第37話 ドラゴンの背中
「祈りで結界を張るだけが聖女ではない」
世界の理を破るような発言に、私もアシュレイも呆然とヴォルフガングを見る。
「アリアは結界も張れ、治癒魔法も使用できる。聖女として十分だろう」
「確かに役割は担えるけど、聖女様としては間違ってるわ」
どう考えても聖女様とはかけ離れすぎていると、反論したら、ヴォルフガングは益々笑い出す。
「お前の母であるマリアも、結界魔法を使用していたはずだが」
歴代最強の聖女様が、結界魔法。ここにきてとんでもない暴露話が飛び出して、私は目を大きく開く。
そんな話、どこの書物にも書かれていない。【聖女様は祈りの間で、長きにわたり静かに祈りを捧げていた】書物にはそう記されていたはず。
私は身を乗り出す勢いでヴォルフガングに迫る。
「そんなはずないわっ」
「祈りの間で、こっそり持ち込んだ菓子を食べながら、本を読んでいたと言っていたぞ」
「お菓子と読書? それって、祈りを捧げていないの?!」
「結界魔法を使用していたからな、祈りなど捧げる必要などないであろう」
(つまり、祈りの間でさぼり……)
衝撃の事実に、私の口は空いたまま塞がらない。誰もが憧れる大聖女様が、まさか祈りを捧げていなかったなんて、何かが崩れるような音がしたような気がした。
【あら、このお菓子、美味しいわ】
祈りの間でお菓子を食べる大聖女様の声が幻聴で聞こえてくる。
聖女様って、本当に必要なの? と、ポロリと声を出せば、「マリアは特別だった」と、ヴォルフガングに言われ、聖女は世界にとって必要不可欠な存在だとも言われた。
そして、話を戻す私は、
「つまり、ライアールにはもう聖女様は存在しないってこと?」
「国が自ら聖女を追放した、その報いだ」
きちんと聖女を見極められなかった国の責任だと、ヴォルフガングは自業自得だと悪態をつく。
(それでも、今迫っている危機を救わないと。民に責任はないのよ)
一時的でもいい、ひとまずワイバーンを排除してから、何か対策がないか考えないと、と、私はアシュレイを見る。
「行こうアリア」
「ええ」
民を救うことが先決だと、他国からも救援が来ていることを考慮し、急いでライアール国に向かおうと決意する。
「城の外に馬車を用意してある。ヴォルフガング殿も急いでくれ」
緊急事態だというのに、ヴォルフガングはお茶を飲もうとしており、アシュレイが急がせたが、席を立つ気配はなく、余裕でお茶を飲み始めた。
「助けてくれるんでしょう!」
「馬車とは随分余裕だと思っただけだ」
「いいから行くわよ」
「飛んでいけばよいだろう」
ヴォルフガングは空を指さして、地上からではなく、空から向かえと指示を出した。
体が吹き飛ばされそうだった。鬣にしがみつくのがやっとで、うっかり口を開けば舌を噛みそう。
「しっかり掴まっておれよ」
(言われなくても、絶対離さないわよ)
ヴォルフガングを疑っていた訳じゃないけど、真の姿を曝したその姿は間違いなくドラゴンだった。
空を覆うような大きな翼、そして太い尾、山をも飲み込むほどの大きな口、そして大地を切り裂くような鋭い爪。歴史書で見た絵と同じその姿に、正直怖くて足が震える。
これが父親なんて、やっぱり私は化け物でしょうと、再確認させられる。
そして、同じく鬣にしがみつくはアシュレイ。当然アシュレイもその姿に顔を引き攣らせていたのは、一番新しい記憶。
「見えたぞ」
ヴォルフガングがそう言えば、前方にライアール城が見えた。馬車なら2日以上かかる距離なのに、数分で到着した。
しかし、上空にはすでにワイバーンがいて、城は攻め入られており、激しい戦闘のせいなのか、外壁は崩壊し、街にもワイバーンの姿が見えた。
「遅かったのか」
唇を噛んだアシュレイが、ワイバーン到着予定を見誤ったと、苦痛に顔を歪める。
けれど、被害はそれほど出ていないところをみると、おそらく襲われてからそれほど経ってないと、私は「お父さん、どうすればいい」と、問いかけた。
この状況を打破できる方法を知っているのは、きっとヴォルフガングだけ。
翼を羽ばたかせてライアール国の上空で停止したヴォルフガングは、巨大な赤い瞳で街を凝視し、ワイバーンたちを把握する。
それから少し下降すると言われ、私とアシュレイはまた鬣を掴んだ。
ヴォルフガングが城の真上に姿を見せれば、兵士たちが真っ青に震えて武器を落とす。
「ドラゴンだとッ!」
「まさか、実在しているのか!」
「あんなの討伐できるわけない……」
「俺たちは、負けだ……、全部滅びるんだ」
架空の生物だと思っていたドラゴンが現れたことで、何もかもが終わったと悟ってしまったのだ。ワイバーンなど比べようもないほどの最強の魔物。
当然、兵士たちだけでなく、ワイバーンたちも動きを止める。
それから、私は城の中にいたランデリックと視線が合った。ドラゴンの背にいる私を見つけ、ランデリックは信じられないものを見るように、目を見開き、尻もちをつく。
(二度と会うことはないと思っていたのに……)
出来ればお会いしたくなかったと、ため息を零せば、ヴォルフガングから指示が飛ぶ。
「
「焼くって、どうするの?」
「一掃する」
街を襲っているワイバーンを全て焼くなんて、さすがの私でもそんなに広範囲に魔法を飛ばせない。
各々に飛び去るだろうワイバーンを全て仕留めるのは難しいと、顔を歪める。
「無理だわ、広範囲に逃げられたら仕留めきれない」
詠唱時間もあるし、連発するには時間が足りない。それに飛距離も稼げないかもしれない。確実に仕留められるのはきっと十数匹が妥当。
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