第20話 可愛い? 趣味が悪いのね
完治なんかしていなかったと、私が慌ててアシュレイの肩に触れれば、
「ぶっ、ははは……」
と、盛大に笑い出した。
「な、なに?」
「その魔力で、富も地位も要らないなど、あり得ないだろう」
「引きこもり生活の何がいけないのですか?!」
「その若さで隠居は早いと、思っただけだ」
10代で山奥に隠居。確かに聞こえは良くない。けど、私にとってはこれが何よりも望むことなのだと、少しだけムッとする。
「誰にも迷惑をかけたくないんです!」
いつ暴走するかも分からない高魔力。使い道を間違えば、国が滅ぶかもしれないんだから、山に引きこもりたくもなるでしょう。
むきになって反論すれば、アシュレイが真剣な表情で私を見上げてきた。
「俺に迷惑をかけてみないか?」
誘うように吐き出された言葉の意図が分からず、無言で見つめ返せば、アシュレイはそっと手を差し出して、
「君の迷惑を俺が引き受ける」
そう言って、なぜか微笑んだ。
「引き受けるって?」
「君が引き起こす迷惑は、全て俺が責任を持つと言った」
だからこの手を取ってほしいと言われる。これって口説かれてるの?
「どうして私なの?」
初対面も初対面なのに、なぜアシュレイはこんなにも私に執着するのか? そこが分からないと素直に問えば、アシュレイは優しく見つめてきた。
「俺は君を好きになると言っただろう」
「それは、……」
「アリア、君を知りたいんだ」
馬車の中で言われた台詞を再度言われる。やっぱり分からない。
そこに恋も愛もないのに、アシュレイは私との恋を求める。互いに好きじゃないのに、無理やり好きになろうとしているアシュレイの心が見えない。
理由をつけるとすれば、きっと私の魔力。
「……お約束通り、結界は補強いたしました」
アラステア国に住まわせていただくことを条件に、今後も定期的に補強すると伝えれば、アシュレイは再度深く頭を下げてきた。
「アラステア国を代表して、感謝する」
「頭を下げないでください!」
次期国王陛下ともあろうお方が、簡単に頭を下げてはいけないと、慌てて叫ぶ。私は平民なのだから、王太子様に頭を下げていただくようなことは何もしていないと伝える。
「俺の命と、国を救ってくれた君に感謝することは当然の礼だ」
顔をあげたアシュレイは、強い眼差しを向ける。そこに嘘も偽りも感じ取れず、私は一歩ずつ後退する。
「薬草を調合してくれたのは村の方々です……」
「後できちんと礼をする」
「結界は、元々聖女様が張ってくださっているものを、補強したに過ぎません」
「それでもアラステア国の結界は強化された」
「私は、平凡な魔法使いです……」
何を求めているのかは分からないけど、私は普通なんだと口にして部屋を出ようとした瞬間、
「――ッ」
ベッドから飛び出してきたアシュレイに抱きしめられてしまった。
「逃げないでくれ」
悲痛な声がした。
「……」
「これは俺の身勝手な我が儘だ。……君を手放したくない」
吐き出された言葉は酷く切なく響く。
「何に怯えているのですか?」
抱きしめられる腕が震えている。アシュレイは何かに恐怖を感じているのだと知る。それが私とどう結びつくのかは分からないけど、それが怖いから私と結婚するなんて口にしたのだと分かったような気がした。
「君を失うことが怖いと言ったら、君は信じるか?」
「それは私の魔法でしょうか?」
「君は普通の魔法使いだと言った。俺はそれを信じたうえで、君を知りたいと願う」
つまり、平民の私を知りたいなんて、とても馬鹿げてる回答を返された。
「お戯れも大概に……」
「好きになっては、駄目なのかッ」
抱きしめられた腕が強まり、恋をすることを禁止するのかと、想ってもいけないのかと、問われる。
人を好きになることに決まりなどないけど、唐突過ぎる。互いのことなど何も知らないのに、アシュレイは一方的に愛を押しつけてきた。
「では、なぜ私なのですか?」
裏があるとしか思えず、私は冷静にそれを聞く。攻撃魔法と治癒魔法を使用できる人材など、世界に数えるほどしかいないだろう。だから私を道具として欲しいのだろうと、分かり切った答えが返ってくると思ったのに、アシュレイはグッと息をのむと予想もしなかった言葉を返してきた。
「王妃に会ってほしいんだ」
それは心の底から出した声。
「アラステア国の王妃様って」
「俺の母上、クレア=アラステアだ」
それはあまりにも唐突過ぎて、私は一瞬言葉を失っていた。
なぜ私を王妃様になんか会わせたいのか? 会わせてどうするつもりなのか? 魔術師として欲しいのなら、王妃ではなく王様の方が正しいのに、アシュレイは自分の母親に会ってほしいと口にした。
益々アシュレイの目的が分からない。
「意図が分からないわ」
正直にそう口にすれば、アシュレイはなぜか優しく抱き寄せてきた。
「初めてだった」
「……ん?」
「俺を王太子としての価値で見ない女性は」
アシュレイはずっと王太子として見られてきたと話すが、そこは間違っていないので、当然では? と反論したかったが、続けられた言葉にはこれまでの苦悩が含まれていた。
「どの令嬢も甘い声で近寄り、王太子としての価値と、俺の見た目に酔うだけだった」
誰もかれも地位と名誉、麗しき王太子に惑わされているだけだと、アシュレイは唇を噛んだ。
どれほど美しい令嬢が言い寄ってきても、心が淀んだ者など愛せるはずもない。裏のない者など一人もいなかったと、アシュレイは声を沈める。
「申し上げますが、私は清き乙女ではありません」
まるで裏がないとでも言いたげな雰囲気に、私だって歪んだ心がありますと伝える。
「しかし、君は地位や名誉を求めていない」
「目立ちたくないんです」
「こんなにも可愛いのにか?」
(私が、か、可愛い?! この人、視力が悪いのね)
残念な王太子様だと、私は抱きしめられた腕からそっと逃れる。
「アリアッ」
「無礼を承知で申し上げますが、眼鏡を調達した方がよろしいかと?」
ちょこっと頭を下げて私はアシュレイに、それを提言する。
「視力は周りよりも良い方だが?」
(なら、ご趣味が……)
そこまで考えた私だったが、さすがに医者に診ていただいた方がいいなんて言えるはずもなく、にこやかに笑顔を作ってみた。
「王太子様から外交辞令をいただけるとは、有難き幸せでございます」
引きつく口元を精一杯抑えて、服を少しだけ摘まみ上げて、丁寧にお辞儀をすれば、アシュレイにまた手を掴まれた。
(なんなのこの人! 何でも掴めばいいってものじゃないのよッ)
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