第17話 一体誰が?

口づけを落としたその瞬間、眩い光が全てを包み込み、私の身体が少しだけ浮く。まるで羽が生えたかのような浮遊感があり、そっと地面に降り立てば結界魔法は効力を発揮する。


「これでよし! もう魔物の侵入は絶対ありえないわ」


私が魔法を継続する限り、聖女様の結界と二重構造になるため、どれほど強力な魔物であろうが結界内に侵入することは出来ない。

ふんっ、と鼻を鳴らして得意げに空を見上げたけど、その空が少しだけ揺らぐ。


「やっぱダメ……」


ふらつく足を支えられず、私はその場に座り込んでしまった。国全域に強力な結界を張るため、魔力消費が激しいのか、結界魔法を使用した後はしばらく動けなくなるのだ。

とはいえ、数時間もすれば復活する驚愕の魔力だけど。


「動けるまで、数十分くらいかしら」


脱力した体が動けるようになるには、少し時間がかかる。魔力が戻るのは数時間かかるけど、動けるようになるのは数十分程度なので、私は大人しくその場に倒れ込む。


「アシュレイ王太子様も、ローレンスも従者の方も大丈夫かしら、もしもなんてことになったら……」



【王太子殿下および、師団長、従者の三名を死に至らしめた者の首を跳ねよ】



嘘! そんな結末絶対に嫌!

まって、私だけの罪で終わるわけないわ。低下している思考回路は悪夢を見せる。



【我が最愛の息子に死を与えた村を壊滅せよ】



(いやぁぁぁぁぁ~!!)


私のせいで村人全員が犠牲になるなんて絶対ダメだと、涙まで滲んできた。


「神様お願い! アシュレイ王太子様を助けてください」


地面に横たわったまま私は胸の上で手を組んで、必死に祈る。もう涙だって止まらない。

それにどうでもいい後悔しか浮かんでこない。


「あの時、王太子様の申し出を受けていたら、こんなことにはならなかったのでは?」


大人しく城に連行されていれば、アシュレイ王太子が村に来ることもなく、死ぬようなことはなかったし、私がきちんと結界を張っていればこんなことにはならなかったし、ローレン師団長に本名を名乗っていれば、私が逃げなければ……。

次々と湧き上がる後悔が胸を埋め尽くし、鼻水交じりで盛大に泣いていた。


「……消えてしまいたい」


真っ黒な後悔で埋め尽くされた全てに、私は身体を丸めて小さく吐き出す。ぐすんと鼻水を啜りながら、ぼんやりとこうなったすべての元凶が蘇る。


「そもそも私が聖女だなんて、大嘘をついた人がいるのよね」


小さな村でそこそこ平凡に暮らしていたのに、ある日突然城の兵士たちがやってきて、私のことを聖女だと知らせてくれたものがいるとかなんとか言われて、有無を言わせず連行されたのが事の始まり。

つまり、誰かが私を売った。


「なんか腹が立ってきたわ」


どう考えても聖女様であるはずのない私を、聖女に祀り上げるなんて、許せない!

しかもそのせいで、この現状が起きている。元凶は私を勝手に聖女だと申告した誰か。


「でも、一体誰が?」


幼い頃は化け物扱いされたこともあったけど、魔法を使用しなくなり、成長とともに魔力が減ったと村の人たちは信じていたはず、だったら外部の人間しか考えられないけど、魔法がほとんど使えないと見せかけていたから、私の魔力量を知る者はいない。両親にさえ嘘をついていたのだから。


「村の人たちじゃないなら、本当に誰なの?」


正体の分からない密告者に、背筋が寒くなる。誰がどこで私の魔力を知り得たのか? それが分からないのが気持ち悪い。


「まさか、ストーカー?!」


自分では平凡だと思っているけど、もしかしたら世間では【可愛い】とか【美人】とか、いえ、聖女様に推して、アイドル化させたいとか思っていた人がいたとか?


「やだ私ったら、なんて罪な女なのかしら」


両頬を包み込んで、火照る頬を抑える。



【聖女様ぁ~、手を振って】

【こっち向いて】

【聖女様、ウインクして】



綺麗なドレスを身に纏い、私を応援してくれる人たちの声援に応えれば、皆が黄色い声をあげて盛り上がる。

なんて素敵な世界。

しばし妄想に潜っていたら、頭上から小石が落下してきて真横に落ちた。


「ひぃッ、……はぁ、馬鹿ね、本当に馬鹿だわ」


そんなこと世界がひっくり返ってもあり得ないと、突然冷静さを取り戻す。それからゆっくりと身体を起こせば、もうふらついたりもせず、ちゃんと立ち上がることが出来た。


「体力は問題なさそうね」


まだ魔力は少ししか戻ってないけど、歩けそうだと判断した私は洞窟から抜け出る。このままここに隠れているわけにもいかないし、村に帰らないと、と、歩き出した。






「アリアちゃん!」


村に戻ったら、出かけにぶつかったおじさんが手招きして待っていてくれた。


「すみません、遅くなりました」

「心配したよ、全然戻ってこないから」

「それより王太子様は?」


私のことよりもアシュレイは無事なのかと迫れば、おじさんは少しだけ優しい表情を見せてくれた。


「さっき効くか分からないが、薬草を飲ませた。呼吸は少し落ち着いたみたいだが、早く医者に見せた方がいい」


治癒魔法が効いている? それとも薬草?

状態は思ったより良いみたいで、ひとまずホッと息をついたけど、油断は許されない。


「アシュレイは無事かッ!!」


様子を見に行こうとしたら、傷だらけのローレンが走り寄ってきて、私の腕を掴む。


「二人とも無事だったのね」

「久々の強敵にこのざまだがな」


深手は追っていないと、ローレンは話し、アレフもまた問題ないと口にした。


「我が主君が深手を負わせてくれていたおかげで、片付けることが出来た」


アレフはアシュレイが先に魔物に傷を負わせていたから、討伐することができたと、アシュレイに感謝する。

真っ先に先頭にでて、村人たちを守ったのはアシュレイで、魔物の目を狙うために自らの腕を犠牲にして攻撃を与えたため、片目の視力を失った魔物は、バランス感覚を失い、命中力も失ったため、時間はかかったが何度も切り込むことで、ようやく討伐できたのだと説明してくれた。


「ところで、アシュレイは無事なのか?」

「村にある毒消し用の薬草は飲ませてもらったけど、一刻も早く医者に診せた方がいいわ」

「馬車に乗せるのは反対だ」


私がローレンに早く医者にと促したら、アレフが割り込むように口を出してきた。


「アレフ、その意図はなんだ」

「道中の道は穏やかではない。主君の身体が激しく揺れることで、毒のまわりが早まる」


それは死に近づくだろうと、アレフの顔が曇る。確かに体内に毒が入り込んでいるのだから、変に動かしたら、身体中に毒が回ってしまう危険性もある。

かといって、このままにしておくことも出来ない。ローレンとアレフは難しい顔をしたまま静止する。

そして導き出した答えは……。


「村に医者を連れてくる」


ローレンは少しでも助かる可能性として、それを口にした。今アシュレイを動かすことは止め、一刻も早く医者を連れてくると決断した。

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