第35話 聖女レイリーンの正体
魔法で飛ばすことのできる文書は各国に飛ばされ、ライアール国の危機に対する応援要請する文面が綴られていた。
東の空よりワイバーンの群れがライアール国に向かっており、数日のうちに攻め入られると。
「どうして……」
魔法文書を読ませてもらった私は言葉を失う。結界が張られている国に魔物が攻め入るなど聞いたことがないからだ。
「俺にも分からない。だが、各国で部隊を率いて、現在ライアール国に向かっているとの情報も入っている」
「それでは、アラステアも部隊を?」
「ああ、ローレンに指揮をとらせ、編成を組んでいる」
当然アシュレイも出ると話す。
でも相手は空を飛ぶ魔物。地上部隊がどれほどいたとしても、不利な戦闘になることは分かっている。太刀打ちするなら魔法を得意とする魔術師。
それも飛距離の出せる魔法が使えなければ意味がない。
「相手がワイバーンなら、地上から攻撃するのは難しすぎるわ」
「それは分かっているが、魔術師には限りがある」
「ライアールに侵入を許すと言うの」
空中で撃退できないことが分かっていると言うことは、ワイバーンたちを国に引き入れ、地上戦に持ち込むしかない。そうなれば、多くの民が犠牲となり、応援に向かった部隊だって、無事では済まない。
「全てはライアール国に張られている結界次第だ」
今現在、結界がどうなっているのか分からない。聖女の結界があれば魔物が攻めてくることなどないと、アシュレイは額に汗を流しながら、一刻も早くそれを確かめる必要があると意気込む。
幸いアラステア国はライアール国に一番近い場所にある。確かめるのならアシュレイたちが適任なのだと、すぐにでもここを発つと言われる。
(レイリーンは何をしているの?)
聖女ならば、しっかりと国を守りなさいと怒りさえこみ上げてくるが、ここでとあるものが視界に入り込んだ。それはヴォルフガング。
危機的状況を知らせるアシュレイの話にも耳を傾ける様子もなく、口を挟むこともなく、まるで他人事のようにお菓子を頬張っていたのだ。
確かにヴォルフガングには関係のない話だけど、魔物の頂点に君臨するとさえ謳われるドラゴンともあろう人が、ワイバーン襲撃に興味を持たないの? と、不信感が生まれる。
私は何かあると、ヴォルフガングが食べるお菓子を取り上げる。
「何をするのだ」
「何を知っているの?」
根拠などないけど、睨みつけてやった。そうすればヴォルフガングは、不貞腐れるようにそっぽを向く。
「あのような国、滅んでも構わないではないか」
ぶっきら棒に吐き捨てた言葉に、やっぱり何か知っていたと、私は思いっきり身を乗り出す。
「どういう意味なの!」
「あの国はアリアに酷い仕打ちをしたのだ。俺様が直々に滅ぼしてやるところだった」
「滅ぼすって……」
「しかし、結界が崩壊していたのでな、手を下さずとも滅ぶと放ってきた」
「崩壊していたって、結界がなくなっていたの!」
まさかそんなことあり得ないと、私はテーブルクロスを握り締める。だって、聖女レイリーンがいるでしょう。どうして結界が消えるなど。
震える手を机に置けば、ヴォルフガングが正面を向く。
「あの女は偽物だ。神聖な結界など張れるわけないであろう」
真面目な顔でそれを口にした。それを聞き、私とアシュレイは完全に言葉を失った。
■■■
「ランデリック王子! 大変でございます」
魔物襲撃に対する対応に追われていれば、一人の侍女が部屋に飛び込んできた。
「どうしたっ!」
「レイリーン様が、……レイリーン様が祈りの間よりお戻りになりません」
侍女は朝から祈りの間に一人で入ったと思われるレイリーンが、半日以上経過しても戻らないと早口に報告する。
そこは神聖な場所のため、聖女以外入ることが出来ず、どうしたものかと婚約者であるランデリックに助けを求めに来たのだと言う。
「レイリーンが戻らないだと」
「外から声を掛けておりますが、お返事がないのです」
「何があったのだ」
反応がないと言われ、ランデリックは部屋を飛び出した。強力な結界を張るので、本日は会えないと言っていたレイリーン。
祈りの間に入った姿は誰も見ていないということは、早朝に部屋に入った可能性がある。現在の時刻は午後。
ランデリックは息が切れるのも構わずに、祈りの間に走る。
「ランデリック王子」
「レイリーン以外にここへ入ったものはいるか」
入り口にいた兵に問えば、誰もいないと答えが返ってきた。ランデリックは引き続き誰も入れるなと告げ、神聖な祈りの間へと入った。
「レイリーンッ!」
部屋に入るなり、床に倒れるレイリーンを見つけ、慌てて駆け寄る。そっと抱き起せば、レイリーンは血の気がなく、呼吸も小さくなったまま意識を失っていた。
「一体何があったんだ」
強力な結界を張った代償なのかと、ランデリックは外に視線を送るが、外の景色はいつもと変わらなかった。ただ城のまわりだけやけに強い魔力を感じたので、おそらく強力な結界が張られていること知る。それでも国全体にかかっているわけでないようだと、妙な違和感を覚えた。
そして、やけに散らかった祈りの間。
「破片?」
近くにあった何かの破片を拾い上げたランデリックは、眉を寄せる。どうやら粉々に散っている破片はアクセサリーのようだった。それもどれもこれも粉々に砕けている。
「っ、……これは、……まさか」
少しだけ原型を保っていたアクセサリーを手に取ったとき、魔力が放出され、ランデリックはアクセサリーが魔法増強アイテムであることを知った。
「なんだこの数は……」
部屋に散らばる破片から、そのアクセサリーの数に驚愕した。これほどまでの増幅アイテムを使用したとなれば、その反動も凄まじいはず。つまりレイリーンはそのせいで死にそうなほど弱っているのだと憶測する。
【貴殿は本当にその女が聖女だと信じているのか?】
【偽物の聖女が誰であるか、しかと確かめよ】
突如頭を過った赤髪の男の言葉が蘇る。
嘘だと言ってほしい、あの男が言ったことなどでたらめだと、真の聖女はレイリーンだと信じたい。けれど、真実はここにある。
「だから魔物が攻めてくるのか……、くッ」
レイリーンは偽物だった、だから結界が消え、それを知った魔物が攻めてくる。全てが繋がり、ランデリックはぐったりとしているレイリーンを抱きしめたまま、ライアール国の滅亡を知り、涙を流した。
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