第19話 嘘に嘘を重ねて、見破られる

月が頭上に昇るころ、アシュレイの呼吸は徐々に良くなっているような気がした。

薬草の効果かもしれないと、私は少しだけほっとしたけど、ローレンから感じる気配はずっと緊張と不安、後悔だけ。

魔物討伐をしてきたからには、その疲労も大きいはずなのに、ローレンは壁にもたれ掛かったままじっとアシュレイを見ている。


「椅子に座ってはいかが?」


さすがに疲れるでしょうと声を掛ければ、


「問題ない」


と返された。

このままではローレンも倒れてしまうと、私はアシュレイの方を向いて、絶対に気づかれないように口を動かす『セレネ』


ガタン


魔力を最小限に絞って唱えれば、背後でローレンが床に崩れる音がした。


「ごめんなさい。こうでもしないとあなたが倒れてしまうから」


崩れたローレンをなんとか抱き起して、私は空いているベッドへと乗せる。


「なんて重いの……」


甲冑のせいだとは思うけど、重い、重すぎて、ベッドに乗せるのが精いっぱいだった。

本当はちゃんと寝かせてあげたいんだけど、男性の甲冑とか服なんか脱がせられるはずもなく、私はひとまずそのままにしてしまった。


「大丈夫よ、このままだって休めるわ」


寝たら元気になる! ローレンをベッドに乗せただけの状態だったけど、たぶん大丈夫だと、私はアシュレイの元へ戻った。


「私の未来がかかっているの、絶対死なないでっ」


力なく放り出された手を掴んで、私は必死に祈る。村の人たちの命と私の命がかかっていると思ったら、祈らざる得ない。


ぽわぁ~


両手でしっかりと掴んで、強く目を閉じていたから分からなかったけど、包み込んだ手が微かに光を纏う。

そして、いろいろあって疲れていたから、いつの間にか私も夢の中へと誘われていた。






「……温かい?」


夢の中で手に温かさを感じて、私はゆっくりと覚醒する。


「目が覚めたのか?」


それはアシュレイの声だった。


「だ、大丈夫ですかッ!」

「朝から騒がしいな」


驚いて大声を出してしまったら、アシュレイは眉間に皺を寄せて声のトーンを落とすように言ってきた。


「ご、ごめんなさい。けど本当に驚いて……」

「君が助けてくれたのか?」


握られた手を少しだけ引かれて、アシュレイはそっとそれを問う。

顔色は正常、脈も正常、汗も出ていないことから、おそらく熱も下がった。これって、完治したの?

傷口は私の治癒魔法で治っていることは確認済みだったけど、毒は治せなかった。つまり、村の人たちが用意してくれた薬草が効果を発揮したってこと?


「違います。村の人たちが薬草を飲ませてくれたんです」


私は何もしていないと正直に話せば、アシュレイは眉間に皺を寄せて目を細めてきた。


「村に治癒師がいるとは聞いていない」


ああ、傷口が治っていることに不信感を抱いたのね。

ローレンだけでも失敗したのに、アシュレイにも治癒魔法が使えるなんて知られるわけにはいかない。私は普通、そう普通を貫き通したい!


「たまたま、治癒魔法が扱える人が通りかかって、治していただいたのよ」

「礼がしたい、名前は?」

「……聞き忘れちゃったわ」

「それでは、容姿はどのような姿だった?」

「えっと……、身長はこのくらいで、長い髪の女性だったわ」


身振り手振りで治癒師の情報をぎこちなく伝えれば、アシュレイの目はさらに細くなって、掴まれた手に力が込められた。


「一人だったのか?」

「え、ええ。お一人で旅をされていると……」


怪しまれないように頑張って嘘を重ねるけど、冷や汗が止まらない。というか、手、手を離してほしいのに、アシュレイは絶対に離してくれない。

病み上がりの怪我人の手を強引に振りほどけるほど私は残酷じゃないので、仕方なくそのままにしているけど、嘘をついているドキドキが伝わりそうで怖い。


「現在アラステア国では、各所で魔物の姿が目撃されているが、それでも一人で旅を?」


(女性じゃなくて、男性って言えばよかったぁぁ~)


「あ、っと、確か……、この先で仲間と合流するって言っていたわ」


ははは……と、乾いた笑い声を出せば、アシュレイから深い、深ぁ~いため息が吐き出された。


「もう少しマシな嘘をつけ」


初めから目が泳ぎ過ぎだと、呆れた声まで掛けられた。


(バレてる)


もう隠してもしょうがないと、私は変に開き直ると正直に話す。


「少しだけ治癒魔法が使えるので、アシュレイ王太子様にかけました」

「初めから素直に言えばいいものを」

「驚かないのですか?」


アシュレイはローレンから攻撃魔法を使える報告を受けているはず、それなのに驚くどころか、飽きれるような態度を取られる。


「君にはもう驚かされっぱなしだからな、これ以上驚かない」


免疫がついたと、アシュレイはゆっくりと身体を起こすと、私に頭を下げた。


「わが身を助けていただき、心より感謝する。ありがとうアリア」


顔を挙げたときのアシュレイの表情は、とても嬉しそうに微笑んでいた。その顔が綺麗で、素敵で、私はドキッとしながら何も言えずただ立ち尽くす。


「アシュレイ王太子様を救ってくださったのは、村の人たちですので……」

「君も恩人だ」


アシュレイは掴んだ手を引き寄せて、私を傍に引くと「本当にありがとう」と、再度礼を述べた。


(そんなに素直にお礼を言われると……)


顔が真っ赤に沸騰する感覚が止まらない。


「君は何を望む?」


引かれた手を掴んだまま、唐突にアシュレイが真剣な眼差しでそれを聞く。


「山奥で、静かに一人で暮らしたい、です」


本音。誰にも迷惑が掛からず、化け物扱いされることもなく、誰かに利用されることもなく、自由に暮らしたいのだと、正直に願いを口にする。

すると、掴んでいた手を唐突に離したアシュレイが、肩を震わせて俯いてしまった。


「もしかしてまだ毒が?! しっかりしてください!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る