第一章 勇者になろう

第6話 出会い

 眼を開くと、目の前で焚火がゆらゆらと揺れていた。

「…」

 辺りを見回すと、ここは狭い洞窟のようだ。外で風が泣き叫ぶ音が聞こえていた。まだ天気が悪いようだ。

 ゼザは体に大きい服が掛けられているのに気づく。

 傷だらけだった手足にも包帯が巻いてある。


「そうだ、あの男は…?」

 立ち上がって洞窟の入り口の方へ向かってみると、入り口から外を眺める青年の横顔が見えた。

 遠くを見つめている。紫の目に、荒れ狂う吹雪が映し出されていた。


「あ、起きたんだね!」

 

 ゼザに気づくと、彼はよかった、と困り眉で笑った。


「お前が私をここまで運んで来たのか」

 そう問うと、彼は頷いた。

「そうなのか…申し訳ない」

 青年はゼザの人形のような顔に似合わない堅苦しい口調に少し驚きながらも、



「そんな怯えなくて良いよ。俺は魔族とか魔獣じゃないんだからさ」



「え」



 冗談めかしたような口調でふわふわと笑う男の言葉に、ゼザはギシっと硬直した。


 逆に魔族じゃないのか、お前。


 そう言いそうになり、慌てて口を押さえる。私、魔族なんだが。


 混乱する頭で、まつ毛をしばたたかせた。


 ―魔族ではない…?しかも、今の言葉からして魔族は恐れられているようだ。

 やはりここはゼザが元居た世界ではないのかもしれない。


 魔族以外の―――魔族に似た何か。


「人間…?」


 昔何かの書物で見た。噂でも聞いたことがある。

 血を飲まずとも生きられて、人によっては何かしらの能力を持つという、人間。

 実際に見たことはないから伝説上の生き物かと思っていた。


 青年は不安気に見上げるゼザの表情を別の意味で解釈したらしい。

「そうだよ、人間。本当に魔族だとでも思ったの?」

「いや…」

 ははっと乾いた笑いを立てた。どうやらこの世界では魔族は相当嫌われているらしいな。


「疲れてるでしょ?座りなよ」

 そう言いながら、青年は自らも腰を下ろした。ゼザもその言葉に従う。


「そうだ、君はどうしてあんな場所にいたの?」

 彼の瞳がこちらを向く。紫の瞳にゆらゆらと揺れる炎が反射して光った。

「私は…」

 言いかけて口をつぐんだ。

 完全に油断していたが、彼が隣国の追手だということもあり得る。今どこにいるか分からず、彼が誰なのかも分からない以上、迂闊に口を滑らせる訳にはいかなかった。


 困って青年の顔を見上げる。

「実は、どうやって来たのか覚えていないんだ。ここがどこかも分からない」

 記憶喪失のふりなんて、少し無理があったかもしれないと思いながらもそう告げると、青年は何故か頬を紅潮させていた。

「も、もしかして、君もこの世界の出身じゃないの!?」

 何故か鼻息荒く両手を掴まれる。

 手がでかいのでゼザの両手が包み込まれてしまった。


「いや、えーっと……。『も』?」

 じっと紫の目を見上げる。

「あ」

 彼は途端に顔面蒼白になった。汗がたらりと垂れる。

「やば…」

「『も』って何だ?お前はこの世界とは違う所から来たのか?」

「あ゛あ゛―――っ」

 絶望顔である。

 力なくへたり込むと、「やっぱりこの子めっちゃ偉そうな口調だな…」と余計なことを呟きながら、降参ポーズをした。

 王女なので偉そうなのは仕方ない。


「そうだよ…結構前だけど、俺はこことは違う世界から来たんだ」

 信じられないかもしれないけど、と付け加える。

「前の世界のことはあんまり覚えてないし、帰り方も分からないから、君の助けにはなれないかもしれない」

 そしてため息。

「他の人には絶対言わないでね、変な奴だと思われるだろ、きっと」

 手で顔を覆う。やっちゃった…というくぐもった声が聞こえて来た。

「あ、でもさ!君もそうなんだよね?」

「あぁ…多分…??」


 食い気味に言われて圧に負けた。

「じゃあ君もばれたら大変じゃない?」

 変人認定だよ、とのんきに笑っているが、ゼザは青ざめた。


 この世界に追手がやって来ていたら。

 今は距離が離れていたとしても、別世界から来たなどと言いふらせば、噂はたちまち奴らの耳に入るだろう。


 追手は何も、トルタ国の者だけではなくなっているかもしれない。

 これだけ時間が経過したのだから、ゼザの国にも話は伝わっている可能性が高い。

「王女ゼザが結婚相手の王子を拒絶して逃げ出した」という話が。

 そうだとしたら、正真正銘、終わりだ。


 青年の反応からしても、魔族は良いイメージを持たれていないことは確かだ。自分が魔族だと言う事は絶対に避けた方が良いだろう。


「私は、逃げて来たんだ。そしたら気を失って…気が付いたらここにいた」

 そう呟いたゼザを見て、青年が首を傾げた。

「逃げた?家出でもしたの?」

「まあ」

 正確には全てから逃げた。

「そうなんだ…」

 青年はガリガリにやせ細ったゼザの小さい体をそっと盗み見る。この子、一人で大丈夫なんだろうか。青年は不安になってきた。


「家出か…じゃあ皆心配してるかもしれないな」

 彼はバチバチと音を立てて燃える焚火を見つめながらそう言った。

 この子からすれば余計なお世話かもしれないと思いながらも、彼はついつい保護者目線になってしまう。


「心配か」

 しかし、ゼザは鼻で笑った。


 父上が心配する…?

 あり得ない。


「帰ったら殺されるだろうな」

「は!?」

 青年は何故か驚いている。

「当然だろう。父上は自分の命令に逆らう者は、たとえ血縁関係であっても容赦しない」

 知っているだけでも3人の妾、8人の子が罰を受けた。その内容は死刑や終身刑に流刑と、バラエティーに富んでいるが。

 為政者としては当然か。


「いや、酷すぎるだろ!」


 それを聞いて突然叫ぶ青年。

 ぎょっとして隣を見るゼザ。


「そんな所帰らなくて良いよ!そこはきっと君の居場所じゃない!!」

 青年は怒ったような、それでいて泣きそうな表情だった。お前がいったい何を知ってるんだと思ったが、同時に目が覚めたような思いだった。

 お父様の行為は確かに、身内に向けるものとしては度が過ぎていると言えるかもしれない。

 それに、居場所がない…全くその通りだ。あの世界では、もしゼザの逃走が許されたとしてもあのぼんくら王子と結婚エンドでおしまいだろう。


 それならば、この世界で、人間に擬態でもして生きられるだけ生きてやろうかと、ふと思う。


「詳しいことは良く分からないけど、帰らない方が良いと思う。いや、そもそも帰れないと思うけど…ここにいなよ。俺も助けるからさ!」


 そう言ってうなずく青年の目は完全に迷子になった幼子を放っておけない人の目だったが、ゼザはそれを知る由もなかった。

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