第24話 兄弟そろって、好みが微妙?

「土地と金は約束すると言ったはずだが」

「は、はい」

「ではなぜ逃げる?」


欲しいものは与えると約束しているのに、逃げる必要がどこにあるのかと、アシュレイが迫る。


「……怖くなって」


正直にこの状況が怖くなったと話せば、アシュレイは驚いたように目を開く。


「怖い?」

「ええ、こんな私が王太子様の婚約者役を演じるなんて、恐れ多いと」

「数多くの令嬢を見てきたが、気分を害さなかったのはアリアが初めてだ」


それは本心。アシュレイ自身も驚いてはいたが、令嬢たちの甘い声を聞くだけでも気分を害していたのに、アリアは触れても何ともなかった。

これはすでに好意を寄せているのでは? と考えたアシュレイだったが、目の前のアリアからは軽蔑するような視線を向けられていた。


「なぜそのような顔をしている」


あまりにも酷い視線を受け、アシュレイは素直に聞く。


「それって、私を女性として見ていないってことじゃない!」

「は、?」

「ご令嬢には嫌悪感を抱くけど、私は平気って、男だと思っていらっしゃると」


なんて酷い人なのかと、私は顔を両手で覆って泣きまねをする。本当は泣きたいけど、なんか悔しいのよ。

まさかアシュレイから男性扱いされていただなんて、泣きたくても泣けないくらい腹が立つ。


「あ、いや、そういうつもりで話したのではない」

「ではどのような理由が?」


一体どういうつもりでそんなこと言ったのかと、指の隙間からアシュレイを見れば、狼狽えるように動揺していた。


「アリアが女性でなければ、口説いたりしないだろうっ」


男性に求婚する王太子がどこにいると、声を荒げたアシュレイの顔は真っ赤だ。


(そういえば、唐突に求婚してきたわ)


初対面も初対面で、いきなり告白してきたことを思い出して、私はそっと顔を出す。


「美人ではないから仕方ないことね」


令嬢との差はやはり『美』なのだろうと、私は平凡だから緊張せずに普通に接することができるのだと勝手に決めつけた。別に美人と言われなくとも気にしない方なので。


「そうは言っ……」

「お話は終わりましたか?」


アシュレイが何か言い訳を口にしようとしたその時、部屋のドアからひょっこりと顔を出した人物がいた。年はアシュレイよりも五つ位下かしら?

とても可愛らしい男の子だった。


「ヴァレンスッ、なぜここに?」

「僕にも紹介してくださいよ、兄さま」

「兄さまって、弟?!」


現れた男の子がアシュレイの弟だと知り、私の目は点になる。だって、アシュレイは綺麗系の美形だけど、ヴァレンスは癒し系の可愛い方だったから。


「初めまして、アリアさんで良かったですか?」

「ええ、お初にお目にかかります。アリア=リスティーと申します」


ドレスも脱いじゃって、めちゃくちゃラフスタイルのまま、私は挨拶をしたけど、この状況はおかしい。


(夜更けに、どうして女の子の部屋にこんなに人が集まってくるの?)


世間一般でも非常識という状況なのでは? と、顔が引き攣っていたけど、王太子様とその弟君にそれを言える立場でも身分もない。


「どうしても会いたくて、来てしまいましたが、ご迷惑だったでしょうか?」


しゅんと肩を落としたヴァレンスは、明日まで待てずに会いに来てしまったと、謝罪をする。愛らしいヴァレンスに素直に謝罪されたら、怒るわけにもいかず、私はにこっと微笑むと「構いませんよ」と返答してあげた。


「ありがとうございます。兄さまの婚約者様にどうしてもご挨拶したくて」

「へ?」

「すまない、ヴァレンスには話してある」


両親にはまだ話していないが、弟には婚約者を連れてくることを言ってあると、アシュレイに言われ、それで居ても立ってもいられず見に来たのかと、何となく納得する。


「可愛らしい人で良かった」


下から見上げるように見られ、ヴァレンスはいつかのアシュレイの台詞を吐き出した。


(この兄弟って、やっぱり視力に難ありね)


こんな平凡な女を可愛いだなんて、今まで綺麗な方を見てこなかったのかもしれないと、残念な気分さえ沸き起こる。世の令嬢は誰もかれも美人しかいないと考えていたけど、案外美人は少ないのかもしれないと、考えを改めることも視野に入れた。


「ああ、アリアは可愛い人だ」

「兄さまにとてもお似合いの素敵な方ですね」


(社交辞令もお上手だわ)


と、なぜかとても冷静に受け止めることができ、私はただただにこやかに佇む。

開幕してしまった演劇は、幕が閉じるまで終わらない。だったら、最後まで演じて見せるわと、変な意気込みまで決意して、私は無事に事が終わるように願うばかり。


「ヴァレンス、今夜はもう遅い、正式な挨拶は明日にしよう」


好奇心からどうしてもアリアを見たかった気持ちは分かるが、夜も遅いとアシュレイが声を掛ければ、ゆっくりと私に頭を下げて「突然の訪問、失礼いたしました」と、とても丁寧に挨拶をされた。

それからヴァレンスは優しく微笑んで、手を鳴らす。


ガタガタ……


音に反応して、通路からワゴンが一台、侍女とともに入ってきた。


「おやすみ前に、ハーブティーをご用意いたしましたので、ゆっくりお休みください」

「あら、ありがとう」

「では、また明日。おやすみなさい。会えてうれしかったです」

「それでは、俺も休むとしよう」


ヴァレンスが部屋を退出しようとし、続いてアシュレイも退出しようとしたら、ヴァレンスが振り向いてなぜかアシュレイを睨んできた。


「兄さまは、最後までお茶に付き合ってあげてください」


私がハーブティーを飲み干すまで部屋に残れと言ってきた。しかも侍女にも下がるように言いつけて、ヴァレンスは侍女とともにそそくさと退室していった。


(ちょっとぉ、二人きりにしないで!)


積もる話も、話したいこともないんだからぁぁ。という心の叫びは届かず、


「それでは、少しだけ邪魔をする」


なんて、アシュレイがそれを了承した。

ご冗談でしょう……。



グビグビッ……、ゴクン



お茶を飲んだらとっとと退室してくれると思って、私は少し熱いお茶を一気飲み。

カップをコツンと置けば、アシュレイが信じられないものを見るような目で見ていた。


「それほどまでに喉が渇いていたのか?!」

「え、ええ、とても」

「ならば、もう一杯……」

「結構です! 疲れたので寝てもよろしいでしょうか?」


一秒でも早く退出願いたくて、私はげっぷを飲み込みながら、それを伝えるけど、


(あ、れ? なんだか意識が……)


クラっと頭が揺れると、そのまま体から力が抜けていくような感覚があり、立っていられなくなる。


「危ないッ」


アシュレイの声が脳内に響いたのを最後に、私の意識は途切れた。

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