第39話 祖国滅亡

しばらくそうしていたランデリックだったが、ふと私に視線を向ければ、小さく口を開く。


「君に聞きたいことがある」

「どうぞ」

「君は聖女なのか?」


あの時、アリアではなくレイリーンを選んだ。そこで間違っていたのかと、ランデリックは問うが、私は首を振る。


「ご期待に添えず申し訳ありませんが、私は聖女ではありません」


正当聖女ではないことは、ヴォルフガングが証明していたので、そこは否定する。けれど、


「魔法で結界を張っていました」


と、本当のことを話した。そうすれば、ランデリックは乾いた笑い声を出す。


「だから魔物が侵入してこなかったのか」

「それと、魔物が怖くて逃げたと申したあの日、街の人たちを救い、魔物討伐していました」


冤罪だったと私は正直に全てを打ち明けた。あれ程の魔法力をみせてしまったのだ、今更隠すよりは、罪を晴らした方がいいと思った。

それを聞き、ランデリックは泣きながらも笑い出す。


「街中に治癒魔法を施したのは、アリア、君だったんだな」


レイリーンがかけたと思った魔法は、アリアがかけてくれたものだった。街の人たちが眩い光に包まれ、怪我が治ったと話したので、レイリーンがそれをしてくれたと勘違いして、聖女レイリーンの名を国中に広めた。なんと愚かだったのかと、自分を嘲笑うランデリックは、涙を流しながらどれほど馬鹿だったのだと、自分を責めた。


「アリア、いや、アリア様。ライアール国にもう一度結界魔法を張ってくれ」


今までの話を聞いていた王様が縋るように、私にそれをお願いしてきた。しかも足元まで這ってくると、ゴマをするように手をこすり合わせて、泣き笑いのような顔を見せる。


「欲しいものはなんでも与える。金か、地位か、宝石か、望むものを与える、だから頼む……」


結界魔法をかけてくれと懇願する身勝手な王様に、ヴォルフガングのこめかみに筋が入り、赤い髪が炎を纏う。アリアを罪人にした張本人がどの口を開くと、足を踏み出せば、それよりも早くアシュレイが動いた。


「恥を知れ! 貴様が何をしようとしたのか、忘れたとは言わせない」


怒りを露にしたアシュレイは、力任せに王様の胸倉を掴み持ち上げた。堕ちる国の王様など、敬う必要などないと、アシュレイの言葉は容赦がなかった。


「儂が何をしたと」

「アリアを死罪にしたのを忘れたのかっ」


アシュレイが突入しなければ、アリアは死罪を受け、処刑されるところだったと、怒りに満ちた視線を向ければ、王様はそれを思い出し、全身から力が抜けた。

刑を国外追放に変更したのは、アシュレイ王太子が突入してきたからであり、自分は処刑を言い渡したのだと記憶が蘇り、取り返しのつかないことをしてしまったのだと、口を開いたまま動けなくなる。


「それに、国外追放を受けたアリアは、ライアール国には二度と結界は張れない」

「アシュレイ、それはどういう意味だ」

「ライアール国とアリアの契約が解除されたことが原因だ。ランデリック、お前たちは国外追放という契約違反を犯したんだ」


よって、アリアはライアール国との契約終了という形で世界に受理され、残された結界魔法は魔力が切れるまで持続していたにすぎないと説明した。


「20日だ」


壁際に立っていたヴォルフガングがおもむろにそれを口にすれば、アシュレイはランデリックから目を反らせて「アリアの結界のタイムリミットだ」と静かにそれを告げた。

つまり、それまでに全国民の避難を終えなければ、甚大な被害がでると伝えていた。


「アシュレイ、この通りだ。わが国民を受け入れて欲しい」


必死に頭を下げるランデリックは、隣国であるアラステア国に避難をさせてほしいと願い出るが、アシュレイは悲痛な表情をして首を横に振る。


「アラステア国に混乱が起き、受け入れられない人々はどうする?」

「それは……」

「数百万以上の人々を俺の国だけで引き受けることは不可能だ。近隣の国への要請をして、数を分散するしかない」

「しかし、それでは間に合わない」


たった20日しかないというのに、全国民に事情を説明し、避難をしてもらうのにどのくらいかかるのか見当もつかない。それに加え、上空の結界がないとなれば、再び空を飛ぶ魔物が襲撃してこないとも言えない。無事に避難できる確率は限りなく低いと、ランデリックは動けなくなった。

国だけじゃなく、民ですら守れないのかと、ランデリックは床を血が滲むほど叩く。

だが、それを止める者は誰もおらず、どうすることもできない現状を打破できない苦しみをただ見ることしかできなかった。


(国を捨てる? ……それって)


フワッと浮かんだライアール国を捨てるしかないということに、私は「これしかない」と打開策を思いつく。

たぶんこれならライアール国の民を救えると、私はポンッと手を打った。


「本当にライアール国を捨てるというのなら、救える方法が一つだけあるわ」


私は絶望しているランデリックにそう言い切った。

当然みんなが私を見る。


「アリア、それは本当なのか。わが国を救えると」

「アシュレイ王太子様が許可してくれるのなら、助けられるわ」

「俺が許可?」

「ライアール国をアラステア国にすればよいのです」


にっこりと微笑んだ私は、ライアール国とアラステア国が併合すれば、結界を張ることができると説明する。ライアールの領土が全てアラステア国のものとなれば、結界はこちらまで広がるはず。つまり、ライアールという国が滅亡すれば、契約破棄は無効になると考えた。


「なるほど、全領土がアラステア国となれば、有効だろう」


ヴォルフガングは名案だと手を叩く。が、アシュレイは驚愕して、声を詰まらせる。

アラステア国だって広い、治安を守るのが難しいというのに、その領土が倍以上になるとなれば、王族たちはそれをまとめることが出来るのか? いや、自分はそれを守っていくことが出来るのだろうか。アシュレイはライアール国を吸収することで、おそらく世界で一番大きな国になることに不安が募る。


「俺に務まるのか……」

「何を不安がる、そこの気に喰わぬ男を補佐にすればよいではないか、アシュ」

「ランデリックのことか」


絶対に許す気がないのか、ヴォルフガングはランデリックを睨みながら、アシュレイにこき使えと言う。仮にも王子としてライアール国をまとめてきたのだから、地位を落とされても使い道はあると話す。


「アシュレイ、僕なら何でもする。……だから、民を、この国を救ってほしい」

「儂からも頼む、国民を救ってくれ」


ランデリックと王様は、罪人として処刑されてもいい、だから救ってほしいと懇願する。たった二名の命で大勢の命が助かるなら、何でもするとさえ言い出す。


「どうするのだ、アシュ」

「分かった。ランデリックには手を貸してもらう」

「決まりだ。ライアール国王よ、領土継承権を持て。俺様が立会人になってやる」


神とも称されるドラゴンが、自らそれを見届けると、ヴォルフガングは王様に権利書を持ってくるように指示し、王様は大慌てでそれを自ら取りに向かった。


「アリア……」

「心配なさらないで、きっと結界は作動するわ」

「ありがとう」

「王太子殿下にお礼を言っていただけるなんて、光栄です」


私は優しく微笑むと、アシュレイに結界は任せてくださいと声にした。

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