第26話 伝説の魔物、目覚める
嘘などつかずともアリアに惹かれている自分がいるのは明確。あれほど結婚に対して苦悩があり、国の為の犠牲ならば引き受けようと決めたと言うのに、一緒に居る時間が長ければ長いほど惹かれていく感覚が止まらない。
その証拠に、口づけを交わしても全く嫌ではなかった。
「アリア、君が好きだ」
ストレートにそう言葉が出ていた。自分でもどうしてそんなことを口走ったのかは分からないが、アシュレイはその言葉に嘘などないと自覚していた。
「とても嬉しいですわ。私もアシュレイ様のことを愛しております」
女神みたいな笑顔を見せたアリアから、信じられない言葉が飛び出して、アシュレイは驚くとともに、心が満たされる感覚を味わう。
「……アリア、それは本心であるのか」
「もちろんですわ、アシュレイ様以外に愛するお方はいらっしゃいません」
「まさか君からその言葉をもらえるとは……」
「ン、んンっ、……」
感動してアシュレイがアリアを抱きしめようとしたら、咳払いのように喉を鳴らされ、ものすごく変な顔をされた。
顎をクイッと持ち上げて、何かを訴えかけるアリアの視線はアシュレイの後ろ。
「……ぁ」
振り返ったアシュレイは、一瞬で肩を落とした。そこには前日に支度を頼んでおいた侍女たちが待機していたからだ。つまり、アリアは咄嗟に演技をしただけだったのだ。
勘違いしそうになった自分が恥ずかしく、アシュレイは咳ばらいをすると、侍女たちにアリアを頼んで、足早に退室した。
自室に戻り、自身の身支度を始めれば、ヴァレンスがひょっこり顔を出した。
「おはようございます、兄さま」
「おはようヴァレンス」
「昨夜は上手くいきましたか?」
どことなく嬉しそうにヴァレンスが近寄ってくるが、何を言われたのかは不明。
「何のことだ?」
さっぱりわからないと答えれば、ヴァレンスの表情は曇って、白い目を向けられる。
「まさか何もしていないのっ?!」
突然大声を出され、アシュレイは思わず耳を塞ぐ。朝から騒々しいと、ヴァレンスに声を抑えるように指示を出せば、どうしてかがっくりと項垂れた。
「……既成事実をつくるチャンスだったのに」
「お前、まさか昨夜のお茶に何か」
「睡眠薬を入れました」
正直に話す弟が怖いと思った。聖女をライアール国に奪われないように、ヴァレンスはアシュレイと結婚するしかない道を作ったのにと、睨んでくる。
我が弟ながら、末恐ろしいと寒気まで走った。
「まだ聖女だと決まったわけではない」
アリアが正当聖女であるかどうかも分からないうちに、勝手なことをするなと忠告すれば、ヴァレンスは真剣な表情を見せた。
「間違いないよ」
「何を根拠にそれを口にする?」
「昨夜アリアさんに会った時、母様と同じ気が満ちたんだ」
ヴァレンスは、王妃から拝借してきたアクセサリーを持ち込んだと話し、そのアクセサリーが何らかの反応を示したと告げた。
「しかし、俺は何も感じ取れていない」
「兄さまは、魔法無効アイテムを身に着けていらっしゃいましたので、おそらくそれのせいでしょう」
だから何も感じなかったのだと、ヴァレンスに言われ口を閉じた。
「一瞬だったけど、とてつもない力を感じたような気がしたんだ」
現聖女よりもはるかに大きな力だったかもしれないと、ヴァレンスは少しだけ声を震わせた。聖女の魔力とは思えないほど強大だった? けれどそんな魔力を持っているとしたら、制御アイテムだけで制御できるはずはなく、おそらく魔術師クラスの者ならば、能力を感じ取れるはず。だとすれば、ライアール国がアリアを手放すはずはない。
「……、どういうこと?」
考えられるのは、何らかの方法で魔力を最低限まで押さえ込んでいるか、それとも僕の勘違い。有力なのは後者だが、聖女である確信はある。
「どうかしたのか?」
「兄さまは、アリアさんの魔法を見たことはありますか?」
「残念ながら、きちんと見たことはない」
「そう、ですか……」
「ヴァレンス?」
顎に手を添えて何かを考え込んでいるヴァレンスに、アシュレイがそっと声をかければ、顔をあげてくれた。
「聖女は攻撃魔法を得意としない」
「だが、アリアは攻撃魔法の方が得意だと言った」
「それで、兄さまは何を思われましたか?」
あまりにも聖女としてかけ離れているとは思わなかったのかと、問われる。
「明確な理由はないが、聖女だと感じた」
アシュレイがはっきりと口にすれば、ヴァレンスは笑った。
「僕も兄さまと同じ意見です」
アリアは聖女で間違いない。けれど、それだけじゃない秘密を持っているのだろうと、二人は視線を交わすと「絶対逃さないと」と掌を打った。
■■■
「まいった……、人間を観察していたらうっかり眠ってしまったようだ」
暗雲立ちこめる頂きの薄暗い巣穴で目を覚ました、紅きドラゴン(竜)は長く鋭い爪で軽く鬣を掻く。
「して、いかほど寝ていたか?」
重たい体をゆっくりと起こして、時を探れば、一瞬うたた寝をしただけだというのに、半年以上過ぎてしまっていた。
「これはいかん! 結婚式に間に合うだろうか?」
紅きドラゴンは、慌てて巣穴から外へと出て、空を仰ぎ、言葉ではない何かを声にした。
すると、眩い光が降り注ぎ、紅き竜はドラゴンの姿から人の姿へと変わる。
燃えるような紅い髪に、溶岩のような深い真紅の瞳。
纏うオーラはまるで人とはかけ離れていたが、余程のものでない限り、それに気づくことはないだろう。
「ふむ、コレなら問題あるまい」
下界に住まう貴族たちを参考にして見繕った服は、綺羅びやかで高価な雰囲気を持っている。
「娘に恥をかかせるわけにはいかないのでな」
ドラゴンはくるりと回って、自身の姿に違和感がないか確認すると、再びドラゴンの姿へと変わり、大きな翼を広げると山を飛び去った。
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