉なのではないかと思うほどだ。


 全体的に薄汚れてはいるが、絹のようにつやつやした美しく長い金髪を後ろで纏めた西洋風美人さん。

 青く澄んだ瞳はそれは惹き込まれそうな……


 止めよう。

 見た感じこのお嬢さんはまだ若い。おそらく10代であろう。


 そんなうら若き乙女を俺のようなおじさんが眺めるなんて、それだけで罪になってしまう。

 いや、もうこの人の視界に俺が存在すること自体が罪と言えるのではなかろうか?

 存罪だ。生まれてきてごめんなさい。


「思ったより若そうですわね……おいくつですの?」

「38歳です」

「嘘で……嘘じゃない!?」


 あ、嘘とか悪意に敏感ってガチなんだ。

 どういう仕組み?


「見えませんわね……黒髪黒目でのっぺりした感じのそのお顔……前髪で目はみえませんが年齢が分かりずらいとは言え38歳……お父様より歳上には見えませんわ」

「あ!」

「なんですの?」


 そこまで言われてようやく思い出した。

 俺、外見年齢16歳だわ。


「いや、なんでもないです」


 間違いなくこの少女は歳下であるだろう。しかし何故か敬語を止める気にはなれない。

 なんというかこう……高貴? そんな感じがする。


「悪意は感じませんわね……それならいいですわ」

「どうも」

「それで、お名前は何と言いますの?」

「富井です。富井千里と言います」


 漫画とかアニメとかならこういう時は下の名前から言うんだろうなぁ……

 俺はもうおっさんだからカッコつけないよ。


「トミーさんですわね。わたくしはアイリス。アイリス・フォン・イルドラースですわ」

「あの……トミーじゃなくて富井です」

「はい? ですからトミーでしょう?」

「トミーでいいです」


 うん、これはアレだ。外国人が日本語を上手く発音出来ないっていうアレだ。

 もう気にしない。


「まぁ、なんでもいいですわ。それでトミーさん、貴方はなんでこんな森の中に居ますの?」

「えっと……」


 そうだね、なんでもいいね。


 それよりも物語の定番だと、素性誤魔化す場面だよね?

 でもアイリスさん嘘見破ってくるし……嘘を言わずに本当のことを隠しながら話す話術とか無いし、正直に話してしまおうか?


「言いづらいようなことがおありのようですわね。ワケありですの?」

「まぁ……そうですね」


 お、このまま有耶無耶にしてくれるのかな?


「そうですのね……ではさっさとゲロって楽になりなさいな」


 ダメか……よし、話そう。話さないとなんだかあとが恐ろしいことになりそうだ。


 迷子です!


「実は……俺、別の世界で死んでこの世界に転生したんです。今までは竜と戦ってました」


 おや? 話してみるとたったこれだけか……

 エピソードトーク出来るほどのエピソードが無い。聖竜さんとの特訓の話は……うん、思い出したくない。


「転生? 貴方、異世界人ですの?」

「まぁ平たく言えば……アイリスさんは異世界のことをご存知で?」


 案外あっさり納得したな。


「聞いたことはありますわ。結構居るらしいですわよ?」

「そうなんだ……」


 結構居るってことは、それだけ女神エルリア様がやらかしたってことなんだろうな。


「って竜!? 貴方竜と戦っていましたの!?」

「おっそ! ツッコミおっそ!」


 転生にだけフォーカスして竜は完全にスルーかと思ったわ!


「なんで竜と戦ってましたの!?」

「女神エルリア様の紹介で……」


 来たのが聖竜さんでした。


「エルリア様? 女神エルリア様にお会いしましたの!?」

「はい、以前に死んだ時にお会いしましたよ」

「どんな方でしたの!?」


 圧がすごい。

 どんな方って……えっと……アレ? 顔が思い出せない……


「なんと言いますか……そこに在るのに姿が認識できないと言いますか……なんかよくわかりませんでした」


 ものすごく美人だったような、信じられないほどブサイクだったような、どこにでもいるような顔だったような……


「そういうものですのね」

「そういうものみたいですね」


 何だか納得してくれたようだ。良かった。


「事情はわかりました。次はわたくしの番ですわね」


 なにが?


「わたくし、王太子殿下の元婚約者で、公爵令嬢ですの」


 ナ、ナンダッテー!?


「ぽっと出の男爵令嬢に殿下を奪われた哀れな女ですわ!」


 胸を張って宣言する彼女のことはまったく哀れに見えない。


「わたくし、頑張りましたのよ? 5歳で婚約が決まってからは立派な王太子妃、いずれは王妃になるための教育を受けましたの」

「王太子妃教育ってやつですか?」


 アニメで見たやつだ!


「ええ。ありとあらゆる知識、礼儀作法、戦闘技術、サバイバル術を教えこまれましたわ」

「最後のふたつおかしくない?」

「おかしくありませんわよ。妃とは最も近くで控える側近であり最後の砦ですもの。護衛がやられてしまったらわたくしが殿下をお守りしますの」


 そういうもの……なのか?


「サバイバル術もそうですわ。城が堕ちても王族が生きてさえいればどうにかなりますもの。王族をお守りしつつ森で生きていく技能は必須科目ですわよ?」


 それは王妃や王太子妃の仕事ではないと思うんだ。騎士や兵士何やってんの。


「その技術のおかげでわたくしはこの森で生きていられますの」

「はぁ……」

「こういう時異世界ではなんと言うのでしたっけ? 森ガールでしたかしら?」


 合ってるような……なんか違うような……


「まぁ、なんでもよろしいですわ。貴方は何の関係も無いことがわかりましたし、これで結構ですわ。では、ごきげんよう」


 そう言ってアイリス……さんは俺に背を向けて歩き始めた。


 癖が強い……

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