後編

 ディック様との婚約が結ばれたのは、その翌日のこと。

 結婚と引き換えに世界を救うという条件で皇帝に認可してもらい大々的に祝福された。


 本編が始まる前にエンディングを迎えてしまったかのようだ。

 綺麗なドレスに身を包み、ディック様に伴われる私は幸せに溺れそうだった。


 この幸せがいつまでも続けばいいのにと思う。

 でもそれは無理な話だ。だってこれは夢なのだから、いつか覚めるはず。


 そのはず――なのに。


「なんで?」


 それから何度寝ても覚めても、私がつまらない日常に回帰することはなかった。

 さすがにこれはおかし過ぎる。私とディック様の二人きりで旅に出て、おぞましい魔王を倒して帰ってきた。


 そしていよいよ結婚式。

 バージンロードを歩き、彼と向かい合う。


 これで終わりかも知れない。そう思うときゅっと胸が痛む。

 でも真のエンディングに相応しい場面だ。覚悟を決めた私は顔を上げ、ディック様の唇と自分のそれを重ね合わせた。


 静かに目を瞑り、そして開く。

 ――するとそこにはディック様の麗しい顔面が広がっていた。


 あれ? まだ続いている?


 この時になって初めて私の頭の片隅にとある考えが思い浮かんだ。

 非現実的過ぎて考えようともしてこなかった可能性だ。しかしここまで来るとそうとしか思えない。


「もしかして私、本当にゲームの世界に異世界召喚されてしまっているのでは?」


「『げーむ』が何だかわからないが、お前をこの世界に呼び寄せたのは間違いなく俺だな」


「――――」


 魔術師とだけあって、元のゲームでも聖女召喚をするのは確かにディック様の役目だった。だからその言葉に疑いは欠片も抱けない。


 ということは、だ。

 私は現実で三次元のディック様と出会い、求婚して受け入れられ、これからもずっと傍にいられる?


 ああ、それはなんて素晴らしいのだろう……!!


 この数ヶ月で私は彼との様々な体験を共にした。

 その中で、彼の背に庇われ助けられ続けた記憶が脳裏に蘇る。彼が私の妄想上の存在でなかったのだとしたら、彼は確かな意思で私を守ってくれたのだ。


 いわゆる『おもしれー女好き』であるというのもあるが、何より彼の心根はあまりに優し過ぎる。

 これまでただの推しであり、己の願望を体現したものという認識だった彼の存在は大きく崩れ、一人の人間として改めて彼を見る。

 その瞬間、胸の中に想いが溢れ出した。


「ディック様、好きです」


「どうしたんだ突然」


「私、求婚して結婚までしたくせに、まだ好きの言葉の一つも言っていなかったので」


「……そうだったな。お前はつくづく変な女だ。まあ、そんなところが一目で気に入ったんだが」


 くつくつと喉を鳴らしたディック様。

 彼はそっと優しい手つきで私の髪を撫で、もう一度キスをした。


 その感触は確かなもので、やはり夢なんかじゃない。

 ディック様に愛し愛されて夫婦になれることを、私は心から幸せに思ったのだった。

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召喚直後の聖女は推しに求婚する 〜夢かと思ったら違っていたけど愛され妻になれました〜 柴野 @yabukawayuzu

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