第5話。出会ってしまった2人
聖竜さんが飛び去ってしまった方向を呆然と眺めてしばらく、ようやく冷静になってきた。
「いやぁ……参った」
確かに聖竜さんの攻撃を捌いて一撃入れることもできるし、魔法も覚えたから生存自体は可能であろう。
しかし、見るからに深い森を抜けるのにどれだけ時間が掛かるのだろうか……
「地図でもあればなぁ」
不意にスマホの存在が頭を過ぎる。
そういえばポケットに入れていたら聖竜さんの攻撃で粉砕されそうな気がしたので近くの雨風凌げそうないい感じの場所に置いてたよな……
聖竜さんとの特訓が厳しすぎて存在自体忘れていた。
だってあの聖竜さん、睡眠学習とか言って夢の中でも戦わせるんだもの。
「いやいや、流石に一年も経ってるんだから使えるわけ……」
いやでももしも、万が一、ワンチャン異世界不思議パワーで使える可能性が微レ存……
仕舞っていた場所から取り出してサイドボタンを押してみる。
案の定反応は無い。
「ですよねー」
知ってた。分かってた。
人生そんな都合良くない。
定価10万円を超えるスマホをそのまま捨てるのも憚られるのでポケットに収納、これはもう森の中を歩き回るしかないのだろうか?
「すみません、忘れていました」
覚悟を決めてさぁ行こうと足を踏み出すと同時、上空から聖竜さんの声が降ってきた。
聖竜さん!!
「卒業祝いの品です。私の抜け殻を使用して作った鞄です。マジックバックになっていますので、見た目より多くの物が入りますよ」
広場に着陸した聖竜さんはどこからか鞄を取り出して俺の前へと置いてくれた。
鞄というか、腰袋のようになっており、ベルトと一体となっていた。
結構大きいな。
てか聖竜さんの抜け殻……脱皮するんだ……
たしかに見た目爬虫類に見えなくもないけど、なんか妙にリアルで嫌だな。
「祝いの品も渡しましたので、私はこれで……」
「ちょっと待って!」
再び飛び立とうとする聖竜さんを引き止めて大切なことを聞かなければ!
「なんでしょう?」
「人里どっち?」
可能であれば俺を乗せて森の外までお願いします!
「一番近いのは南ですが……人間はほとんど居ないのでおすすめは北ですね」
聖竜さんは一度南を指さしてから今度は北を指さす。
人間がほとんどいない人里とは?
「聖竜さん、ありが……」
北の方を見ていた俺がお礼を言うために振り返ると、聖竜さんは既に飛び去っていた。
どれだけせっかちなの……実は俺の事嫌いだったのかな?
「まぁ……うん、とりあえず進もう……」
俺の食料として聖竜さんが狩ってきてくれた肉の残りを鞄に入れてみる。
一塊の肉すら入らないようなサイズの鞄なのに、それがいくつも入るのは不思議な光景だった。
他にも聖竜さんに教わった周辺で手に入る食べられる野草や木の実、果物なども適当に採取して鞄に入れておく。
これでしばらくは飢えずに済むかな?
水は魔法でいくらでも出せるし……
「よし、じゃあ行ってみようか」
聖竜さんに教わった通りに俺は北へと向けて出発した。
◇◆
「ここはどこ? 私はだぁれ?」
出発しておよそ一週間、当然のごとく俺は迷子になっていた。
そもそも森の中で方角を確かめる方法なんて知らんし、森とか砂漠って真っ直ぐ進めないんでしょ?
抜けられるわけがないじゃない。
「グルルル……」
「また出た……」
獣の唸り声が聞こえたのでそちらへと振り向くと、黒くて大きな豚がいた。
「えっと、ブラックピッグだっけ?」
聖竜さんによる夜の学習……夢の中で戦った魔物にこんなのがいたと思う。
黒豚……そのまんまだね!
「グルァ!!」
ブラックピッグに向けて拳を構えると、ブラックピッグは一声鳴いてこちらへと突進して来る。
豚なら豚らしくブヒブヒ鳴けよこのメスブタがぁ! オスメスどっちか知らんけど!
「秘技! 聖拳突き!」
聖竜さんから教わった秘技聖拳突き。
拳に光属性の魔力を纏った一撃を繰り出した。魔物は死ぬ。
拳は狙い違わずブラックピッグの鼻先に突き刺さり、当たった場所からブラックピッグは黒いモヤのようになって消えていく。
最後には黒い石だけがそこに残っていた。
「ホント魔物に対して光属性ってよく効くよね。ナメクジにかける塩より効果的なんじゃない?」
落ちている黒い石……魔石を拾いながら一人ぼやく。
魔物は倒すと魔石だけを残して消えてしまうのだ。
極々稀に魔石と共に素材や、魔道具と呼ばれるアイテムをドロップすることもあるそうだが、この一週間でそのドロップ品は見ていない。
聖竜さんからドロップアイテムの話を聞いた時はこの世界はゲームの中なのかと真剣に悩んだものだ。
なんでも女神エルリア様がこの世界の管理を任された時にそうしたらしいよ。
魔石を鞄に仕舞っていると、背後の草むらがガサガサと音を立てて揺れた。
「また魔物?」
右拳に光属性の魔力を纏いながら振り返る。
しかし、そこには何も無い。
気のせいか……
そう思った瞬間、俺の背中に何やら固いものが押し付けられた。
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