第18話 最強魔力保持は、絶対に話せない

「カーティス師団長、その役目、私にご命令を」


突然しゃがみ込んだアレフは、片膝を地面につくとローレンに申し出る。医者を連れてくる任務を自分に託して欲しいと。


「分かった、頼むぞアレフ」

「直ちに」


短く返事を返したアレフは、急ぎ馬車へと走り去っていく。

それから私とローレンは、アシュレイの元へと足を運んだ。

おじさんが話してくれたように、呼吸は随分楽になったように見えた。それでも顔色は真っ青で体温も低いような気がした。


「くそッ、俺がついていながら……」


小さなベッドに横たわるアシュレイを見下ろして、ローレンは拳を壁に叩きつけた。この状況を生み出した原因が、私にあると考えれば考えるほど、私は罪の重みを味わう。

頭を下げて、土下座して許されるなら、喜んでするけど、許される事態じゃない。


「……アルミス」

「ッ、なんだ?!」

「ごめんなさい。今は魔力が減っていて、完全回復はさせてあげられないけど、傷口位なら治せるから」


朝になればきっと全魔力が戻るはずだけど、今はこれが精いっぱいだと、私は少しでも罪滅ぼしがしたくて、ローレンの傷を治す。


「治癒魔法も使えるのか?」


驚いたように目を見開いたローレンが振り返る。

そういえば、ローレンに攻撃魔法を使うところを見られていた……、つまり、二種の魔法が使用できることをここでバラしてしまったのだ。

治癒魔法と攻撃魔法の両方をまともに使いこなせる者は、世界に数人しかいないとさえ言われている。しかも当然上位魔術師クラス。


(ばかぁぁ~! 言い訳、そう、何か言わないと……)


「ええっと、聖女様が使用していた魔法に憧れて……」

「聖女の?」

「そう、そうなの。私も聖女様になりたぁ~いとか夢見て、練習なんかしちゃったりして……」


おほほ……、と、引き攣った笑みを浮かべて、「でも、私にはかすり傷程度しか治せそうもないわ」と、苦しい言い訳を並べてみる。

魔力が激減していて良かったと、ちょっとだけ喜ぶ。


「聖女になりたいのなら、アシュレイが誘っただろう」


(う゛、そこまで知っているのね)


ライアール国に聖女が二人、だから私にアラステア国の聖女になってほしいと言われたような気もするけど、私は聖女じゃないのよ! ほんと。


「レイリーン様を拝見して、私では遠く及ばないと現実を見せられてしまって」


二度と口にしたくなかった名前を、震える唇から吐き出して、私は引き攣る口角をなんとか押さえ込む。


「レイリーン? ああ、ライアール国の聖女か」

「ええ、それはもうお綺麗な方で、治癒魔法も完璧でした」

「それは本心で言っているのか?」


レイリーンが聖女を名乗り出たから、偽聖女と国外追放を言い渡されたんだろうと、ローレンが冷たい視線を向ける。

憧れじゃなくて、憎むべき相手だろうと。

ぐうの音も出ないとはまさにコレ。……こうなったのは全てレイリーンの登場によるものなのだから、憎むことはあっても称賛するのはお門違いだ。

ローレンにまたまた嘘がバレて、私は苦笑することしかできない。



―― シャキンッ ――



「な、なにッ」


冷たい目をしたローレンが、突然剣を抜くと私に剣先を向けた。


「お前は、何者だ」

「普通の女性です」

「まだ嘘を重ねるか」


剣先を服に触れさせ、ローレンはそのまま剣で突き刺すような仕草を見せる。


(どうして、こうなるのよ)


自分だってどうして魔法が使えるのかも分からないのに、答えなんか分からないのにと、涙が出そうになる。

両親は至って普通の庶民。攻撃魔法なんか使えず、もちろん治癒魔法なんか微塵も使えないのに、私は高魔力持ち。かといって、聖女様に値するようなことなどできない。

昔両親が聖女様なのではと、こっそり教会へ連れて行ってくれたけど、祈りを捧げても何も起きなかった。本物の聖女様ならば祈りを捧げることで、光が溢れ、その光が結界へと姿を変えるはずなのに、光どころか魔力も出ず、しーんと静まり返った教会がひたすら虚しく感じ、神父様もかける言葉が見つからなかったのか、「神のご加護がありますように」と、優しく微笑んで送り出してくれたのを思い出した。


(あの時の両親の悲し気な表情は、今でも忘れられないわ)


「なぜ魔力を隠す」


剣先を人に向けたまま、ローレンが冷たく言い放つ。


「暴走させないためよ」

「暴走?」

「魔法は苦手なのよ。人より少しだけ強い魔力だから、すぐに暴走しちゃうの」


信じてもらえるか分からないけど、私は必死に叫んだ。だから魔力抑制アイテムを使って、暴走を抑え込んでいるのだと、もっともらしい言葉を選ぶ。

だって、本当のことなんか言えるはずないでしょう。

街、いえ、頑張ったら国さえ滅ぼせそうなくらい魔力ありますなんて、口が裂けても絶対に言えない。


「それは……」


何かを言おうとしたローレンの台詞を遮って、私は声を出す。


「時々、自分でもびっくりするような威力の魔法が出ちゃって、気を失うほど魔力を消耗するの」

「全魔力を放出すると言うことか?」

「そ、そうなの! 死んじゃうんじゃないかってくらい魔力を使っちゃうみたいで」


生死に関わると必死に訴えれば、ローレンはようやく剣を鞘に納めてくれた。

魔力切れなんて日常茶飯事に起きる現象なんだけど、力量以上の魔法を使用することは、命を削る行為。だからこそ、一般人は高位魔法を試そうとは思わない。

身丈に合わない魔法を使用することは、死に繋がる。それに、必要魔力がなければ使用さえできない。


「お前の魔力は、城に戻ったら計測する。それまで大人しくしていろ」


(ちょっと待ってぇぇ~、計測するって何? の、前に、城に行くなんて聞いてないんですけどぉぉ)


嫌な汗が止まらない。


「それは、命令ですか……?」

「命令だ」


(終わった……、私のスローライフが粉々に、……ん? まだ逃れるチャンスはあるわ)


測定前に結界魔法を使えばいいじゃない。そうすればほぼほぼ全魔力がなくなるわけで、測定値は『ゼロ』になるはず。

私は測定値に引っ掛からない方法を思いつき、山奥引きこもり作戦はまだ終わっていないと、ガッツポーズをとった。


「これならイケるわ、アリア」

「どうした? 気でも触れたか?」


ふんっと鼻を鳴らして、見事なガッツポーズを決めた私に、ローレンの奇人を見る視線が刺さる。


「……ほほほ、練習中の治癒魔法なんか使ったから、魔力が切れちゃったみたい」


なんだか頭がぼうっとするわ、と、下手な言い訳をして壁に手を突けば、ローレンが椅子を差し出してくれた。


「座っていろ」

「あ、りがとう」


差し出された椅子に腰かけると、ローレンはアシュレイの傍に寄った。

確かに呼吸は落ち着いているように見える。しかし、顔色は優れず、汗もじわじわと噴き出ていた。


「アシュレイ、すまない」


こんなことになったのは、全て自分のせいだとローレンは自分を責める。


「明日には医者がくる。頼む、頑張ってくれ」


祈るように吐き出された言葉は、泣き声のように重く、悲しく、悲痛な想いが込められていた。


「汗を拭きます」


そんなローレンを放っておけず、私はゆっくりと立ち上がると、アシュレイの傍により、桶に入った水を使って額に浮かぶ汗を拭きとる。


「すっかりぬるくなってしまいましたね」


布を水に浸せば、常温になっていることに気づく。


「かせ」


新しい水を汲みに行こうとしたら、ローレンが自分が行くと言ってくれた。だから、私は素直にお願いした。

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