第27話 アリアとレイリーン

一方、アリアを国外追放してから結界に亀裂が見られるとの報告が増え始め、小さな魔物が入り込んでくるようになった『ライアール国』では、小さな混乱が生じていた。


「聖女は何をしておる?!」


国王は聖女が在中しているのに、結界が不完全であることに苛立ちを隠せなくなってきていた。


「レイリーンも精一杯頑張っております」

「祈りが足りぬ」

「はい! もっと強く祈るようにと私からお伝えいたします」

「ランデリックよ、結界がなくなるようなことになれば、どのような惨状がまっているか、よく考えよ」


魔術師たちが欠けた結界を補えるのも、長くは続かない。もしもライアール国の結界が崩壊すれば、魔物たちが押し寄せ、国は滅ぶだろう。

ランデリックは、国王に深く頭を下げて謁見の間を後にした。


「おかしい……、聖女レイリーンは我が国にいる。結界が脆くなっているなど、ありえない出来事だ」


どの国にも聖女たる人物が結界をはり、国を守っている。聖女のいない国は滅んだと聞いた。

しかし、聖女もまた人である。死が訪れないわけではなく、ライアールの聖女は王妃の母上であったのだが、高齢となり1年ほど前に亡くなってしまった。聖女の死後、1年ほどは結界が持続すると言われており、その期間に新しい聖女が生み出されるか、見つかるのが通常の成り立ちだった。

それで連れてこられたのがアリア=リスティーだった。

しかし彼女は、魔法をほとんど使用しようともせず、祈りの間にもほとんど姿を見せなかった。



『不慣れな魔法が暴走すると困りますので、魔法は使わないことにしております』



「聖女の称号を授けたときに、アリアはそう口にしたか……」


近くて遠いような記憶を掘り起こしたランデリックは、あの時はさほど気にもしなかったが、今頃になって妙に引っかかった。

聖女の使用する癒やしの魔法が暴走するのか? と。

それに、それだけじゃない。


『何をしている?』


祈りの時間中に中庭でアリアの姿を見つけ、急いで駆けつければ、泥だらけになって花の手入れをしていた。


『このところ雨がなく、枯れかけていたのでお水を……』

『水?』

『ええ、あそこの井戸からお水を』


そういってアリアは、桶2つに視線を落とす。

草花の水やりなど、魔法を使えばよいのに、アリアはわざわざ水を汲んできていた。ランデリックはこの時、日常魔法程度が使えないのか? と眉を寄せた記憶が蘇る。

しかし、アリアを試験した者たちは、魔法の威力は通常より高いと評価していたことを思い出し、魔力の暴走を起こすのか? そう思い直していた。


『今は祈りの時間のはずだが』


聖女としての公務を怠れば、国が滅ぶかもしれないと、ランデリックは怒りと冷めた瞳でアリアを凝視する。

睨まれたアリアは、肩をすくめ、目を泳がせながら、


『先程終わりまして……』


と、声にした。

終わった? まさか、まだ10分も経過していない。

通常祈りは30分間。午前と午後の二回。


『す、すみません。私、少し早く祈りの間に入ってしまって……』


疑いの視線を向ければ、アリアは深々と頭を下げ、時間通りに祈りを行わなかったことを暴露する。

つまり、予定時刻より早くから祈りを捧げたため、今ここにいるのだと説明された。

なんて非常識な聖女なんだと、ランデリックの腸は煮えくり返りそうになる。代々続いてきた神聖な祈りの時間を勝手に変更するなど、ありえないと。


『これは仕事だ! 勝手に変更するなッ』


怒りは口を飛び出し、アリアを怒鳴った。


『も、申し訳ありません』

『先代の聖女たちは、みな献身的に公務を成した。それが今回はなんて野蛮な聖女なんだ』


泥だらけになって、魔法も使えず水やり。魔力が高いなどと報告を受けてはいるが、そもそもそれ以来誰かアリアの魔法を見たものはいるのか? ランデリックは、突如聖女は間違いだったのではないか、疑いの種を持つ。

よく見なくても、綺麗さも美しさも、可愛げもない。

聖女だから婚約して、結婚まで約束させられたが、好きになる傾向は一向にない。

むしろ苛立ちが募る。


『明日から時間厳守だ』


そのために城に住まわせてやっているんだ、と、ランデリックは声を張りアリアを怒鳴れば、『……わかりました』と小さく返事を返された。

ランデリックにとってアリアは興味対象外。苛立ちがもっと表に出そうになり、ランデリックはその場を後にしたが、今思い返せば、結界はきちんと張られていたことが分かる。

アリアが城に来てから、ライアール国に魔物が侵入したことなど、一度もなかったからだ。






「やはり、何かおかしい」


本物の聖女が現れたのに、アリアが国外追放になってから魔物の侵入を許すようになった。


「……どういうことなんだ」


結びつけたくはないが、アリア=リスティーが関係しているのか?

そこまで働いた思考回路は、ランデリックに不快感を与え、左右に首を振る。


「あの女が聖女であるはずがない」


聖女は間違いなくレイリーンだと、ランデリックの足は速まる。



コン、コンコン



少し強めにドアをノックすれば、室内より駆ける音がした。


「ランデリック様っ」


ドアが開き、レイリーンが抱きついてきた。二人だけの秘密のノック音だからこそ、レイリーンは嬉しそうに顔を赤くする。


「入ってもいいか?」


たとえ婚約者だとしても、女性の部屋に入るのは無礼かと、ランデリックはそっと尋ねる。


「ランデリック様は私の婚約者様よ、いつでもお入りになって」

「ありがとう、レイリーン」

「紅茶をお入れいたしますわ」


愛しい人が会いに来てくれたことが嬉しくて、レイリーンは浮かれるようにお茶の用意をする。その姿がとても愛らしく、ランデリックもつい微笑んでしまう。


(なんて可愛いんだ)


と、心で呟きながらランデリックは、お茶を用意するレイリーンに近寄ると、背後から抱きしめてしまっていた。


「えっ、ランデリック様?」

「すまない、あまりにもレイリーンが可愛くて」

「まあ、嬉しい。愛する人にそう言っていただけるなんて、幸せですわ」


抱きしめてくる腕を包み込むように抱きしめ返すレイリーンは、笑顔でそう答える。

そしてなぜかランデリックを引き離して、クルッと回ってみせた。


「新しいドレスを購入しましたの、似合っているかしら?」


そういえば見たことのないドレスだと、ランデリックは少し驚くが、大きなリボンの付いたドレスはレイリーンによく似合っていた。


「とても良く似合っている」

「では、このドレスに似合うアクセサリーを見つけなくてはいけないわ」


明日にでも商人に訪問していただこうと、レイリーンははしゃぐ。聖女としての役目を果たしている見返りなのだろう、レイリーンの欲しいものは国王が許可している。

つまり、レイリーンが望むものは、大概許されている。


(それに比べ、あの女は、可愛げもないものを欲しがったか)


ふとアリアのことを思い出したランデリックは、不快な思いを思い出した。

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