第23話 星が綺麗なので……

誰かに聞かれるとマズイと思ったのか、耳打ちするように口もとを寄せた。


「レイリーンという聖女だが、妙な違和感を感じたんだ」


ランデリックにアリアとの面会を願い出た後、レイリーンにも会わせてもらったが、現聖女である母上に感じたような聖なる感じを受けなかったと正直に話した。


「しかし、治癒魔法を使いこなすと聞いたが」

「ああ、治癒魔法を扱えるのは誠のことだが、聖女としてのオーラを受けなかったのに、違和感が残っている」


聖女が母親というのもあるかもしれないが、柔らかい温かさを感じるのが聖女だと思っていたと、アシュレイは説明した。

だが、レイリーンからはそれを受けることはなく、失礼だとは思うが、アシュレイは嫌悪感を若干ではあるが感じ取っていた。


「では逆にアリアはどうなんだ」


聖女のオーラを感じているのか? そう尋ねられ、アシュレイは眉間に皺を寄せ困った表情を作る。


「聖女としての気配はない。しかし、どこか惹かれるんだ」


自分でも分からないが、母上のような温かさを感じ、それに惹かれているのかもしれないと正直に口にする。嫌いになれない、明確な言葉を探すとしたら、おそらくそれが正解。

ただ、ローレンはそれが理解できず、険しい表情を浮かべるとアシュレイを睨んだ。


「アレが聖女でなければ、城に招くことも、お前と結婚させる気もない」


聖女様が病に倒れた今、王太子が結婚すべき人物は新たなる聖女ただ一人。聖女一人欠けただけで国が滅ぶなど馬鹿げた話だが、実際にいくつもの国が滅んだ歴史が存在している。つまり、現状で聖女なしでの存続が叶わないのが事実。


「ローレン、落ち着け。俺もヴァレンスも彼女が聖女であると決定している」

「明確な根拠もないのにかっ」

「俺はあの女の子が話してくれた、高度な治癒魔法を放ったのはアリアだと確信している」


証拠など何もないことは十分承知の上で、アシュレイはアリアが正真正銘の聖女だと言い切った。当然、ローレンは証拠がない話に耳を貸す気はない。


「見誤るな。国の存亡がかかっていて、焦っているのは分かるが、冷静に……」

「アリアに触れたときに、光が見えたんだ」


怒りを露にするローレンに、アシュレイは静かにそれを告げる。それは馬車の中でアリアの手を掴んだ時だった。瞬きするよりも短かったため、勘違いかと思ったが、確かに光が散ったように見えた。


「光が散る?」


意味が読み取れず、ローレンは再度問い返す。すると、アシュレイは少し困った表情を浮かべながら、なんと説明したらいいかと悩みだす。


「言葉で表現するのは難しいが、光が弾けた気がした」

「なんだそれは?」

「分からない。だから確かめたい」

「確かめる?」

「ああ、現聖女である母上に引き合わせることで、何か分かるかもしれないと」


だから、母上に会ってほしいと願い出たのだと、アシュレイは引き合わせたい理由をローレンに伝えた。

聖女様なら、次期聖女である者に出会えば、何か感じ取れるものがあるのではないかと、考えての登城なのだと説明をすれば、ローレンは少し考え込んでから、ゆっくりと口を開く。


「偽物であった場合、俺は消すかもしれないが、それでも構わないな」


ローレンは内情を知り、アシュレイに近づきすぎたと、アリアを抹殺することを伝える。


「ローレン……」

「全てはアラステア国のためだ」


分かっている。ローレンの行動は正しい。隣国で罪人となり、国外追放を受けたアリアがただの平民ならば、深入りしすぎたのかもしれない。ローレンの意見は至極当然の事態。

だが、アシュレイはアリアが聖女だと信じているし、おそらく間違っていないと絶対の自信を持っていたので、


「了承する」


と、ローレンの行動を許可した。






城に到着したのは夜。

さすがに今から謁見するには遅く、王様と王妃様への挨拶は持ち越しとなってしまった。

つまり……


「冗談じゃないわ! またあの身支度をしろというの」


せっかく綺麗に身支度を整えたというのに、一度脱いで、また明日の朝から着替えて欲しいと言われた。

客間に通された私は、汚さないようにドレスを脱ぎ、アクセサリーを外し、化粧を必死に落としながら一人で文句を言い放っている。

アシュレイは視察に行った村の様子を報告へ、ローレンは自分の部隊へと戻って行った。


「はぁ~、どれだけ緊張したと思ってるのよ」


国王陛下に、王太子殿下の婚約者として紹介される私の身にもなって! ただの平民がおいそれと謁見できる相手ではなく、しかも偽物とは言え、婚約者を名乗る大役。緊張のピークはとっくに超えていた。

それなのに、「申し訳ないが、謁見は明日になる」なんて言われて『分かりました』なんて、素直に言えるわけもなく。

私はただ茫然と立ち尽くしたのが、数十分前。

それから客間に通されて、明日、侍女を向かわせるとか言われて、現状に至る。

城内に足を踏み入れたら、アシュレイは完全に王太子様であり、反論なんか許される雰囲気ではなかったし、周りに人がいすぎなのよ。

王太子を取り囲むようにぞろぞろと集まってきた中で、私が文句なんか言えるはずない。


「やっぱり引き受けるんじゃなかったわ」


お金も土地も欲しいけど、たとえ役とは言え王様に会うなんて言わなければ良かったと、今更後悔。

婚約者だと言うのは、王様の前で発言するから、今は黙っていて欲しいと頼まれたおかげで、私は客人としてもてなされている。

だから逃げるなら今しかない。

軽装なのは仕方ないとして、通路はダメ。城内に詳しくないから、出口を見つけるまでに誰かに会う可能性が高い。


(窓ね)


脱出するならそこしかないと、そっと窓辺に近寄った私は、カチャカチャと鍵を外す。


「何をしているんだ……」


開いた! って喜んだ瞬間、背後から声がして私は恐る恐る振り向いて、完全に固まった。

だって、そこには腕を組んで深いため息をしたアシュレイが立っていたから。


「そ、外の空気を吸いたくて……」

「窓枠に足をかけてか?」


窓から飛び降りて、怪我は魔法で治そうとしたから、思いっきり窓に片足を乗せていた。いざとなったら風魔法で落下衝撃を和らげられるかもしれないとも考えたけど。

不自然極まりない恰好だけど、私は作り笑いを作ってみせる。


「外の景色を見ようと思って……」

「こんな夜更けにか?」

「月が綺麗で」

「月なんか出ていたか?」


闇、闇、闇がどこまでも広がっていた。つまり月がない夜。


「あ、は……、星が綺麗なのよ」


月明かりがないからよく見えるわ、って無理やり話題を変えたけど、アシュレイがこっちに向かってくる。


「念のため、外にはローレンの部隊を待機させてある」


(それってつまり、私が逃げることは想定内ってこと?)


こうなることを想定していたアシュレイから、さらに釘を刺される。


「ちなみに、俺とローレンは魔力無効のアイテムを装備している」

「……ぅ」


国家の重要アイテムを借用させてもらっているため、睡眠効果の魔法は効かないと先手まで打たれる。

そのアイテムが私の魔法に敵うかどうかは分からないけど、もしも国宝級のアイテムに勝ってしまったら、それこそ兵器だわと肩が落ち、魔法を使用することを断念した。

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