第21話 とんでもない役を引き受けてしまった

王太子様じゃなかったら、殴っていたわ。きっと。


「本心だ」

「そのようにお気遣いしていただかなくとも」

「どうすれば、君に近づける?」


グイッと腕を引かれ、アシュレイが真剣な眼差しを向けてくる。


(何をそんなに焦っているの?)


馬車の中でもそうだったけど、アシュレイは何かを焦っている。しかも早急に相手が欲しいような素振り。

そして私は壮大な勘違いをした。


「好きでもない方とご結婚でもなさるのですか?」


適当な相手が欲しいというのなら、それしか考えられず、うっかり口にすれば、アシュレイは一瞬驚いた表情をしたが、すぐに両手で私の手を包んできた。


「そうだ。俺は無理やり結婚させられそうなんだ」

「王太子様に選択肢はないのでしょうか?」

「ない。父上が勝手に取り決めてしまい、俺は好きでもない女性と生涯をともにせねばならない」


だから力を貸してほしいと、なぜか物凄く元気になったアシュレイの瞳がキラキラと輝いていた。まるで水を得た魚。


(もしかしてこれって、ビジネスチャンス?!)


アシュレイに協力して、大金を貰えれば、隠居生活のための家が手に入りそう。

やはり家を手に入れるには大金が必要だし、山奥に建てるにしても資金は必要で、かつ、堂々とアラステア国に住まわせてもらえることができれば、素敵な隠居生活が待っている。

そんな理想の未来を描いた私は、アシュレイの手を握りかえす。


「つまり、私が偽の恋人になればよいのですね」

「ああ、仮の婚約者になってくれないか?」

「報酬は高いですよ」

「いくらでも構わないが、引き受けてくれるのか?」

「王太子様のためですもの、一肌脱ぎましょう」


夢の隠居生活のため、私はアシュレイに協力することを選び、アシュレイは高額報酬とアラステア国の土地を譲ってくれることを約束してくれた。


(これで隠居生活に一歩近づいたわ)


ぱぁぁ~と目の前が明るくなったような気がして、私はアシュレイの手をとってめちゃくちゃ浮かれる。

その様子を見たアシュレイは、無邪気にはしゃぐアリアを素直に『可愛い』と思ってしまっていた。子供のようにはしゃぐ女性を見たことがなかったからだ。

ひとまず、当初の計画通り嘘とは言え、婚約者の契約を結ぶことが出来たと、アシュレイは胸をなでおろしたが、ここでようやくちゃんと視界に入ったものがあった。


「ところで、ローレンはなぜあのような恰好で寝ている?」


先ほどから目に入らなかったわけではないが、切り出すタイミングがなく放置していたが、話しがまとまりやっと切り出せた。


「ぁ……、あれは、魔物討伐で疲労して、そのまま寝てしまったようなの」


甲冑を身に着けたまま、不自然な恰好で寝ているローレン。どんなに疲れていても騎士があのような姿でベッドに横たわるなどありえないと、アシュレイの目は釘付けになる。


「生きているのか?」


ふと、背筋が冷たくなってアリアに声をかければ、苦笑された。


「フラフラで戻ってまいりまして、そのまま『寝る』とおっしゃると、そのままベッドに倒れてしまって……」


(魔法の効力が強すぎた? 朝になっても起きないなんて)


「珍しいな、人の声がすればすぐに目覚めるはずなのだが」

「かなりお疲れなのでしょう」


冷や汗が止まらないまま、アリアは「寝かせてあげましょう」と告げる。


(ローレンが目を覚ましたら、絶対責められる)


魔法をかけたことは何としても伏せなければ。アリアは苦笑しながら心に決意した。






■■■

あれから、アレフが連れてきてくれた医者がアシュレイを診てくれたけど、毒は消えており、怪我も完治していると言われ、全く問題なく城に戻ることになった。

問題があるとすれば、『私』

一応偽婚約者の役を引き受けたけど、城は平民が易々と出入りできる場所じゃないし、着なれないドレスやアクセサリーが怖い。だって、どれもこれも高価すぎるのよ。

仮にも婚約者として王様に会うのだから、身なりはきちんとと言われて、支度してもらったのはいいけど、トータル金額が恐ろしくて、まともに歩けない。


「ご支度が整いました」


王室御用達の店に連れていかれるなり、


『アシュレイ王太子殿下のご婚約者様である、身支度を頼む』


ローレンがそう告げると、総出で私の身支度に取りかかった。

服をはぎ取られ、髪を整えられ、化粧まで、何から何まで手際が良すぎて、私はくるくると回されるだけ。

で、ようやく完成した姿に私は『誰?』と、自分に自問した。

鏡に映る自分は、もはやアリア=リスティーではなかったからだ。どっからどうみてもいいとこのご令嬢風。


「準備は……」


身支度が整い、室内に入ってきたアシュレイが動きを止める。


「これは、化けたな」


続いて入室してきたローレンが、驚いたように声を出す。


「おかしくないですか?」

「いや、すごく素敵だ」

「……、ぁ、ありがとうございます」


上から下まで視線で追われて、私は視線を下げる。だって、アシュレイが穴が開きそうなくらい見てくるから。

私だって、こんなに綺麗にしてもらえるなんて思ってもなくて、まるで別人。


「アリア、行こう」


支度が出来たなら、早く城へとアシュレイが手を差し伸べてくるけど、動けない。


「どうかしたのか?」

「動けません」

「動けない?」

「ドレスも靴も、アクセサリーも高すぎて、動いたら汚してしまうから」


正直に怖くて動けないと言えば、


「くっ、くく……」

「ぶ、ははは……」


アシュレイとローレンが腹を抱える勢いで笑い出した。


(こっちは真面目に言ってるのに!)


借り物を汚すわけにはいかないでしょうって、頬を膨らませたら、アシュレイがにっこりと笑う。

「全て君への贈り物だから、好きにして構わない」


プレゼントした物だから、汚しても大丈夫だと言われた。


「お断りします!」


即答。こんな高価なもの受け取れるはずないでしょう! 用が済んだらとっととお返ししますって言ったら、ローレンがまたまた爆笑した。


「ドレスや装飾に興味がないのか」

「ないのではなく、コレは受け取れないと申したのです」

「王太子からの贈り物を返すなど、それこそ無礼だろう」

「う゛っ……」


嫌なところを突かれて、私はウッと息を詰まらせたが、アシュレイもクスクスと笑い出す。


「君には断られっぱなしだな」

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