第29話 真実を知る者

それを聞き、住人たちはレイリーンの前に聖女を名乗っていた女性がいたことを思い出す。


「そういや、偽物聖女様がいたね」

「ああ、確か国外追放になったって聞いたな」

「非常事態に、国民を捨てて逃げたって話だよ」

「ひでえ話だよな」


住人たちは、レイリーンの前任だった聖女は酷い人だったと口々に文句を言う。だが、ヴォルフガングには信じられない事実だった。

おそらく前任の聖女は、ヴォルフガングのよく知る人物。民を捨てて逃げるような者ではないと、知っている。

よって、自分の知らない誰かが聖女を名乗ったのだと思い込んだ。

だからその者の名前を尋ねた。


「名は何と申したのだ?」


怒りを抑え込みながら、それを問えば……


「確か、アリア=リスティーだったかね」


女性は一番聞きたくなかった名前を口にした。


「おい、あんたどうしたんだっ」


名前を聞くなりヴォルフガングは城に向かって走り出した。

握り締めた張り紙は焼け焦げ、灰となり風に舞う。


「どういうことだッ! なぜアリアが国外追放など、罪を負った?」


ヴォルフガングは、うっかりうたた寝をしている間に何が起こったのかと、奥歯を噛み締める。一刻も早く城に出向いて、真相を確かめねばと全速力で街を駆け抜けた。

城の入り口には当然衛兵がいたが、


「ランデリック王子に謁見を申し入れる!」


と、大声で叫びながら突き進む。


「何者だ! これより先は立ち入り禁止だ」

「俺様の名はヴォルフガング。至急の用件がある」


紹介状もなく、謁見の予定もない者を城に入れるわけにはいかず、衛兵たちは槍でヴォルフガングを押さえつけたが、赤い髪が炎を纏う。


「熱ッ、なんだこれはっ!」

「炎だと、どこから……、うわ、熱い、熱い」


髪から炎が巻き起こり、衛兵たちを包み込む。


「悪いが、通してもらう」


命を奪うような炎ではないと、ヴォルフガングは取り乱す兵をそのままに城へと足を踏み入れる。

異常を察知した兵たちが集まってくるが、ヴォルフガングは全身から燃えるような炎を纏いながら奥へと進んでいく。

凄まじい炎の熱さに、誰も近づくことが出来ず、謁見の間まで容易にたどり着いたヴォルフガングは、ノックもせずにドアを開け放つ。

室内には王様とランデリック、レイリーンの三名が何やら話し合っている最中だった。


「誰だッ」


見知らぬ男が侵入してきたことに、王様が叫ぶが、炎を纏う男に一歩下がる。


「きゃぁ」

「何者だ」


人ならざる光景にランデリックが武器を手に前に出て、レイリーンはその後ろに隠れる。

部屋の入り口には徐々に兵士たちも集まり、場は一気に戦闘態勢となる。


「侵入者め!」

「魔物か、皆でかかれ」

「魔術師はまだか?!」


謁見の間に押し寄せる兵たちに、ヴォルフガングは左手を持ち上げ、手のひらをその入り口に向ける。


「雑魚は引っ込んでいろ」


空気が震えるような声がした次の瞬間、集まった兵たちが全員室内から通路へと吹き飛ばされ、放たれた圧により入り口の壁が崩れ落ち、謁見の間は4名を残して閉ざされた。


「ようやく静かになったな」


煩い兵士たちを一掃したヴォルフガングは、纏う炎を消し、正面を向くとランデリックを見る。


「貴様は、魔物なのか……」


ゴクリと息を呑んで、剣先を向けながらそう聞く。


「魔物か、間違ってはいないだろう。だが、そこら辺の魔物と一緒にされては困る」

「言葉を話せるのか?」

「当たり前だ」


馬鹿にされたような発言に、ヴォルフガングは宝石よりも赤い瞳を輝かせる。すると、王様はそそくさと台座の後ろに身を隠す。


「貴殿に聞きたいことがある」


アリアを追放した経緯を知りたいと、ヴォルフガングはランデリックを見る。


「僕に聞きたいこと、だと」

「そうだ、なぜ聖女を追放した」


鋭い視線でランデリックを捉えれば、一瞬何を言われたのか悩んでからゆっくりと口を開く。国外追放の罰を与えたのは一人。


「それはアリア=リスティーのことか?」

「聖女を追放するなど、国を滅ぼすつもりなのか?」

「はは、何を言い出すのかと思えば、そんなことか」


ランデリックは、片腹痛いと笑い出す。しかし、ヴォルフガングにとってそれは笑い話ではなく、事実。何が可笑しいのかと目を細めれば、ランデリックは後ろにいたレイリーンを前に出す。


「真の聖女はレイリーンだ。よってアリアは偽物だ」


自信たっぷりに言い放った言葉に、ヴォルフガングは呆れて口が開けなくなった。結界が消失しつつある現状を分かっていないのか、と、憐みの感情さえ沸き起こる。


「結界に綻びが広がっていることを知らないのか」

「それはレイリーンが全ての魔力を使ってしまい、現在回復を待っている状態であるからだ」


あと数日もすれば、レイリーンが結界を元通りにしてくれると話す。

この状況も数日で収まると、ランデリックは安易に考えていた。なんてお気楽主義者なのだと、ヴォルフガングはため息が出るのを必死で押さえ込む。

この国は、現在どれほどの危機に晒されているのか、全く理解していないと、同情さえしたくなる。

地上の結界はかろうじてその効力を保っているが、頭上はすでに穴が開いている。しかも、現存している結界の魔力割合は、前聖女が残した効力が2割、アリアが8割、レイリーンという女の魔力は精々城のまわりにある薄氷みたいなものだけ。そして、前聖女とアリアの魔力は、もうすぐ効力を失うことになる。よって、正当聖女ならば10割の負担を担えなければならない。つまり、現状で結界が張られていないこと自体がおかしい。


「聖女が数日も魔力切れとは、随分面白い話をするではないか」


正当聖女の結界ならば、数日祈りを捧げずとも穴が開くなど、ありえないと知っているから、ヴォルフガングは冗談も大概にして欲しいと、鼻で笑う。


「わたくしは全魔力を使って、街中の人たちとお城の皆さんを全員救ったの。……だから仕方ないのよ」

「大丈夫だ、レイリーン。君は偉大だった」

「ランデリック様……」


レイリーンをそっと抱き寄せたランデリックは、難癖をつけてきたよそ者を睨みつける。


「その場にアリアは居たか?」


ヴォルフガングは唐突にそう尋ねた。


「居るわけないだろう」


ランデリックの返答に、ヴォルフガングは街全域を治癒したのは、アリアで間違いないと確信して、レイリーンを凝視する。

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