第28話 結界の穴と偽物?
『ドレスもアクセサリーも必要ありませんが、お金を貸してください』
国王に向かって『金』を借りたいなどと口にしたのだ。
皆目が点となり、ぽかんと口を開けたのはいうまでもない。結局、提示金額が思ったより低かったので、国王は給金としてアリアに渡していた。
念のため金の使い道を聞いた者がいたが、宝石の一つも入っていない、月の飾りのついた質素なブレスレットを購入したらしいと耳にした。
ぼったくりにあったんじゃないかと、一時話題になったが、数日もしないうちに噂は消え、結局そのままとなった。
(馬鹿な女だ)
今どき宝石の一つも入っていないようなアクセサリーに、大金を注ぎ込んだのかと思うと、ほとほと馬鹿らしく思える。
しかし、ドレスやアクセサリーに少し金を掛け過ぎではないかと、レイリーンも心配になるが、国王が承諾しているならランデリックが口を出すべきではないと、ひとまずそれについての注意は諦めた。
「レイリーン」
可愛い姿に綻んだ表情を戻し、ランデリックは真剣な眼差しでレイリーンを見つめる。
「どうされました?」
「結界を強化できないか?」
それを告げると、レイリーンは目を伏せて肩を落とした。
「わたくしの魔力が戻らないから、皆様にご迷惑をおかけしているのね」
全部自分のせいだと責める姿が、愛おしくてランデリックは、優しく包み込む。
「すまない、あれ程の魔法を使ったんだ、全回復出来ていないことはわかっている」
自分はレイリーンの味方だと、ランデリックは抱きしめる。
凶悪な魔物が現れたあの時、レイリーンは城の兵士のみならず、街中の人々を治癒した。
その時に魔力を全て使い果たしてしまい、レイリーンの魔力はまだ全部戻っておらず、結界に綻びがあるのだと説明されている。
「魔力が全て戻れば、強力な結界を張って差し上げられるのに……」
「父には僕からも話しておくよ」
「ランデリック様、1日も早く魔力が戻るように、安静にしておりますね」
レイリーンは、極力魔法は使用せずに、部屋で大人しくしていると話す。
「城に閉じ込めてしまい、すまない」
「いいえ、聖女としてのお務めですもの、仕方ありませんわ」
1日も早く聖女としての魔力を取り戻さなくては、と、レイリーンが口にすれば、ランデリックはなんて健気で愛おしい人なのかと、さらに抱きしめる。
「君は素敵な人だ。僕は君と結婚できることを嬉しく思う」
素直な気持ちを声に出せば、レイリーンもまた抱きしめ返してくれた。
「わたくしも愛しております」
「必要なものがあれば、遠慮なく侍女に言え」
「まあ、嬉しい。それでは、わたくし髪飾りが欲しいのですが」
「髪飾り?」
「今度お父様がお見えになるの。その時にランデリック様から贈られた髪飾りだとお見せできたら、お喜びになると思って」
「そういえば、挨拶がまだだったな。国一番の装飾師を城に招こう」
ランデリックは、後日レイリーンに会いに来る父親を喜ばせるように、その提案を快く引き受ける。
故郷が遠方なため、到着までにしばらくかかると書面が届いたので、後数日はかかるのではないかと考え、まだ間に合うとすぐに手配することを約束する。
「嬉しいっ、大好きですわランデリック様」
素敵な髪飾りを贈ると言われ、レイリーンは飛びつくようにランデリックを抱きしめる。
その高らかな声に、ランデリックも嬉しくなり抱きしめ返す。
「魔力のことは僕からも説明しておくから、レイリーンはゆっくり休むといい」
「ありがとうございます」
聖女の力が元に戻れば、今起きている混乱も収まると、ランデリックはあと少しの辛抱だとレイリーンの部屋を出ていく。
ランデリックが出ていき、部屋に一人になると、レイリーンは眉間にシワを寄せ、爪を噛む。
「お父様、早く来て頂戴」
窓の外を睨むように見つめ、低くそう声を出した。
■■■
【ヴォルフガング】
ライアール国に降り立った、燃えるような紅い髪の男の名だ。
「随分変わってしまったな」
昔訪れた時よりも風景が変わっており、ヴォルフガングは、大きく成長した街を見渡す。
発展した街は素晴らしく、活気のある雰囲気は好きだった。けれど一つだけどうしても納得できないことがある。
「穴」
ふいに空を見上げてヴォルフガングは、その青さに目を細めた。国を守るための結界に穴があいていたのだ。
はるか頭上だが、確かに穴があいており、このまま欠落した結界の穴が広がれば空を飛ぶ魔物たちが侵入してくると危惧し、それに、結界自体が弱いと感じた。
「聖女の結界が、これほど弱いはずはない」
聖女に何かあったのでは? と、ヴォルフガングは再び街に視線を落とせば、壁に目を疑うような張り紙があった。
『ランデリック王子と、聖女レイリーンの婚約パーティー開催のお知らせ』
ズカズカと張り紙に歩み寄れば、見たこともない女性が聖女として描かれていた。
「誰だ?」
ヴォルフガングは張り紙を壁から剥ぎ取り、街行く人を呼び止めた。
「つかぬことを伺うが、この女は誰だ?」
張り紙を顔の前に差し出された街人は、奇妙な顔をして説明してくれた。
「何言ってんだ、聖女様だろう」
「聖女、様? この女がか?」
「あんた旅の人かい?」
ライアールの街で聖女レイリーンを知らない者はいない。よって余所から来たものだと判断した男はヴォルフガングに、それを聞く。
「すまない、俺様は今到着したばかりで」
「そうか、それじゃあ知らなくても当然だよ」
レイリーン様がいらしたのはつい最近だからと、追加で説明してくれた。
それを聞き、ヴォルフガングは首を傾げた。聖女が現れたのが最近というのはおかしいと。だが、住人はそんなヴォルフガングにレイリーンが起こした奇跡を得意げに話してくれた。
それを聞き、ヴォルフガングは眉寄せて難しい表情を見せた。
「馬鹿な……」
街中に治癒魔法を施せる者など、自分の知る限り二人しか存在しないと分かっている。しかもレイリーンなどという女ではないとはっきりと言えた。
「そういうことだから、レイリーン様は立派な聖女様だよ」
ポンと肩を叩かれても納得など出来ず、ヴォルフガングは険しい顔を崩すことなく張り紙を見つめる。
(この偽物は誰だ)
「お似合いだろう」
じっと張り紙を見つめていたら、近くを通りかかった年配の女性がそう声を掛けてきた。
「似合い?」
「ランデリック王子様と、似合いの二人さね」
「ランデリックとは第一王子なのか?」
ヴォルフガングはそこが知りたいと尋ねれば、女性は少し怖い顔をして「王子様ってつけな」と、呼び方に気を付けることを注意してきた。
「すまない。で、どうなんだ」
姿を人間に変えていることをすっかり忘れて呼び捨てにしてしまったが、慌てて訂正すれば、女性は第一王子だと教えてくれた。
そして、先に声を掛けた住人と女性は「りっぱな聖女様が来てくれて、良かったよ」と、レイリーンを褒める。
その言葉にヴォルフガングは、張り紙を握りつぶして
「聖女はもう一人いただろう。その聖女はどうしたんだ」
と、低い声を出す。
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