第36話 娘に嫌われたくない

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ヴォルフガングからレイリーンが偽物だと知らされ、現在ライアール国に結界が張られていないことを知ってしまった。


「では、地上からも魔物が攻めてくるというのか」


結界が消えたということは、空からだけではなく、地上からも魔物が攻め寄せると、アシュレイがヴォルフガングに迫れば、私からお菓子を奪い取って「パクッ」と口に放り込む。


「地上はかろうじて残っておる」

「残っている、のか」

「アリアが張った結界だ。消えかけてはいるが、まだ効力は持続している」


よって、地上から群れでの侵入はありえないと断言した。マリアの作る結界は完璧だった、よってアリアの作る結界も完璧だと言い切る。


「それはいつまで継続する?」

「20日だ」


明確な日数を提示され、アシュレイは時間がないことを把握する。ワイバーンが到着するのが1、2日。どうにかしてワイバーンを撃退しても、今度は地上から無数の凶悪な魔物たちが攻め込んでくる。そうなれば、もう太刀打ちなどできない。


「アリア、ライアール国に結界を張ってくれないか」


消えかけている結界を修復して欲しいとアシュレイは懇願してくるが、それは叶えられない。


「ごめんなさい。それは出来ないの」

「なぜだ」

「結界魔法は、私の生存する国にしか張ることが出来ないのよ」


唇を噛み締めて、私はライアール国に再び結界を張ることは出来ないと正直に話す。

昔、隣国のアラステア国にも結界を張ってあげようとしたときに、魔法は一切発動せずに、結界を張ることが出来なかったことがあると話す。

それを証明するかのように、ヴォルフガングが口を開く。


「国外追放は、その国との契約を破棄することだ。アリアの結界魔法はライアール国には二度とかけられぬ」


諦めろと、ヴォルフガングは冷たく言い放つ。


「ならば、ライアール国を見捨てろとッ」

「では聞くが、救う価値はどこにある?」


紅き深い瞳が輝きを見せ、アシュレイを射抜く。最愛の娘に恥をかかせ、罪を課し、追放までしてくれたそんな国を救う義理は、ヴォルフガングにはないとはっきりと言っていた。

それでもアシュレイには救う義務がある。ライアール国とは昔から友好な関係を築いてきていた。交流も盛んに行われ、互いにいい関係だった。それを見捨てるなどできないと、アシュレイはヴォルフガングに頭を下げていた。


「この通りだ、力を貸してほしい」


誠にドラゴンだと言うのなら、ワイバーンを説得できるのではないかと考えたのだ。ヴォルフガングが何かしら協力をしてくれるのなら、救うことが出来るのではないかと。


「断る」


アシュレイが頭を下げても、ヴォルフガングは一喝した。それを聞き、アシュレイは地面に膝をつき、その額を大地につけた。


「ヴォルフガング殿、どうか俺に力を貸してほしい。頼む」

「アシュレイ王太子様ッ。顔をあげてください」


まさか王太子が土下座するなんて、私は慌ててアシュレイの体を起こそうとしたけど、頑なに拒否される。


「願いを聞き届けてくれるまで、俺は何度でも貴殿に頭を下げる」


地面にはいつくばってもいいと、アシュレイは協力を願う。それを横目にヴォルフガングは、お菓子を食べるのを止めない。娘を無下にした罪は深いと、完全にへそを曲げていた。


「こんなにお願いしてるのに、助けてあげないなんて、なんて酷い人なの」


見かねた私がヴォルフガングに怒鳴る。そうすれば、ヴォルフガングがポロリとお菓子を落とした。


「……アリア」

「アシュレイ王太子様が可哀想だわ。お父さんの顔なんて二度と見たくないわ」

「父と、俺様を父さんと呼んだのか……」


ヴォルフガングは、机にお菓子を置くと、私を抱きしめてきた。


「なんと嬉しい響きか、娘に父と呼んでもらうのは、誠嬉しいことよ」


父さんと呼んだことがよほど嬉しかったのか、ヴォルフガングは撫でまわすように抱きしめてくる。でも、私は怒ってるの。


「離してッ、私は大っ嫌いよ」


手を突っぱねて、ヴォルフガングを突き飛ばせば、この世の終わりみたいな顔をしていた。


「大嫌いとは、俺様は娘に嫌われたのか……」


声を震わせて、ヴォルフガングは椅子に崩れ去る。


「もう頼まないわ。私が何とかするから」


魔物全部を相手にすることは出来なくとも、きっと力になれると、私は地面にしゃがみ込む。


「アリア……」

「大丈夫です。私が力を貸します」


だからどうか立ち上がってくださいと、アシュレイに手を差し伸べれば、後ろで椅子が倒された。


「アリアッ、俺様を嫌いになどならないでくれ」


突如そう叫んだヴォルフガングは、アシュレイを引っ張って強引に立たせる。


「ヴォルフガング殿?」

「勘違いするな、俺様はライアールなどどうなっても構わないが、愛しい娘が救いを求めているのでな、手を貸すだけだ」

「それでは……」

「アリアが我を嫌いにならないのであれば、力を貸す」


ヴォルフガングはどうしても私に嫌われたくないのか、それを条件に提示してきた。なので、当然アシュレイが私に頭を下げてきた。


(だから誰にでも頭を下げないで! あなたは王太子なのよっ)


本当にこの人は王太子という立場に誇りを持っていないのかしらと、少しだけ不安になる。それでもそれがアシュレイの優しさなんだろうとも分かる。


「俺からも頼む、どうかヴォルフガング殿を嫌わないでほしい」

「本当に力を貸してくれるなら、嫌ったりしないわ」

「無論だ。娘のためならば、ワイバーンなど一掃しても良い」


流石にそれは言い過ぎでは? と考えたが、ヴォルフガングはドラゴン。それくらい出来るのではないかと考え直し、


「頼りにしてるわ、お父さん」


と、喜ばせてあげた。

だけど、それではライアール国の脅威は排除できないことは分かっている。仮に魔物を一時的に排除しても、結界が生成できないなら次から次へと魔物が押し寄せてくるはず。そうなれば、やはりライアール国の滅亡は免れない。


「とはいえ、一時的な対策でしかない」


それはアシュレイも理解していて、一時的に魔物を排除してもダメだと分かっていた。


「ライアール国に本当の聖女様はいないの?」

「残念だが、アリア、お前が任務者だったはずだ」


ヴォルフガングがそれを口にしたが、私は首を傾げた。祈りを捧げても何も起きなかったのは確か。つまり聖女ではないことは確認済みなのだから。


「待って、私は聖女ではなかったわ」

「聖女ではない? とは、どういう意味だ?」

「祈りを捧げても何も起きなかったもの」


聖女様なら祈りを捧げることで、結界を作る。それなのに、私が祈りを捧げても米粒ほどの光さえ生まれず、本当に何も起こらなかったと正直に話す。

それを聞いた、ヴォルフガングはなぜか笑い声をあげた。

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