第3話 ゼザは訓練する

「これはこれはゼザ様。よくぞいらっしゃいました」


 裏庭には色とりどりの花が咲き乱れ、甘い香りで空気を満たしていた。




 その花々の間から顔を出したのは小柄な老人だった。長く白いひげを撫でつけながら人の好さそうな笑みで笑っている。




「わたしが新しいレッスンを担当するダイフと申します。」


 にっこりする老人。


「よろしく頼む」




 ゼザは内心困惑していた。こんな花が沢山咲いている場所で、一体何をするのだろうか。


「さて、ゼザ様」


 老人はつぶらな瞳でじっとゼザを見つめる。




「ゼザ様はここにある花の中でどの花がお好きですかな?」


 何を聞かれるか身構えていたゼザは、拍子抜けした。


「好き…?」


 改めて辺りを見回すと、花々はゼザの回りを取り囲むように咲いていた。


「そう言えばこんなに色々な花が咲いているのは珍しいな」




 田舎はともかく、城の回りは整備されているので植物は少ない。


「どの花が好き、か…難しいな」


 眼の前にあった花にそっと触れる。赤、黄、白…形も様々で、見ているだけでも華やかだ。


「この中で美しいのは…これとかじゃないか?」


 紅の花弁が重なり合った花を指す。高級な血の味を思い起させるような上品な赤は、他の花の中でも埋もれることなく輝いていた。


 しかし、ダイフ老人はゼザの言葉に首を横に振った。


「聞いているのは美しい花ではありませんよ。好きなのはどれか、です」




 ゼザはむっとする。普段は宝石やレースに囲まれている私に、花の違いなんて分かるものか。


 それでも老人は笑顔で圧をかけてくるので、仕方なしに探すことにする。


 好き……好き…好き?


 ―好きってなんだ…




 いざ「好きなもの」と聞かれると、何も浮かんでこないことに気づく。


 もう適当に答えてやろうかと思いながら辺りの花を見て回っていると、




「うわっ」


 いきなりバランスを崩し、転びそうになる。足元の小石につまずいたようだ。


「ゼザ様!大丈夫ですか!?」


 焦った様子で近づいて来る老人に「平気だ」と答えて、ゼザはふと足元を見る。


 小さな、紫色の花が咲いていた。


 柔らかい風を受けてその体を揺らしている。


 ―この花は、凛としている。




 ゼザはしゃがみ込んだ。その花からは小さくとも他に染まらない意志の強さが感じられた。


 しばらく見つめた後、ゼザは腰を上げる。


「この花が、好きだ。―――何故かは、分からないが」




 そう告げると、老人はそれを聞いて目を見開いた。その瞳が一瞬潤んだように見えた。


 そしてわずかに口を震わせながら、


「わたしもそう思います―是非、ゼザ様にはその花のようで在ってほしいと」


 そう言って目を閉じた。




「…?」


 どういう意味だ、と口を開こうとすると、


「さて、そろそろ参りましょうかえ」


 ゼザの言葉を遮るようにいきなり老人が口を開く。ゼザは目をぱちぱちさせた。


「ここでやるんじゃないのか?」


「ここに来たのはゼザ様に花を見せたかったからですぞ」


「何だ…花を使ったレッスンかと思った」


 老人はそれを聞いてフォフォフォと笑う。


「花は使いませんなあ。今から行くのは―――」




「訓練場です」




 訓練場はだだっ広い殺風景な場所だった。うっすらと土煙が立ち上っている。


「初めて来たぞ、こんな所」




 行ったことのない場所ばかりだ。この城は広すぎる。それともゼザの行動範囲が狭いのか。


 それにしても、こんな所でするレッスンとは何だろう。


 恐れていた花嫁修業系ではなさそうだと思って、ゼザは少しわくわくしてきた。




 先を歩いていた老人がゆっくりと振り返る。


「ゼザ様は「力」のことはご存じですかな?」


「血をエネルギーに変えて得る能力のことだろう?「力」には個体差があるとも習ったが」


「流石ゼザ様です。よく勉強しておられる」


「馬鹿にするな。しかし、戦闘を行う者にしか関係のない話だろう?」


「力」は大体が攻撃能力で、戦いの時に使われるのだ。




 ダイフ老人はそれを聞いてむふむふと笑う。


「このレッスンではゼザ様に「力」を扱えるようになって頂くのですよ」


「私が「力」を…??」


 ゼザはますます困惑する。父は一体何を考えているのだろうか。




「はい。ではまず、手を開いて頂きますかな」


 ゼザは言われるがままに白い手を開く。


「そうです。次に指先に意識を集中してください」


 指先をじっと見つめる。




 老人はどこからか取り出した杖で訓練場の地面に丸い印をつけた。


「そうしたらこの印の所を爆発させるイメージをしてください。もし出来るなら爆発させてくださいな」


「爆発…?」




「力」とはこんな観念的なものなのか…?ゼザは渋い顔をする。騙されているのかもしれない。


「ゼザ様!ごちゃごちゃ考えない!!」


 老人に怒られた。




 半信半疑のゼザは地面の印を見据える。それから、そこが砂煙を上げて消し飛ぶイメージを思い描く。




 その時、ゼザの指先が熱くなり、輝いた。


「なんだ!?」


 ゼザが驚いている間も、手のひらの光は輝きを増して、薔薇の蔓のような光線が四方八方へ放たれた。




 ―次の瞬間。


 地面に亀裂が走り、訓練場の壁にまで達する。


訓練場ではあちこちで派手な音を立てて爆発が起こり、壁は粉々に砕けて崩れ落ちた。




ゼザは呆気に取られてその惨状を見つめる。


そして。




体力が尽きて地面に倒れ伏したのだった。




「―というわけで、これがゼザ様の「力」、『崩す』ですぞ」


「何が「というわけで」だ…」


ゼザは倒れたまま息を切らして答える。




「あっぱれですな、ゼザ様!あとはコントロールが出来れば最高です」


「そんなの誰が見ても分かるだろうが」


―これが私の「力」か…




「恐ろしい能力だな」


ゼザは息を吐いた。


「そうですな。魔族を殺すことも出来る能力ですからな。しかし、ゼザ様は「力」に呑まれることはないでしょう」


ダイフ老人は真剣な目をしている。



「ゼザ様ならきっと、この力を使いこなせますぞ。翁は信じています」


「随分私を過大評価するんだな」


―自分では何も出来ない、どうしようもない小娘なのに。


吐こうとした言葉は、薄れていく意識の中で消えて行った。ゼザは目を閉じる。




それから数か月に渡って、「力」の訓練は続いた。


ゼザは予備の血を大量に準備して臨むことにした。「力」を使うと元々少ない体力が一気に削られてしまうのだ。


毎回「力」のコントロールに失敗し、訓練場を破壊する日々。


それでも、老人に厳しく鍛えられ20回に1回は印に命中するようになってきた、そんなある日。




「突然ですが、明日はお披露目ですぞ」


ゼザは老人の方を見て、首をかしげる。


「何の?」


「もちろん「力」の、です。国王様の前で披露して頂くことが決定したそうです」


ダイフは綿毛のような髭を触りながら言った。



「父上の…!?」




予想していなかった方向から殴られたような気分だった。


「国王様がゼザ様の実力を見たいと仰せられたそうで」


ゼザは自分の心臓の鼓動が早まるのを感じていた。




―お父様が…!




拳を握りしめる。


どういった風の吹き回しかは分からない。でも…


―もし成功したらお父様に認めてもらえる、かもしれない…!


見上げると、雲一つなく澄み切った青が広がっていた。高揚感に満ちていたゼザは、ダイフの不安気な眼差しに気づくことができなかった。









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