第25話 キスは完全に事故です!

一方、フラリと倒れたアリアを間一髪で受け止めたアシュレイは、ぐったりと意識を失ってしまったかのようなアリアを抱きかかえる。


「アリアっ」

「……ぅ、すぅ……」


慌てて声をかければ、寝息が聞こえた。


「……寝たのか?」


人を呼ぼうとしたアシュレイだったが、どうやら疲れて寝てしまったのだろうと、そっと抱き上げると、ベッドに横たえる。

そして、そのベッドにアシュレイも腰かけ、アリアをそっと見下ろした。


「不思議だ」


今までどれだけ綺麗な令嬢を見てきたかも分からない。中にはとても愛らしい方もいたはずなのに、アリアが可愛いと思えると、アシュレイはそっと前髪に触れる。

まだ出会って間もないが、素を直でぶつけてくる女性は初めてであり、おそらく王太子として見られていないとも感じていた。

その証拠に、アリアは幾度となく断ると口にした。次期国王の言葉を無下にするなど普通あり得ないことであり、王太子自らが口説いているのに、全く靡かない。


「こんなにも楽しい気分を味わうのは、いつぶりか?」


アシュレイはアリアといると飽きないと、笑みまで零れる。

自分を王太子として受けないどころか、名誉も地位もいらない、欲しいのは隠居生活なのだと、欲もない要求をされた。


「君は本当に聖女なのか?」


歴代の聖女にこのような自由な人はいなかったと記憶していると、アシュレイはさらに笑みを浮かべながら、ふととある聖女様を思い出す。

それは何代前だったか、とても気の強い聖女様がいたと聞いたことがあった。魔物最強と謳われるドラゴン(竜)にさえ臆することなく立ち向かったと言われている。

名は……


『マリア=クローディア』


彼女はドラゴンを従えたと記されているが、その真実を知る者はなく、史実かどうかは今となっては不明だ。


「もしかしたら、君はマリアの生まれ変わりだったりするんだろうか?」


夢物語。昔読んだ本の続きを連想して、アシュレイは妄想を膨らませてはみたが、所詮御伽噺。自分の都合をアリアに押しつけるわけにはいかないと、夢物語を閉じた。


「さて、君を逃さないための策は必要だろう」


すっかり夢の中に落ちてしまったアリアを見下ろして、アシュレイはゆっくりと立ち上がれば、逃走防止の策を施す。

そして、アシュレイはそのままアリアの傍で一夜を過ごした。






翌朝。


「う~ん、良く寝た……わ?」


大きく伸びをして目を覚ませば、すぐ隣に大きな塊が見えた。


「王太子様ッ?!」


ベッド脇の椅子に腰かけたまま、ベッドにうつぶせになって寝ていた。まさかアシュレイがいるとは思わず、私は慌てて距離を置く。が、それがマズかった。


「目が覚め……、おわぁつ!」

「きゃァッ」


ベッドの奥に後退した私に引っ張られるように、アシュレイが椅子から引き離され、なぜか私の上に覆いかぶさってきたのだ。


(何、何、なんなのぉぉ)


何が起こったのかと驚いている間に、アシュレイの体は私の上に覆いかぶさっていて、



―ぷにゅ―



重なった顔のあたりに妙な感触が。


(王太子殿下の唇がぁぁぁ!)


とんでもないアクシデントで、私の唇とアシュレイの唇が重なっていた。


(これって、キス?!)


そう、アシュレイが倒れて込んできた拍子に上手くよけきれず、思いがけず口づけを交わしてしまっていた。


「ぁっ、……す、すまない」


顔を真っ赤にしたアシュレイが慌てて両腕をついて顔を離してくれたけど、崩れた体勢はすぐには戻せず、ひとまず私の耳元に手をついて距離をとってくれる。サラッと流れる髪が垂れて、綺麗な顔が至近距離すぎて、心臓が爆発しそう。

恥ずかしさで視線を逸らせてくれているけど、近くで見れば本当に綺麗すぎる顔なのよ。その上、宝石みたいな瞳。しかも顔にかかる髪が朝日で影を作って、ものすごくいい男。


「……」

「……」


互いに声が詰まる。だって、いきなりキスなんて、一体何を言えばいいのよ。

しばらく無言が続き、はじめに動いたのはアシュレイ。


「これはその、……悪かった」


アクシデントだとしても、女性に突然口づけをするなど、非礼であったと謝罪をしてくれたけど、垂れた髪を片手でかき上げるのは反則です。

色気、そうただ髪をかき上げただけなのに、アシュレイから漂う色気が心臓に悪い!

しかも押し倒される格好で、この至近距離。


「なんと詫びればよいか」


上から見下ろしながら、アシュレイはとんでもないことをしてしまったと、今度は片手で口元を抑える。


(ああ、もうダメ。この人超絶カッコいいわ)


赤くなった顔で、恥ずかしそうに口元を抑えるその仕草でさえ、色気がだだ洩れ。

くらくらしそうな眩暈を感じながら、私は視線を合わせないようにしながら、ようやく声が戻った。


「とりあえず、離れていただけますか?」


やけに冷静な声が出た。


「あ、ああ、そうだな。すまない」

「――えッ、うわぁ」


押し倒すようなこの体勢をとりあえずやめて欲しいと言えば、アシュレイは慌てて体を起こし、今度は私が何かに引っ張られるようにアシュレイの上部に重なってしまった。

今度はキスするようなことはなかったけど、アシュレイの胸部に抱きつくように重なる。


「アリアっ」

「なんなの一体?」


何が起こっているのか分からないと、私が声をあげれば、アシュレイが指で頬を掻きながら、そっと何を引っ張って見せた。


「縄?」


そうそれは太い縄。


「君が逃走しないように、俺と結んである」


控えめに言われた言葉で、自分の体を見れば、太めの縄が腰に巻き付けてあり、それはアシュレイと繋がれていた。

つまり、どちらかが動けばそれに引っ張られてしまう。だからこんな状況なのだとようやくそれを知る。


「信じられない……」


女性を縄で拘束するなんて、と、睨みつければ、アシュレイはなぜか私の髪を梳いてとても困った顔を見せた。


「逃がしたくないんだ」

「分かっています。きちんと役を全ういたします」

「困ったな、どうしたら君に伝わるのか分からない」


苦笑したアシュレイは、『好き』だと言う感情がどうしてもアリアに伝わらないと、眉間に皺まで寄せる。


「先ほどのことは、事故だと受け取りますので、どうぞご心配なく」


キスは不慮の事故。アリアは淡々とそれを受け入れてくれた。けれどアシュレイにとって、それは小さな傷を生む。

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