第38話 魔法全開! 遅すぎる後悔
自分の魔法力は分かっているはずだと、ヴォルフガングに伝えれば、「心配するな」と、何の根拠もない台詞を言われた。
「……お父さん」
「アリア、躊躇うな。初めの詠唱で、全力の魔法を放て、いいな」
ヴォルフガングは、炎の魔法を全開で撃てと言う。
信じるしかない。私は魔法制御アイテムのブレスレッドを外し、ポケットにしまう。
「アシュ聞こえておるか、アリアを支えろ」
「了解した。アリアは俺が絶対に守る」
「頼んだぞ」
全開放で魔法を放てば、反動で背中から落下してしまうかもしれないと、ヴォルフガングはアシュレイにアリアをしっかり支えるように指示を出す。
「我が娘を落下させてみろ、アラステアを襲撃する。よいな」
「アリアは命に代えても守る、だから安心しろ」
「その言葉、しかと聞いたぞ」
愛する娘を落としたら、アラステアを襲うなどと脅したヴォルフガングは、翼を大きく広げ、体勢を整える。
空に逃げたワイバーンを撃てと言われ、私は両手を少しだけ上空へと向けるといつでも発動できるように構える。そしてその体をしっかりと押さえるのはアシュレイ。
「ありがとうございます」
「俺に出来ることはこれくらいしかない」
はにかんだアシュレイは、ライアール国を救ってくれと、口にした。
「行くぞアリア」
「はい」
ヴォルフガングの問いに、はっきりと返事を返した瞬間、
『グガァァァァアアア、ガァアアアアッ――ァッ!』
天を向いたヴォルフガングが、空を切り裂くような雄たけびをあげた。空気が震え、大地が揺れ、空が落ちてきそうなほどの声。
その声に恐れをなしたワイバーンたちが一斉に飛び立てば、結界の穴がある上空へと押し寄せ逃げる。
『焔の怒りよ、渦巻け……、レイアッ』
逃げ出すワイバーンの群れに向かって、私は最大の魔力を放出する。
両手から放たれる炎の魔法は、渦を巻き、凄まじい勢いでワイバーンたちを包み込む。直撃を喰らったワイバーンは、そのまま焼け焦げて何匹もが落下していくが、やっぱり全部は仕留められない。魔法の効果範囲から僅かに外れたものが、逃げていく。
『ヴォォォォッ、ゴウォォォ――!』
逃げられてしまうと焦った瞬間、私の魔法にヴォルフガングの吹いた炎が重なる。
大きく口を開けたヴォルフガングが、灼熱の炎を吐きだしたのだ。ドラゴンが放った炎と私の魔法が融合して、逃げるワイバーンを全てのみ込んだ。
空が燃えるような熱さに包まれ、炎に焼かれたワイバーンたちは跡形もなく消滅していた。
そういえば、
『俺様が直々に滅ぼしてやるところだった』
ヴォルフガングがライアール国に対して口にしたこの言葉。
あれは虚言ではなく、本当に国を滅ぼすことなんか簡単だったのだと、身をもって知り、私もアシュレイもドラゴンの強さに足が震え、言葉も出なかった。
絶対に敵に回したくない。……私とアシュレイは暗黙の了解でそれを心に誓った。
■■■
「国外追放を破ってしまったわ」
ワイバーンたちを討伐した私たちは、崩壊して空が見える謁見の間に降り立っていた。今回はなんとか助けられたけど、対策を取らなければ次はないと伝えるために。
「助かった……、心から感謝する」
ランデリックは以前の姿からは想像もできないくらい憔悴しきっていて、私たちに床に手をついて感謝してきた。その後ろでは王様も同じように頭を下げていた。
たぶんヴォルフガングがドラゴンであると知ったので、怖いのだろうとは分かったけど。
「アリア、君には謝罪してもしきれないほどの苦痛を与えてしまった」
「……お気になさらないで」
元々聖女から降りたかったし、ランデリック王子と結婚もしたくなかったし、山奥で隠居生活もしたかったし、追放されたのは好都合だったし、と、私は目を泳がせながら、心でそこまで苦痛は感じていなかったわ、と、なんとなく後ろめたさを味わう。
「遅すぎると分かってはいるが、心から謝罪する。すまなかった」
ランデリックは何度も床に額を押しつけて、私に謝罪する。それを横目に見ていたヴォルフガングはフンっと鼻を鳴らして、「調子の良いことを」と、まだ怒っているようだった。
そんな謝罪を繰り返すランデリックに、アシュレイが近寄る。
「して、どうするつもりだ」
「わが国は結界が張れない。このままではいずれ滅亡するだろう」
「ランデリック、まさかお前……」
「レイリーンは聖女ではない」
落胆したようにランデリックが言えば、王様が震えてもつれる足を奮い立たせ、ランデリックの元へと駆けた。
「それはどういうことだ、ランデリックっ」
胸倉を掴んで、レイリーンが聖女ではないなどと、聞いていないと激怒して責める。だが、ランデリックはそれを止めることもなく、王様の手をそっと掴む。
「僕も知らなかったんだ。こんなことになるまで」
全てを諦めたようなランデリックは、祈りの間で見た魔法増幅アイテムの数々を話す。レイリーンはそれらを使用して、魔法能力が高いかのように見せていただけなのだと。
おそらく治癒魔法を使用できるのは嘘ではないが、聖女ほどの威力はなかった。強い魔法だと思ったのは、全て強力な増幅アイテムのおかげだったのだと、説明する。
それを聞き、私たちは何も言うことが出来なかった。全てはレイリーンの嘘が招いた悲劇なのだから。
「俺様は禍々しい黒が見えると忠告してやったがな」
「あの時、あなたの言葉を信じていればと、後悔している」
「今更だな」
「ああ、今更だ。取り返しのつかない選択をしたのは、僕だ」
どれほど後悔しても現状はもう変わらないと、ランデリックは気力を失い、王様は崩れるように床にへたり込んでしまった。
ライアール国は終わる。早くこの国を捨てなければと、考えはするがどうにも体が動かない。
「……ランデリック」
城の外を見つめて涙を流し始めたランデリックにかける言葉が見つからず、アシュレイはただ名を呼ぶことしかできなかった。
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