第22話 王太子と部下

出会った頃からことごとく断られていると、アシュレイは笑いながらそう話した。それを聞いたローレンは頭を抱えるように手を額に添えると、私を信じられない者を見る目で見てきた。


「王太子に意見するなど、どれだけ強者なんだ。それにアシュレイ、お前も王太子らしく振舞え」


平民相手に否と言わせるべきではないと、忠告までする。


「しかし、アリアはアラステア国民ではない。強いることは出来ない」

「国外追放を受けた……、すまない、言いすぎた」


ローレンは『国外追放の罰』を受けたと口にして、途中で謝罪した。罪人扱いしてしまったことに詫びをいれたのだ。

けれど私にとっては嬉しい罰なのだから、


「お気になさらないで。国外追放はご褒美ですから」


にこっと笑って答えれば、アシュレイもローレンも驚いたように目を見開く。


「祖国を追放されたのだぞ」


アシュレイがそう言ってきたけど、あのままだったら城に閉じ込められて、聖女の代わりにされていたのだから、追放してくれたことは感謝したい。


「けれど、私の罰が追放で済んだのは、王太子様のおかげですので、感謝申し上げます」


ドレスの裾をちょこんと摘まんで、丁寧にお辞儀をすれば、


「王太子ではなく、アシュレイと呼んでくれないか?」


と、返事を返された。


「それは出来ません。私は平民ですよ」

「婚約者から名前を呼んでもらえないのは、不自然なのだが」

「――あ、っ」


そうだった、私は偽婚約者役。さすがに『王太子様』呼びは違和感が、というより、本当に婚約者なのかと疑われてしまう。

でもでも、王太子様を呼び捨てなんて、やっぱりできない!


「……アシュレイ、様。で、いかがですか?」


私の役は婚約者。様呼びくらいなら大丈夫よねと、視線をそっと上げれば、アシュレイが優しく微笑んでくれた。


「構わない。それでは城へ向かおう」

「え、ええ」


ローレンが扉を開いて、外に待たせている馬車へと一足先に向かったが、私は一歩も足が出ない。さっきも言ったけど、新品の装飾物が怖いし、靴! そう履きなれないかかとの高い靴がとてつもなくフィットしない。下手に踏み出せば転倒するんじゃないかってくらい安定感がない。

令嬢たちはよくこんな靴を履いていられるわね、なんて、皮肉しか出ない。

田舎暮らしの私はぺったんこの靴しか履いたことないの。畑仕事や家事がしにくいでしょう。


「アリア?」


いつまで経っても歩き出さない私に、アシュレイが心配そうに声をかけてきたけど、苦笑いしか返せない。

そして、さっきの言葉を思い出したのか、アシュレイは私の元へと戻ってくると、突然両腕で抱き上げたのだ。


「え、ええ――っ、ま、待って!」

「これならドレスを汚す心配はないだろう」

「こ、困ります! 王太子様にこんなこと……」

「アシュレイだと言っただろう」


思わず王太子様と叫んでしまった私に、アシュレイが顔を近づけてくる。


(近い、近い、ちかぁ~~い。綺麗な顔を近づけないで!)


恥ずかしいのやら、みっともないのやらで、私は急いで顔を伏せる。


「大人しくしていないと、落としてしまう」


暴れたら床に落下させてしまうと言われ、私は思わずアシュレイの首に腕を回していた。だって、落とされたら絶対痛い。


「ふっ、ふふ……、謙虚なのか、大胆なのか分からないな」


突然抱きついてきた私の耳元で微かに笑う声が聞こえるけど、落とされたくないでしょう。


「降ろしてください」

「断る」

「どうしてっ」

「君には散々断られてるからな、仕返しだ」


意地悪な事を言われ、私の頬は大きく膨らむ。


「……子供みたいです」


やられたらやり返すなんて、まるで子供みたいだと言えば、アシュレイは益々笑い声をあげて「それはいい、俺を子供扱いするとはなかなか面白い」なんて、笑いながら馬車に向かった。

もちろん私はアシュレイに抱きかかえられたまま、馬車まで連行。当然それをみたローレンがまたまた頭を抱えていた。


「お前は、王太子にどこまでさせるんだ」


アシュレイは執事でも召使でもないと、小言を言われる。そんなこと分かってるわよって反論したかったんだけど、私よりも先にアシュレイが口を開いた。


「俺がしたくてしている。口出しは無用だ」

「承知いたしました」


はっきりと口に出せば、ローレンは素直に頭を下げてそれを受け取る。まさに王太子と部下、そのやり取りだった。


「ローレンと少し話がある、しばし待っていてくれ」


村に視察に行った報告をまとめると、アシュレイは私を馬車に残して、ローレンと少し離れた場所で話を始めた。






「経緯はどうあれ、計画は前進したようだな」


ローレンは、アリアをなんとか城に招くことが出来たようで良かったとアシュレイに小声で話す。


「ああ、アリアが勘違いしてくれたおかげで、首の皮が繋がった」

「しかし、聖女として迎え入れるのは難しいだろうな」


本人にその自覚も覚悟もない。何より本当に聖女なのかも分からない状態では、国民に新しい聖女様を迎え入れるなどと公表も出来ない。

それに結界は視覚的に見えるものでもなく、本当に強化されたのかも分からない。


「アリアが結界に関して嘘をつくとは思えない」


補強したと言った言葉を信じたいとアシュレイは口にするが、ローレンは嘘つき女は証明されている、完全には信じられないと警戒することを助言する。

アリアには散々騙されてきただろうと。


「もしも彼女が聖女ではなかった場合、どうするつもりなんだ」

「ヴァレンスとも話したが、アリアは聖女で間違いない」

「根拠はどこにある?」

「今後のライアール国が、それを証明してくれるはずだ」


アシュレイは遠くに見えるライアール国を見つめ、遠くないその時に、何かしらの混乱が生じるだろうと未来を見つめる。

真の聖女が国を追放された。つまり、それにより何かが起こることは明白だとアシュレイは、苦虫を噛み砕くように声に出し、隣国である我が国が出来ることなどわずかしかないとさえ、声に出す。

悠久の歴史に刻まれし文献によれば、聖女を失った国は滅びの一途を辿っている。

国が滅ぶような事態に面したとき、たとえ我が国が手を差し伸べても救えるか分からないと話す。


「だが、現在ライアール国に異常は見られない」


やはりレイリーンは聖女だったと考えるべきだと伝えるが、アシュレイの表情は益々曇る。


「同国に聖女が二名も現れたとの記事は、過去に一度もない」

「それって、……」

「これは俺の憶測だが、アリアは元々アラステア国の聖女だった説もあり得なくはない」


ライアール国に現れたレイリーンという聖女が、誠に聖女であるならば、アラステア国で見つからない新たな聖女がアリアであったとも考えられると、アシュレイはローレンに話す。


「なら、両国に新しい聖女が現れた。なにも問題はないだろう」


ライアール国に何か起こるとは思えないと、ローレンが言えば、アシュレイは顎に手を添えて、ローレンに傍に寄るように促す。

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