第7話。ストーキング

 しかしアイリスさんは歩き出してすぐにバランスを崩してふらついた。


「ちょっとちょっと!」

「なんですの? まだ何か?」


 振り返ったアイリスさんの眉間には、深いシワが刻まれていた。

 よくよく見てみると、目の下にはごついクマが出来ている。


「体調悪そうですよ? 大丈夫ですか?」

「大丈夫ですわ。そもそも、貴方になにか関係ありますの?」


 ……無いな!


「あるのか無いのかで言うと無いですね」

「でしょう? ではわたくしは行きますわ」


 そう言ってアイリスさんは再び森の奥へと歩き出してしまった。


「うーむ……」


 確かに関係無いっちゃないよ。けど気になるかならないかって話であれば気にはなるよね?


「急いでる訳でもないし……」


 そもそも迷子だし……時間とか考える必要無いしね。


「よし……ちょっと心配だしついて行ってみようかな」


 話しかけたらなにか言われそうなのでとりあえずストーキングしよう。

 もしもなにか危険があれば……手を貸そうかな。


 本来、そんな義理も義務も無い。

 気にする必要もメリットも無いのかもしれない。


 だけど、話しているアイリスさんの目はどことなく寂しそうだった。


 そんな目をしている歳下の美少女を放っておくなんてこと、出来るわけないでしょう?


 という訳で距離を開けてアイリスさんを追跡する。


 俺に気配断ちとか、音を立てずに歩いたりする技術があればもっと近付けるのだろうけど、そんな技術持ってない。

 なので気付かれないであろう距離を空けてのストーキングである。


「どこまで行くんだろ?」


 話を聞いた感じ、追われているようだったしなるべく奥を目指しているんだろうけど……


「まだ奥へってことは、この辺りじゃまだ安心出来ないってことだよな……ってことは結構な外縁部?」


 あれ? ならアイリスさん放置していけば割とすぐ森から出られたりして……


「いやいや、心配だから追いかけるって決めたのに、何考えてるんだよ……我ながら薄情なもんだな」


 追いかけると言っても声はかけないけどね。

 ホント俺、何がしたいのだろうか。


「お、魔物……」


 考え事をしながらも追跡を続けていると、前方に魔物を発見した。

 ブラックピッグか、この辺豚ばっかりだな。


「アイリスさんは……気付いてるみたいだな」


 アイリスさんはブラックピッグの方を見ながら鞄へと手を入れる。

 引き抜かれた手には、無骨なロングソードが握られていた。


「おお、かっこいい」


 いつかアニメで見たような乗馬服のような服を着て、ロングソードを構える美少女……

 いい、大変絵になるね。


「でも、ふらついてる……大丈夫かな?」


 強いんですアピールのようなこともしていたし、問題ないかな?

 プライドを傷付けてしまう可能性もあるし、手を出すのはちょっと待とうかな。


 アイリスさんはブラックピッグに集中しているようなので、少しだけ近付いてみる。


 なにかあったらすぐに飛び出せるよう腰を落として様子を見ていると、アイリスさんとブラックピッグとの戦いが始まった。


「ブモォォォ!」


 雄叫びを上げながら地面を蹴り、ブラックピッグがアイリスさんに向かって突進する。


 アイリスさんは突進してくるブラックピッグを横へと躱し、振り上げたロングソードをブラックピッグの背中へと振り下ろした。


「きゃあああ!!」


 ブラックピッグの皮膚は割と硬い。

 それに突進の勢いもあり、攻撃を仕掛けたアイリスさんの方が弾き飛ばされてしまった。


 ブラックピッグは体勢を立て直して再びアイリスさんの方へと向き直る。


 対してアイリスさんはロングソードを手放した上、尻餅をついた体勢のまま立ち上がれていない。


 これはまずいかもわからんね。


「ブモォォォ!!」


 立ち上がれないアイリスさんの姿を見て好機と判断したのか、ブラックピッグは先程より大きな雄叫びを上げてアイリスさんへと駆け出した。


「うぅ……」


 疲労とダメージが蓄積しているのだろう、立ち上がろうとしているようだが間に合いそうにない。


 このままではアイリスさんはブラックピッグに撥ねられてしまうだろう。


「させません! 秘技、聖拳突き!」


 まぁそのために追いかけていたわけで……


 拳に光属性の魔力を込めて飛び出し、ブラックピッグの横っ腹へと叩き込む。


「ブモッ!?」


 まっすぐ突っ込んでる時に横からの衝撃を受けると脆いもので、ブラックピッグは俺の拳を受けて吹き飛んでいく。

 そのまま太い木の幹にぶち当たり、俺の拳を受けた横腹から黒い煙へと姿を変えていった。


「大丈夫?」


 ブラックピッグが完全に黒い煙となり消えていくのを確認してからアイリスさんに声をかける。


「大丈夫……ですわ」

「いや大丈夫じゃないでしょ」


 大丈夫と強がってはいるが、全身が産まれたての子鹿のようにプルプル震えている。


 顔色も悪いし、このまま放っては置けない。


「ふむ……」


 とりあえず休ませなければ。

 そういえば少し奥に行けば小さい洞窟があったな。

 そこなら多少ゆっくり休めるだろう。


「立てます?」

「す……すぐに立ちますわ!」


 アイリスさんは落ちていたロングソードに手を伸ばし、杖のようにしながらなんとか立ち上がる。


 立ち上がりはしたけど、歩けそうにないな。


「失礼します」

「キャッ!」


 こんな場所でのんびりしているとすぐに魔物に襲われてしまう。

 俺がいれば討伐は容易いが、ゆっくり休むことは出来ないだろう。


 なので失礼だとは分かっているが、アイリスさんを抱き上げて洞窟まで移動することにしたのだ。


「降ろして! 降ろしてくださいまし!」

「歩けるなら降ろしますよ」

「歩けます!」

「嘘だッ!」


 無理でしょ。

 騒いではいるけど体に力が入ってないのがよくわかる。


 そのままお姫様抱っこを継続して目的の洞窟へと駆け込んだ。

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