最終話(第41話) 水も滴るイイ男の再三の求婚

「私の役目は終わりましたので、お約束をお願いします」

「……ん? なんのことか?」

「まさかお忘れになったのではありませんよね!」


アシュレイが何のことか分からないと首を傾げれば、私は「信じられない」と叫んだ。

婚約者役を引き受ければ、お金と山奥に領土を譲ってくれると言ったのに! と、大声をあげれば、


「あっ……」


と、アシュレイはようやく思い出した。


「約束は守っていただきます」


これでやっと念願の隠居生活を満喫できる! 聖女様も健在だし、結界魔法は定期的に張るし、国が平和であれば、アシュレイだって好きな方とご結婚できるわけだし、私の役目はこれで終了。

問題はヴォルフガングだけ。きっと私と一緒に山奥で暮らすと言い出すと思うけど、正体はドラゴンのわけだし、むしろ一緒に連れて行った方が安全だわと、良い方向へと考えを向かわせる。

道のりは長かったけど、やっと願いが叶うのねって感動してたら、ガシッと腕を掴まれた。


(どうしてアシュレイは、すぐに私を掴むのよ!)


初めからそうだけど、アシュレイはすぐに掴みたがる。


「アリア、俺は君を愛している。どうか結婚してほしい」


デジャヴ? この台詞聞いたことがあるわと、私はきょとんとアシュレイを見る。


「婚約者役は終わったのですよね」

「違う、本当に結婚して欲しいんだ。心から愛しているアリア」

「……へ?」


掴まれた手に口づけをされて、私は何が起こったのか理解できず、口元を震わせる。

アシュレイ王太子殿下が私に本気で求婚してる、の? まさか、そんなことあり得ないわ。きっと魔法とドラゴンの力が欲しいだけ。


「心配なさらなくとも、アラステア国に危機が迫ったときは、お力を貸します」


当然でしょうと、ヴォルフガングに視線を送れば、深いため息を返された。


「我が娘ながら、困ったものだ」

「もしかして力を貸してくれないの?!」

「そうではない。アシュの気持ちを踏みにじるな」


ヴォルフガングはそっと近づくと、私の頭に手を置く。


「だって、役を引き受けただけよ」


交換条件だってもらっているしと、ヴォルフガングを見上げれば、ヤレヤレとさらにため息を吐かれた。

我が娘はかなりの鈍感で困ったものだ。マリア、これはどちらに似たのだろうな? と、ヴォルフガングは、そっと微笑んでしまう。


「殿下の言葉を断るなど、許されないぞ」


いつの間に現れたのか、ローレンが剣を私の鼻先に向け、その剣をヴォルフガングが指一本で止める。


「誠、礼儀のない奴しかおらんな」

「貴様の娘ほどではないがな」

「我が娘を愚弄する気か」

「殿下の仰せを受けぬほうが、無礼であろう」


いがみ合う二人の間に火花が見え、互いは部屋の中心へと移動する。ローレンは剣先をヴォルフガングに向け、ヴォルフガングは鋭い眼光で睨む。


「お前は好かん」


馬が合わなそうだと、ヴォルフガングがローレンに言えば、負けじと身を乗り出し売り言葉を買う。


「ならば、山に帰ったらどうだ」

「ふんっ、娘を置いて帰れぬわ」

「悪いが、我が国にお前を収容できる獣舎はない」


人ではなくドラゴンとして飼う場所がないと、ローレンは嫌味を吐く。当然腹を立てるヴォルフガングの声も上がる。


「俺様をペット扱いするかッ!」

「違いないだろう」


所詮魔物だと、ローレンは言い放つ。


「小僧、勝負だ」


表に出ろと、ドラゴンの姿で成敗してくれると、手で合図すれば、ローレンは少しだけ顔を青くして、「罪を課すな」と叫ぶ。


「話が見えぬ」

「貴様が俺を倒せば、反逆者として娘が罰を受けるぞ」

「ぐ、ぅ……、なんと卑怯な」


愛する娘を盾にするなど、極悪人のすることだと反論すれば、ローレンも言い返す。


「殿下の申し出を断るなど、どちらが悪人だ」


ヒートアップする二人の口論はおさまらず、どこで口を挟むか悩んでいたら、そっと頬に手が触れた。


「口づけをする許可はもらえるか?」


指で唇をなぞったアシュレイが、信じられないくらい甘い顔で、唐突にそんなことを聞いてきた。もちろん私の顔は果実よりも赤くなって……。


「そ、それは……」

「事故で一度交わしてしまったが、これは俺の意志であり、アリアへの愛だ」


『唇を奪わせてくれ』囁くように溶かされたら、お断りなんかできなくて、私は無意識に首を縦に……。


「アリア、愛している」


顎を軽く持ち上げられ、アシュレイの顔が近づく。



「ならぬッ!」

「許可できない!」



鼻先が触れるか触れないかの距離で、私とアシュレイは思いっきり引き離された。


「ぇ?」

「おいっ」


ヴォルフガングに抱きしめられた私と、ローレンに引っ張られたアシュレイは思わず小さな声が出てしまう。


「お前のような輩がいる国に、娘はやれぬ」

「同感だな、お前のような父親がいる娘と、結婚などさせられるか」


ガッツリ保護しながら、ヴォルフガングとローレンはいがみ合う。


(どうしてそうなるのよ!)


いい雰囲気だったのに、全部ぶち壊した二人は絶対に渡さないと意地になる。


「ローレン……」

「アシュレイ、お前にはもっと相応しい令嬢がいる。諦めろ」

「いや、俺はアリアが……」

「心配するな、俺が超可愛い女の子を見つけてくる」

「そうではなくてだな……」

「なんだ、美人がいいのか、それなら任せろ」


こう見えても顔は広い。美人の令嬢ならすぐに見つかると自信たっぷりにローレンは言った。

一方、ヴォルフガングも同じく


「アシュよりもよい王子を探してくるがゆえに、アリアは何も心配などせずともよい」

「別に王子様じゃなくても……」

「ダメだ。可愛い娘を嫁に出すなら、地位と金のある者でなければ許可できぬ」


世界で一番幸せになってもらうと、ヴォルフガングは婿探しをすると言い出す。

どうしよう、私の気持ちもアシュレイの気持ちも完全無視。


「後で説得する」

「ええ、私もそうするわ」


高揚している気持ちが落ち着いたら、二人を説得しようと、私とアシュレイは視線で合図して、苦笑した。






ハッピーエンドまでほんの少し。

隠居生活も憧れるけど、アシュレイと一緒に居るのも悪くないと、今度こそ求婚をお受けしようと決めた。だって、化け物みたいな魔力があっても、ドラゴンが父親で伝説の大聖女様が母親で、私は聖女ではないと知って、それでも私を愛してくれるのよ。隠し事をしなくていい生活はきっとものすごく素敵だもの。

もちろん、ヴォルフガングもきっと結婚式を楽しみにしてくれるわ。

私の自由な生活は、きっとここから始まるのよ。



『お母さん、心配しないで。私は絶対幸せになるから』



おしまい。







――*――*――*――

【あとがき】

最後までお付き合いしていただき、誠にありがとうございました!

応援や★は、勇気と元気と、心温まるとても素敵なプレゼントでした。優しい皆様に出会えたことは、忘れることのない思い出になりました!



『お読みいただきました全ての方へ、満天に輝く星の輝きいっぱいの感謝を申し上げます。ありがとうございましたぁ!!』


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