第34話 形見は質屋で

妙な空気に包まれる部屋で、私はヴォルフガングに近寄る。


「腕を貸して」

「大したことではない」

「いいから。……アルミス」


血が滴る腕に治癒魔法をかければ、傷口は綺麗に修復した。


「懐かしいな」


温かな治癒の魔法に、ヴォルフガングはマリアを思い出し、その懐かしさに心が満たされる。それからヴォルフガングは、ふいに私の腕を掴むと、さらに微笑んだ。


「どうかしたの?」

「ちゃんと身に着けているのだな」

「何を?」

「マリアのブレスレッドだ」


(はいぃ?)


何を言われたのか分からず、「これのこと?」と聞き直せば、ヴォルフガングが強大な魔力を持って生まれてくる娘に、普通の暮らしをさせてあげたいからと、マリアが魔法制御として作成したブレスレッドだと話してくれた。

しかも、捨て置いたときに身につけさせていたという、事実まで発覚。マリアの魔法が込められているため、成長とともにブレスレッドも成長すると言われ、私にしか扱えないとも追加される。

道理で腕にしっくりくると思った……、じゃないわ!

これを見つけたのはライアール国の質屋。見つけた瞬間「コレだッ」って、直感が働いたのは当然だった。だって、ブレスレッドは私のためのものなのだから。

……そういえば、育ての親の家は裕福ではなく、たまに質屋に品物を売っていた記憶がある。ということは、生活に困ってこれを売ったのね。

仕方がないとはいえ、そんな大切なものなら、『絶対捨てるな』とでも書き残していってよ。


「どうした?」


黙り込んでしまった私にヴォルフガングが不思議そうに顔を覗いてきたけど、まさか質屋で買い戻しましたなんて口が裂けても言えない。お母さんの形見でもあるのだから。


「いえ、何でもないわ。素敵なブレスレッドだと思っていたの」

「アリアが生まれる前に作成したいと、連日魔力を込めていたからな」


(……お母さん、ごめんなさい)


愛情が詰まったブレスレッドを質に入れてしまって、本当にごめんなさいと、土下座する勢いで私は心中で謝罪する。

それから、本日はもう日が暮れてしまうということで、ヴォルフガングの真の姿をお披露目するのは明日へと持ち越しになった。






本日はお日柄もよく、お庭でのお茶が美味しい。

いろいろあったけど、ヴォルフガングと私の髪から同一成分が検出され、親子であることが証明されてしまったし、計り知れない魔力が検出されて、研究室が軽く爆発したらしい。


(なんだか、とてつもなく悪いことをしてしまったわ)


それにより私の魔法能力についても解決したし、ヴォルフガングが言った通り、一晩経ったらクレアの病気が嘘みたいに完治していて、驚くほど元気になり現役で聖女を続けてくださると話してくれたし、私の聖女の血も、魔法力もちゃんと秘密にしてくれると約束してくれた。

それから、クレアの病気が完治したことでヴォルフガングが嘘を述べていないことが証明され、真の姿は確認しなくてもよいことになり、アラステア国はヴォルフガングを一応ドラゴンであると認めてくれた。

これで何もかも解決したはずだけど、私には平穏を取り戻せないことが一つだけある。


「ほう、なかなか美味い菓子であるな」


正面に座ったヴォルフガングは、お菓子をパクパクと食べながらご機嫌だ。

不安要素の一つは、この人だ。突如現れた父親は、しばらくねぐらに帰るつもりはないと言う。


「近々お城を出ようと思うの」


お茶を一口啜って、私はそう切り出した。婚約者役もたぶん終わったし、アラステアは平和を取り戻したのだから、私がここにいる必要はなくなったわけで、念願の隠居生活を始めたいと口にした。

もちろん結界強化は引き続き行うつもり。だって、魔物なんか一匹たりとも国に入れるつもりはないから。


「アシュと結婚するのではないのか?」

「アレは役よ。そもそも契約しただけなの」


お金と土地を与えてくれるなら、婚約者の役を引き受けると言っただけ。もちろんアシュレイだって聖女様がいらっしゃるのなら、お好きな方とご結婚できるでしょう。

最近ヴァレンス様より、聖女と結婚するのが兄さまの役目でしたと、お聞きしたばかりだし。


「王子様と結婚したら、幸せになれるのではないのか?」


書物や世間一般ではそう言われていると、ヴォルフガングは不思議そうに見てくる。


「そうね、普通の人ならそうかもしれないけど、私は一人暮らしのほうが幸せだわ」

「ふむ、娘をちゃんと嫁に出すように言われているのだがな」

「誰に言われたの?」

「もちろん、マリアだ」


それは本当の母の名前。きっと娘の幸せを願ってくれていたんだと思うけど、残念ながら現時点で結婚したい人はいない。

でもいつか愛する人が出来たのなら、ヴォルフガングを結婚式に呼んであげようと決めたのに、ズイッと身を乗り出したヴォルフガングは、嫌なことを勧めてくる。


「アシュは良い男だぞ」


瞳を輝かせて、アシュレイを私に推してくる。

確かに皆が羨むほどいい男だけど、相手は王太子殿下、身分が違いすぎるし、自分が王妃になりたいとは思わない。

たとえ聖女の血を引いているとはいえ、純の聖女ではなく、祈りを捧げても結界を作れないのが事実。

と、いうことは、真の聖女にはなれないということ。


「私は聖女ではなく、魔術師なの」

「いや、魔術師であり聖女だ」

「アシュレイ王太子様に失礼です」


お茶を飲みながら、私はヴォルフガングを睨む。どこぞの令嬢でもない、貧素な私を妻に迎えるなど、可哀想だと言ってみせた。


「アリアは、世界一美しい。俺様が保証する」


(親バカなのね)


自分の子供は可愛い。妙な先入観が見せる幻は、さぞ可愛い姿に映るのだろうと、哀れみさえ感じた。


「そう言ってもらえると、嬉しいわ」


心にもない言葉を吐き出しながら、楽しそうな父親の気分を害さないように気を遣う。


「アシュほどの男などそうそうおらぬ、俺様が口添えを……」

「アリアはいるか?!」


ヴォルフガングが仲を取り持つなんて戯言を言い出せば、叫ぶような声がした。

声の主はアシュレイだ。


「ここにおります」


何事かと、席を立ち場所を知らせる。


「ヴォルフガング殿もおりましたか」

「茶と菓子をいただいている」

「丁度いい。ライアール国が大変なことになった」


息を切らせたアシュレイは、魔法文書を握りしめて、顔色を真っ青に染めた。

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