第30話 ドラゴンの怒り

街を救ったと勘違いも甚だしいと、目を細めてみるが、ランデリックがそれを信じ、おそらく国中の人々に嘘が伝わったから、レイリーンという女が聖女として名を広めたのだと知る。

だが、レイリーンという女に強大な魔力量は一切感じない。


「なんともおめでたい国だな」


うっかり皮肉が出てしまう。


「なんだと」

「貴殿は本当にその女が聖女だと信じているのか?」

「もちろんだ。アリアは国の危機に一番に逃げ出したのだぞ」


胸を張って、アリアは聖女として犯してはならない罪を犯したと断言する。


(逃げた? ……どういうことなのだ)


アリアほどの実力者ならば、逃げるなどあり得ないと、ヴォルフガングは頭を悩ませる。攻撃魔法も治癒魔法も右に出るものなどおらず、地上にいる魔物に勝ち目などない。ならば何があった? アリアを追い詰めるようなことがあったのではないかと、再度ランデリックを睨む。


「アリアに何かしたのか……」


下衆な事をしていれば、容赦なく攻撃を仕掛けるとでも言いたげに、ヴォルフガングが凄みを効かせれば、若干怯んだランデリックが腹の立つことを言いだした。


「誰かにアリアが聖女だと吹き込まれたおかげで、我が国は迷惑を被ったのだ。何かしたのはアリアの方だ」


アリアを悪者扱いされ、ヴォルフガングの髪が眩しいくらいに燃え盛る。


「随分と悪く言ってくれる」

「本当のことだろう」

「国が守られていたのは、誰のおかげと思っておるのだっ」

「当然レイリーンのおかげだ」


轟轟と燃え盛る髪が逆立つ。


「まだ言うか」

「あんな日常魔法も使えないような女を聖女だなんて、どんな馬鹿が言い出したんだ」


おかげでとんだ迷惑をかけられたが、国外へ追放できて良かったとさえ言い出したランデリックに、ヴォルフガングの怒りは心頭する。


「放っておいても滅びの道を歩むが、今すぐ滅亡を与えてくれるわ」


全身を 激憤の炎に包み、ヴォルフガングは本来の姿を見せようと変身の魔力を解くべく口を開いて、詠唱しようとして突然すべての炎を消した。


「これは……」


遠くの空に感じた懐かしい感覚に、ヴォルフガングは人の姿のまま窓へと駆けた。







■■■

「ここが祈りの間ですよ」


穏やかな声に促されて扉を開けば、天窓から光が射しこむ柔らかな空間が広がっていた。

床に描かれた魔法陣は、おそらく全土に祈りが届くように彫られている。


「なんて温かいの」


ライアール国にあった祈りの間は透明な空間だった。それが、アラステア国は光に満ちた柔らかな光の空間。


「どうぞ」


部屋に入ってと促されても、私の足はそれを拒む。

この部屋は聖女しか立ち入りを許されていない場所。私は聖女ではないのだから、入ってはいけないとサイレンが鳴り響く。






朝を迎え、身支度を整えた私は王様に婚約者として紹介され、そのまま病に倒れている王妃様の部屋へと通された。

誰が見ても弱っているのは明白であったが、ゆっくりと身体を起こしてくれた王妃クレアは、とても優しい表情で私を迎え入れてくれた。

アシュレイが婚約者だと紹介すれば、心からそれを喜んでくださった。


「アシュレイに、こんなに可愛らしい婚約者がいたなんて、知らなかったわ」


ふふっと笑みを零して、嬉しいと言葉にしてくれた。


「突然の紹介になってしまい、申し訳ありませんでした」

「いいのよ、紹介してくれて嬉しいわ。それで式はいつになさるの?」


元気なうちに二人の結婚式が見たいと口にするクレアに、私の心は握り締められるような痛みを感じる。

だって、これは演技。結婚式など開くはずもないのだから、クレアを騙している罪悪感が全身を蝕む。


「それはまだ決めていない。アリアが城に慣れるまで待ってくれないか?」


やんわりと式を遠ざけたアシュレイだったが、クレアに結婚式にはちゃんと呼ぶからと安心させる。

それを聞きクレアは「楽しみにしているわ」と喜んでくれた。

それから、クレアはなぜかベッドから出ると、私の目の前に立ちやんわりと手を掴んできた。


「アリアさん、少し付き合ってくれないかしら?」

「私?」

「ええ、あなたに見せたいものがあるの」


そう言って、アシュレイたちは絶対に来ちゃダメと部屋に残して、クレアはアリアの手を引いて歩き出した。そして連れてこられたのが、祈りの間だった。






「アリアさん?」


入り口で立ち止まってしまった私に、クレアが不思議そうに首を傾げるけど、資格のないものが入っていい部屋じゃないのだから、戸惑うのは当然。


「申し訳ありませんが、入室することはできません」

「あらどうして?」

「私は聖女ではありませんので」


きちんとした理由を述べれば、クレアはくすくすと笑い出した。何が可笑しいのかと顔を顰めれば、背後に回られて背中を押される。


「あ、あの、困ります」


強引に部屋に入れようとするクレアに困って、私は足を踏ん張る。アシュレイの強引なところはきっと母親譲りなんだわと、妙な納得をしながら抵抗していたら、クレアが突然「うっ」と胸を抑えた。


「大丈夫ですか?!」


無理をしたから体が、と、焦ってクレアを気遣ったら、ポンッと体を押されて、そのまま祈りの間に足を踏み入れてしまった。


「ごめんなさい。こうでもしないとアリアさん入ってくれないから」


(だ、騙された……)


まんまとクレアに騙された私は、入ってしまったからには仕方がないと諦める。


「心臓に悪いので、おやめください」


本当に発作が起きたのかと心臓が止まりそうになったと言えば、クレアは「ありがとう」と、心配してくれたことに感謝された。


「それで、私をここに案内した意図はなんでしょうか?」

「祈りを捧げてくれないかしら?」


聖女ではないと説明したばかりなのに、クレアは嬉しそうにそれをお願いしてきた。もちろん私が祈りを捧げたところで何も起きないのは明白。


「残念ながら、私が祈ったところで何も起こりませんよ」

「実行してみなければ、分からないこともあるでしょう」

「期待はしないでくださいね」


初めから聖女ではないと言っているのだから、何も起こらなくてもガッカリしないでほしいと先に言っておく。幼い頃に見た落胆した両親をもう見たくないのだと、心が泣く。

魔法陣の中心に両膝をつくように言われ、私はクレアの指示通りの動きをする。両手を胸のあたりで組んで、祈るような恰好を取らされると、背後にクレアが立ち、私の両肩に手を置く。


『聖なる祈りよ、愛する我が国を守りし、結界を付与せよ』


これがクレアの祈りの詠唱。


『……アライア』


私も釣られるように心で結界魔法の詠唱を唱えれば、部屋に信じられないほどの光が満ちた。


「どうなっているの?」

「どういうこと?」


目を開いていられないほどの光に、私もクレアも腕や手で光を遮るので精一杯。

魔法詠唱は言葉(音)にしていない、なら発動するはずはないのに、私たちは何が起こっているのか分からないまま光に包まれた。

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