第16話 結界の作り方
額に滲む汗が流れ、苦しそうに呼吸を繰り返すアシュレイをこのままにはできないと、私はなんとか担ぎ上げると、村に向かって歩き出す。
もちろん成人男性を担ぎ上げられるはずはなく、アシュレイの足はずっと引きずっているけど、村までたどり着ければ、毒消しの薬草が何かあるはずだと。
「薬草が少しでも効けばいいのだけれど」
毒が全身を蝕む前になんとかしなければと、必死に足を進めるけど、どうしても背後が気になる。
「二人は、大丈夫……」
魔物と対峙しているだろうローレンとアレフ。二人とも腕の立つ騎士だとは分かるけど、あの大きさの魔物に二人。
(……私だったら)
ふと過った危険な発想に、私は思いっきり首を振った。誰かの前で化け物みたいな魔法を使うことは、全ての終わりを意味する。見て見ぬふりなんかできないけど、今はアシュレイを助けるのが最優先。次期国王陛下になられる王太子様を死なせるわけにはいかないでしょう。
「お願い、死なないで」
荒い呼吸を繰り返すアシュレイを背負って、私は必死に村へと歩く。
「アリアちゃんっ!」
村にたどり着いたら、隠れていた村人が数人外にいて駆け寄ってきた。
「毒消しの薬草ってある?!」
「王太子殿下ッ」
「さっきの魔物から毒を受けたみたいなの」
「毒消し用の薬草を全部持ってこい!」
一人の村人がそう叫べば、周りにいた人たちがそれぞれに散って、大急ぎで薬草をかき集めに向かう。そして、近くの家にアシュレイを運ばせてもらって、ベッドに寝かせることができた。
治癒魔法が効いて、出血は止まっている。後は体内にある毒を消すだけ。
「アリアちゃん、水を汲んでくる」
「ありがとう。それと飲み水と布もお願い」
「あいよ」
尋常じゃない汗が額や全身から溢れていた。苦し気に吐き出す息には熱も籠っている。
「飲み水と布だ。俺は薬草の調合を依頼してくる」
医者はいなくとも、先人の知恵は受け継がれている。いくつか薬を作ってみると、村人は部屋を走って出て行った。
「効果があるか分からないけど、やってみる価値はあるわ」
今まで一度も試したことなんかないけど、私は飲み水をコップに注ぐと、そっと手を翳して治癒魔法を水に含ませる。
淡い光がコップを包み込み、水が輝き出す。まるで光を纏った水。
「お願い、飲んで」
アシュレイの口元にコップを宛がい、ゆっくりと流し込む。
「ゴホ……、ぅ…、ッゴホ……」
「少しでいいの、飲んでっ」
咽るように水を吐き出してしまったアシュレイの首元をそっと持ち上げて、祈るように水を飲ませる。
半分は零してしまったけど、それでもアシュレイの体内に水が注がれた。
体内に入り込んだ毒の進行を少しでも遅らせることができればと、願いを込めて作成した治癒水。果たして効能があるのかは不明だけど、何もしないよりはいいと、私はしばらく様子を見ることにして、流れる額の汗を布で拭いてあげる。
「どうして魔物なんか……」
そんな気配全くなかったのに、突然村に魔物が姿を見せた。おそらく村人を守ってアシュレイは負傷したのだけど、この村にはそれほど多くの食料などない。
普通魔物たちは食料を求めて姿を見せることが多い。でなければ、魔物たちの怒りを買ったか、おそらく二択。人間を襲うのは、魔物たちにとって邪魔な存在だから。
「――あ゛」
ふと飲み水が視界に入って、私は思いっきり頭を抱え込んだ。
(原因は……、私、ね)
魔物が姿を見せたその原因に、心当たりが二つ見つかり、私の肩に重石が課せられた。
「ああ――ッ! 信じられないわ。これを引き起こしたのが私だったなんて……」
どうしよう、どうしよう、とんでもないことになってしまったと、大罪の罪が降り注ぎ、全身から血の気が引いていく。
アラステア国は水不足に悩まされていた、つまりそれは魔物たちの生息地も同じで、この村に大量の水が現れたことで、おそらく水を求めてやってきた可能性大。
それともう一つ。それは私が結界を張るのを忘れていたこと。
ライアール国を追放されて、馬車の中でアシュレイが聖女様が病気を患い、結界が弱まっていると聞いた。つまり、脆くなっていた結界はすぐに壊されてしまったと言うこと。
「……」
もはや言葉が出てこない。
次期国王陛下を瀕死状態に追い込み、師団長と側近の二人も危険な状態に巻き込み、ついでに村にも危険を運んだ。
「――今度こそ、死刑だわ」
なんて大罪を犯してしまったのかと、顔色が真っ青になる。
「あッ、こうしてはいられないわ!」
奈落に堕ちた心だったけど、このままだと新たな魔物が水に引き寄せられると思い出し、私は毒にうなされるアシュレイを横目に、深く頭を下げる。
「本当に申し訳ございません。今から約束を果たしてまいりますので、どうぞお気を確かに」
声など届かないとは思ったけど、謝罪はすべきだと、私は深々と謝罪をして部屋を飛び出す。
「うわっ、アリアちゃん?」
「急用を思い出したので、少し出てきます」
「出てくるって?」
「すぐ戻りますから、王太子様をお願いします」
「あ、え、……外は危険だ」
「大丈夫です。ちょっとそこまでですから」
通路でぶつかってしまった方にアシュレイを託し、私は急いで村から離れる。なるべく遠くへ、本気の魔法を使用する姿を誰にも見られないように。
「洞窟?」
どのくらい走ったのか、前方に細い洞窟らしき穴を見つけ、急いで駆け寄る。
「う~ん、横向きならなんとか入れるかしら?」
この洞窟の中なら誰にも見つからないと、私は自分の身体を押し込めるように必死に通り抜ける。
(巨乳じゃなくて良かったと、今、初めて喜んだわ)
大きな胸だったら、絶対に入れなかったと、なんとも複雑な心境で隙間に体を押し込める。
「どこか広い場所があるといいんだけど」
さすがに壁に押しつぶされた状態で、本気の詠唱を唱えることは出来ない。壁に服を擦りながら進むこと数分。
「あったぁぁ~」
突然ぽっかりと現れた小さな空間に、両手を挙げて歓喜の声をあげる。しかも、天井が少し崩れているため、その穴から光が射しこんで、なんとも神秘的な空間だった。
「ここなら大丈夫」
結界魔法を使ってもバレない。私は、差し込む光の真下に移動するとブレスレッドを外す。
が、ここでまたまた厄介な問題を思い出す。
「そういえば、ライアールにかけた結界魔法の効果が、そろそろ切れるんじゃないかしら?」
数か月に一度結界魔法をかけていたけど、その効果がそろそろ切れる頃合いだったことを思い出す。結界に歪が現れたのは、効力期限が迫っていたからだ。でも今の私は、国外追放を受けた身だし、そもそも私が居る国にしか魔法の効果はないし、
「本物の聖女様が現れたんですもの、もう大丈夫よ」
と、効果が切れても問題ないと思い直して、私は両手を羽根のように広げる。
『眩耀(げんよう)境界、……アライア。アラステア国に恩寵を与えよ』
広げた両手を前でゆっくりと重ね合わせるように動かし、そのまま左右の指を絡ませ祈るように組む。
最後にその手に口づけを落とせば結界は完成する。
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