第33話 竜の血
世界共通で、ドラゴンなどの一部の魔物は架空の生物とされているがため、簡単には信じられないのだ。
「では、信じるか?」
ヴォルフガングは姿も見ずにドラゴンであると認めるかと、聞く。安易に答えることなどできず、国王はひとまず口を閉ざす。
「俺が確かめます」
静まり返った部屋で、アシュレイが席を立った。
「ならぬ」
「なぜです、父上」
「その者の言葉が事実ならば、お前を危険に晒すわけにはいかぬ」
ドラゴンは魔物であり、人間に味方するものかどうかも分からないと、王太子を生贄にすることなど出来ないと強く言う。
それでもアシュレイは机に手をつくと、身を乗り出した。
「ヴォルフガング殿から敵意は感じない。俺には事実を確認する義務があります」
「ほう、なかなか見る目のある青年だ」
威圧感は消せないが、敵意など始めからないヴォルフガングは、アシュレイの言葉に感心する。足を組み、のけ反るヴォルフガングは、国王に視線を向け口元を上げ笑った。
「我が娘を保護してくれた国に、感謝すれど、仇などなさぬ」
ライアール国より国外追放を受けたアリアを救ってくれたのだろうと、感謝すると頭を下げた。でなければアリアが城にいる理由が見当たらず、祈りの間に入ることなどないだろうと、全てを理解していると、ヴォルフガングは礼を述べる。
「私が立ち会います」
アシュレイに続き、私も席を立つ。確かめたい。ヴォルフガングが話したことが事実ならば、ドラゴンは実在する。そしてそれが誠ならば、全ての話は真実へと繋がる。
「許可できない」
「アシュレイ王太子様?」
「アリアを危険に晒すわけにはいかない」
声を張って言うアシュレイに、私は机を両手で叩いた。
「この人は私の父親だと言いました。ならば安全です」
「ドラゴンのどこが安全だという! アリアの同行は認めない」
ムキになってアシュレイは、絶対に連れて行かないと言い張る。だけど、これは身内の問題でもあり、私自身の問題でもあるのだから、当然引き下がれない。
「私は当事者です。知る権利がありますっ」
「これは王太子命令だ」
絶対の命令が下されたけど、「分かりました」なんて言えるわけないでしょう!
「権力で抑えつけるなんて、最低です」
平民だからって、自分に従わせようなんて卑怯だと睨めば、アシュレイは「う゛」と鈍い声を出した。
「ぶはっ、ははは……。痴話げんかとは実に面白い」
「違います!」
「断じて違う」
ヴォルフガングが大口を開けて笑い出せば、私とアシュレイは同時に否定した。
それを見たヴォルフガングは、ゆっくりと立ち上がると腕を組む。
「では、アリアが結界を張ればよい」
出来るだろう、と視線を向けられ、その意図を知る。つまり私がヴォルフガングの周囲に一時的に結界を張り、外部から遮断することで、力が流出せずアシュレイにも危害を加えることなく正体を明かせるということ。
ドラゴンの力なんか抑えられるかどうかは分からないけど、今考えられる策の中では、良策。
「ええ、大丈夫よ」
「それでこそ我が娘。アシュもそれでよいな」
「ちょっと、王太子様をなんて呼ぶのよ」
「アシュレイ王太子殿下は長い、アシュでよいではないか」
「ダメに決まってるでしょう」
次期国王様を友達みたいに呼ばないでと忠告すれば、ヴォルフガングは面倒だと拗ねる。
「俺は構わないが」
本当にドラゴンならば、そのように呼ばれても大丈夫だとアシュレイが言えば、ヴォルフガングは、
「度量が広い男は好きだ」
と、満面の笑みを作った。
その隣で私はため息を吐き、本当に父親なのだろうかとそっとヴォルフガングを横目に見る。
「疑っておるのか?」
「突然現れたあなたが父親なんて、信じられるとでも?」
「仕方ない、俺様の髪をやる」
「髪?」
「お前の髪と同じ成分だ。鑑定すれば分かることだ」
そう言ったヴォルフガングは、数本髪を抜くと私に手渡してきた。魔法鑑定士に渡してみろと、指示する。同一成分が検出され、親子であることが証明できると自信たっぷりに言われた。
確かにそれなら納得できると、私も髪を数センチ切ると、それをアシュレイにお願いした。
ヴォルフガングの正体を確認する場所は、城の裏山にした。本人から本来の姿は城よりも大きいと説明を受けたので、広大な敷地でそれを実行することにした。
これは国王と王妃、アシュレイ、ヴァレンスだけの秘密。
「姿を明かす前に、娘を助けてくれた礼がしたい。国王よよいか?」
礼儀正しく礼をしたヴォルフガングは、部屋を出る前に礼がしたいと申し出た。ライアール国で不当な扱いを受けたアリアを救ってくれたアラステア国に礼がしたいと、深く頭を下げた。
「して、礼とは?」
「竜の血はどんな病も治癒できる能力がある」
ヴォルフガングは病に侵されている王妃を救いたいと、口にした。
「まさかそのようなことが」
「我を信じていただけるのなら、救って差し上げることができます」
先ほどまでの俺様口調ではなく、ヴォルフガングはとても丁重に言葉を選んでいた。魔法では治せない病気が治せる? 魅力的な誘いに皆が目を開くが、何が起こるかも分からないのは怖い。
けれどそれを破ったのは王妃クレアだった。
「私の命はあと僅かでしょう。ならば、ヴォルフガング様の礼を受け取りたいと思います」
もう長くはないと諦めているからこそ、どうなっても大丈夫だとクレアは微笑む。ここにいる全員がヴォルフガングを信じているわけではないが、望みがあるというのなら縋ってみたい気持ちもある。
「国王よ、どうするのだ」
「……クレア、そなたはそれで良いのだな」
「ええ、問題ないわ」
迷いはなかった。だから国王はヴォルフガングに、礼を受け取ると告げた。
「承知した」
再度頭を下げたヴォルフガングは、クレアの飲んでいたカップを自分の元へと引き寄せると、腕を捲る。
「何をするつもりなの?!」
「傷をつけるだけだ」
鋭い爪を伸ばし、肌に宛がう仕草を見て私は慌てて叫んだ。しかしヴォルフガングは、そのまま爪で肌を切るようになぞり、その肌から血を流した。
ポタリと垂れる血がカップに注がれ、紅茶を濁す。
「さあ、飲み干せ。飲めば、病は治る」
数滴注がれた血の混入した紅茶をクレアに差し出すヴォルフガングだったが、生臭くなった紅茶を口に運ぶことはやはり戸惑う。
血液を飲むことに嫌悪感が生まれないはずはなく、クレアはしばしカップを見つめていたが、何かを決意したようにカップを手にとる。
「いただくわ」
唾を飲み込んで、クレアは血の混じった紅茶を一気に飲み干した。
何が起こる? 皆が集中して見守るが、何も起こらない。クレアもまた特に変わったことは起きず、首を傾げた。
「何を期待している。竜の血が体を巡れば、病は治る。それだけのことだ」
見た目の変化など何も起こらないと、ヴォルフガングは何かを期待していた皆に言う。
眩い光が溢れるとか、いきなり元気になるとか、何となくいろいろ想像していただけに、あっさりとことが済んでしまい、どこか不意に落ちない。
しかもこれでは、本当に病気が治るのかも分からない。
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