第40話 全て終わる

それからアラステア国に領土を全て受け渡すと調印し、ライアール国という国は無くなり、アラステア国は大国となった。


「お父さん、お願いがあるの」

「ちゃんと受け止める、安心せよ」


部屋の中心部に立った私は、結界魔法を発動した後、きっと倒れてしまうからヴォルフガングに支えてくれるようにお願いしようとしたら、全部分かっていると説明しなくても理解してくれた。

さすがに二か国分の結界魔法なんか使ったことがなく、自分がどうなってしまうのか分からず、ヴォルフガングに後のことを託す。


(気を失って倒れた姿をみんなに曝すのは、さすがに恥ずかしいでしょう)


寝顔を見られるのと変わらないのよ。と、ヴォルフガングに救助して欲しいと願う。

ブレスレッドは外したままだし、私は両手を広げると天を仰ぐ。



眩耀げんよう境界、……アライア。新生アラステア国に恩寵を与えよ』



詠唱を唱え、手に口づけを落とせば、光を放って身体が宙に浮く。さすがに広範囲の結界魔法に、全ての魔力が失われた感覚があり、意識を保つのが精いっぱい。

これは三日くらい動けないかもと、ゆっくりと倒れる体をどうしようもできなく、約束通りヴォルフガングに支えてもらうはずだったのに。


(えっ、ちょっと、話が違うんだけどぉ)


声を出す気力はなく、私は支えてくれた人物に心でめいっぱいツッコむ。

だって、私を受け止めてくれたのはヴォルフガングではなく、アシュレイだったのだから。確かにヴォルフガングが腕を伸ばしていたはずなのに、どうしてアシュレイに代わっているのよ! って、盛大に叫びたいのに、本当に声の一つも出てこないし、指の一本も動かせない。

崩れる娘を受け止めるため腕を伸ばしたヴォルフガングだったが、咄嗟に走ってきたアシュレイが受け止めようとしたので、譲ったのだ。


「無理をかけてしまった。すまないアリア」


(謝罪はいいから、今すぐ私をヴォルフガングに渡してください)


このままでは意識が途切れてしまう。アシュレイに寝顔を見られるなんて、絶対に嫌! と、必死にもがこうとするのに、本当に動けない。


「アリア、俺は……」


真剣な表情で、何かを言おうとしたアシュレイの言葉は途中でプツリと切れた。私が完全に意識を失ったのだ。


「アリアッ」

「魔力と体力が切れ、気を失っただけだ。三日もすれば元気になる」

「良かった。本当に良かった」

「結界も無事張られた。魔物が侵入してくることはないであろう」


しかと感謝せよと、ヴォルフガングはランデリックたちに冷たい視線を送った。

やはり気に喰わないと、態度に出しながら。






■■■

三日後の夜。ふわふわっとした心地よい感覚に包まれながら、魔力が全て戻っていることを感じながら、私は静かに目を開く。

見たこともない天井が視界に入り、次に見慣れた顔が覗いた。


「目を覚ましたか、我が娘よ」


目覚めが少し遅く、心配したとヴォルフガングは髪を撫でてくる。


「ここって?」

「アラステア城だ。アシュがアリアを連れて帰ると言ったので、背に乗せて戻った」

「それって、まさかアシュレイ王太子殿下が私を抱えて?」

「でなければ落下してしまうではないか」


気を失っている私を背に乗せて飛んだら、当然落ちると言われ、ずっと抱きかかえられていたのかと思うと、恥ずかしくて死ねるわと、顔が熱くなった。


「掴んでも良かったのに」


ドラゴンには手があるのだから、掴んで飛んでくれれば良かったのにと、ヴォルフガングを睨めば、「加減が分からず、握りつぶしてしまう」などと言われ、それはそれでゾッとした。

確かにあの大きな手で握られたら、潰れてしまうわね、と、妙に納得させられる。

だけど、アシュレイにずっと顔を見られたうえ、重たい私を抱えさせたなんて、詫びの度合いが高すぎると、私はその代償に背筋がひんやりした。


「アリアッ!」


どうしようと悩んでいたら、部屋のドアが壊れるんじゃないかっていう音がして、びしょ濡れの男が突入してきた。


「……だ、誰?」


ストレートの少し長い髪からは水が滴っており、前髪も顔を隠すようにおろされていて、本当に誰だか分からない。

びしょ濡れの男はそのままの勢いで私の元までくれば、濡れた髪の水を飛ばしながら前髪を掻き上げた。


「目が覚めたのかッ」

「アシュレイ王太子殿下?!」


そう、びしょ濡れ男の正体はアシュレイ。どうやら風呂に入っていたようなのだが、私の目が覚めたと報告をうけ、髪も乾かさず、適当に服を纏って全速力で戻ってきたとのことだった。

頬を濡らす水が、髪を覆う水が、滴り落ちる水滴が、やけにストレートな髪形も、纏うだけの服からチラッとみえる火照った肌が……、全部の色気が凄まじくて、直視できない。


(何なのこの人、女性を悩殺するつもりなの?! 水も滴るイイ男ってコレを指すのね)


男性なのに凄艶すぎるでしょうって、くらくらと眩暈がしそう。

というか、王太子殿下ともあろうお方が、そんな姿を平民に見せてはいけないと、私は机にあった布を差し出す。


「髪を拭いて、きちんと着替えてからお越しください」

「俺がどれほど心配したか分かっているのか?」

「ご心配をおかけしたことについては、きちんと謝罪いたしますので」


とにかく目のやり場に困るので、早く身支度をと言えば、アシュレイが抱きしめてきた。


(ああ、なんていい香りなの)


漂う清潔感溢れる香りに包まれる。


「無事でよかった」


力強く抱きしめてくるアシュレイは、心からそう言葉を吐きだし、


「アシュは、ずっとアリアの傍についていたからな」


と、ヴォルフガングが三日三晩傍に居たと言う。


(それって、ずっと寝顔を見られていたってこと?!)


信じられない、羞恥で死にそう。と、私は真っ青になる。


「ところで、結界は?」

「アラステア国に属したことにより、きちんと発動している」

「良かったわ」


もしもちゃんと張られていなければ、大勢の民が犠牲になるところだったと、ひとまず肩の荷が下りる。

ヴォルフガングが言うのだから、正常に発動したことは確信が取れる。

それから、ランデリックたちは此度の魔物襲撃に対する説明および、アラステア国に統合した経緯を国民に話すこと、各国への応援要請に対する謝礼、全てをアラステア国に受け渡す準備に追われているとも説明を受け、落ち着くまで元ライアール城でその対応をすると言われた。その後は、アラステア城に入り、配下として力を貸してくれるらしい。

レイリーンについては、意識を取り戻し次第、何らかの罰を与えると話していたが、現在目が覚める予兆は一切ないと聞いた。


(全部終わったのね)


全身から力が抜けるように、私はこれで全て収まったと、変な緊張感から解放された。

だから抱きつくアシュレイを引き離し、ベッドの上で正座して手をつく。

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