第4話 ゼザは結婚する?

 認めてもらえる、チャンスだったのだ。




 それを台無しにしたのは、自分自身だ。


 深い水の奥底に沈んでいくような感覚に囚われて、目をつむってしまいたくなる。




 この魔族の世界には3つの国があった。




 リーベ国、トルタ国、スレフ国。


  


 例にもれず戦争を繰り返してきた歴史を持つが、いつしか3つの国のうちの1つ、リーベが抜きんでて強大な力を持つようになった。


 現在は3つの国の王は残りながらも、その王-ゼザの父が実質的なこの世界の最高権力者である。


 そうは言っても昔の国の王族たちは残り、未だ強大な権力を持っている。


 パワーバランスを保つために行われるのが、王族同士の政略結婚だ。


「王からの伝言です」


「姫様には、トルタ国の王子と結婚して頂くことが決定しました」




  訓練場での失敗から、ゼザは何もせずベッドに横になる生活を過ごしていた。


  ただ運ばれる血液を消費するだけの毎日。


  何をする気も起らなかった。




  そんな毎日を送っていたところ、王の使者から告げられた衝撃的な言葉。




  「なぜだ!?そんな話、父上はこれまで一言もおっしゃっていなかった!」


  思わずベッドから飛び上がり、使者の胸ぐらをつかんで問いただす。


  使者は驚いて後ずさりながらも、


  「命令は命令ですぞ、姫様。婚姻の儀は1週間後だそうです」


  それだけ言い残してゼザの部屋から消えた。


 


  結婚なんて聞いていない。


 ゼザは王の本妻の子だ。政略結婚はそこらへんにごろごろいる妾の子ども達の役割ではなかったのか。


 


 -それとも。


 


  「もう失望されてしまったのか…」


 


  再びベッドに沈み込むと、長い黒髪がさらりと広がった。




  お父様は、あの訓練場での失敗で私を完全に見限ったのだ。


  王の後継者としてふさわしくないと。


  






  そして今、ゼザは鏡の前でドレスに身を包んだ自身と対峙して、ため息をついた。


  口々にゼザを褒め称える侍女たちの言葉も、空しいだけだ。




  これまでの努力は何だったのだろうか。


  生まれてこの方、毎日厳しい訓練や学問を積み重ねて来た。


 全てはこの国の王族として相応しい者となるために。


  


  ――何のために?


 


  ゼザは思わず目を見開いた。


  何のために?王族であったからと言って、だから何なのだろうか。


  この国を治めたかった?首を横に振る。ゼザにはそんな野心も欲望も無かった。


  ならばどうして?




  全て、全ては…お父様のために。




  ゼザが生まれてきてから、全ての行動は父の命令に従ったものだった。


  「自分の意志で、何かを成したこと…」


  そんな経験、これまでに何度あっただろうか。


  そして、この後結婚したとしても、命令するのが結婚相手の王子に変わり、同じことを繰り返すだけではないだろうか。相手に相応しい者となるために。




  「嫌だ…」


 


  ゼザの黒い瞳に、静かに光が灯った。


 *


 城で行われた結婚相手とのパーティーは、ゼザを疲労困憊させるためだけに仕立て上げられた物であるかのようだった。


  華やかな照明の中で、人々がグラスを交わし合う。


  とびきり美しいドレスに身を包んだゼザは、自分が人形にでもなったように感じた。


 


  「貴女がゼザ様ですか?」


  


  声を聞いて、仏頂面を上げると、胡散臭い笑みを纏った男がいた。


 


  「こいつが王子か…」


  「え?何て?」


  


  「何でもございませんわ、私がゼザです。どうぞよろしく」


  冷え切った声色で答え、作り笑いをすると、相手は頬を染めた。




  「噂には聞いていましたが、本当に美しい…!ああ、名乗るのを忘れていましたね、僕はトルタ国、第二王子のなんちゃらかんちゃらでございます、今宵は本当に何とかかんとかでうんたらかんたら…」


 耳を通り過ぎていく相手の声。にやにやと笑いながらいつの間にかそっと握りしめられた左手。今にも相手を「崩し」てやりたい衝動に駆られながらも、グラスの中の血を流しこんで何とか耐えたのだった。


 *


 その夜、自分に与えられた部屋に戻ったゼザは、深いため息をついた。


 結婚相手の王子は最悪だった。


 自分も人のことは言えないが、彼はいかにも甘やかされて育ったお坊ちゃんである。鼻につく喋り方で、所々に自慢が挟まれるのがポイントだ。ぼくのお城はこんなに大きくて、お庭には馬が走り回っていて、ぼくのお父様はこんなに偉くて…


 


 でも、その中に貴方の手でつかみ取ったものは幾つあるんでしょうね?




 そう思いながらお話を聞いていたけれど、それは―




 「私も同じだ…」


 


 枕をぎゅっと握りしめた。王の娘という良いご身分で生まれたくせに、与えられた地位に甘んじて、結局何も出来ていないじゃないか。


 窓から外を見つめると、すっかり夜も更けて、城の裏にある深い森の上に冷え切った月が浮かんでいた。


 青々とした夜空に、満点の星。先程のパーティーでの騒がしさが嘘のような静けさに、目を閉じる。


 


 ――と。




 風の音に混じって、何か聞こえてくる。




 コツ、コツ、コツ、コツと規則的に響く音は、まるで――




 「…足音!?」




 思わず振り向いて、部屋のドアに目を向ける。


 使用人たちにはこの時間には部屋に入らないよう伝えておいたはずだ。


 どうして。一体、誰が――――




だんだん近づいて来る足音は、ゼザの部屋の前で止まった。




 コンコン、とノックする音。




 「ゼザ様?いらっしゃいますか?」




 その声は、あの男―――結婚相手の王子のものだった。



「ゼザ様~?いないのかな…」




 どうしてここに来たのだろうか。しかもこんな夜更けに。


 ゼザは相手に対して何の好意も持たなかったが、先方は随分とこちらを気に入っていたようだった。


 


 「まさか…」


 私の部屋に来て、何をするつもりなのだろう。頬を染めていた奴の顔が思い出される。嫌悪感に、顔をしかめた。


 


 「ゼザさん、いるんですよね、開けてくれないかな?お菓子を持ってきたんだ。一緒に食べませんか?」




 ガチャガチャとドアノブを揺する。


 ゼザは立ち上がった。護衛や使用人を呼ぶことはできない。呼ぶことができたとしても、こんな夜更けで、しかも相手はトルタ国の王子だ。帰らせるように命じたってそんなことはできないだろう。


 


 何も考えずにドアを開いて招き入れることだってできる。しかし、ゼザの本能がここから逃げるように伝えている気がした。


 


 ドアを揺する音は次第に大きくなってゆく。ゼザは部屋の大きな窓を見つめると、全身の力を込めて開き、窓枠に足をかけた。




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