第15話 王太子が負傷!

「これはこれはアシュレイ王太子殿下!」

「本日はいかがされたのでしょうか?」

「このような村に足を運んでくださるとは、誠に有難い」


あっという間に取り囲まれたアシュレイは、村人たちに笑顔を見せながら、アリアの姿を探すが、やはりどこにもない。この村を訪れるのは数年ぶりになり、皆が懐かしくも、優しく迎えてくれる。

母親が元気だったころは、頻繁に視察を兼ねて国中を回っていたのだが、王妃であるクレア=アラステアが病に倒れてからは、城内で仕事をすることが増えてしまったのだ。


「日照りが続いているので、農作物の被害状況の視察にきた」


国全体の異常事態に、国を周っているともっともらしい理由をつけてアシュレイは口にする。実際、国の異常事態を見て回っているのは本当だが、結界が弱まっている現状で城を離れられないため、報告書による現状しか把握できていないため、アシュレイは心を痛めていた。


「この村も水不足で作物が育たなくて困っておりましたが、女神様が水を与えてくださったのです」

「女神様とは?」

「ここではなんですから、どうぞ中へ」


村人たちは王太子様に立ち話は失礼だと、村長の家へと促す。

詳しい話は、お茶を煎れてからゆっくり話しますと、村人たち数人がアシュレイを案内し、村を救ってくれたアリアを呼んでくると、二名ほどがそのまま捜索に向かった。

当然アシュレイを見かけてしまったアリアは、秒で逃走。


(もしかして、探しに来たの?)


せっかく落ち着ける場所を見つけたと思ったのに、また別のところへ逃げなければいけないのかと、私は村人に見つからないようにこっそりと村を抜け出す。


「見つけたぞ、嘘つき女」


背後から剣を首筋に宛がわれ、私は足を止める。この声は……。


「……ローレン様」

「この俺を騙すとは、覚悟はできてるんだろうな」


冷ややかな声が聞こえ、大嘘がバレていることを知る。師団長を欺いた罰は、当然受けなければないないだろうと、私はガクッと肩を落とす。


「申し訳ありません」


泣きたい気持ちを抑えてとにかく謝ってみる。

すると、首筋に宛がわれた剣が取り除かれた。もしかして許してもらえたのかと、私が振り返れば、超不機嫌な表情で縄を手にしてた。


「村に嫁いできたアリーだったな」


絶対嘘だと分かっていて、ローレンは引き攣る口角を震わせてそう口にした。

これ以上怒らせてはいけないと、私は下を向いたまま口を開く。


「私は、ライアール国より来ましたアリアと申します」

「やけに素直だな」

「アシュレイ王太子様に、お聞きになったのでしょう」

「当然だ」


縄をピンッと張られたら、罪人確定演出が見える。このまま城へ連行されて罰を受けるか、それともここで断罪か、どちらにしてもスローライフにはたどり着けなくなった。


(短い人生だったわ……)


逃げても、暴れても、国から追われる罪人となってしまえば、平和に暮らすことなど叶わなくなる。つまり、詰んだ。

私は大人しくローレンに縛られる覚悟を決めて、地面に膝をつく。


「どうした、抵抗しないのか?」

「無駄な足掻きはしません」


下される罰がもしも軽かったら、まだスローライフの願いが叶うかもしれないと、僅かな望みを胸に私は『我慢よ』と、心で言い聞かせる。


「よい心がけだ」


素直に縄をかけられ、私はアシュレイの元へと連行される。



「きゃぁぁ――ッ!」

「うわァァっ」



歩けと指示されたその時だった。村から多くの悲鳴が聞こえ、その中にアシュレイの声も混じり、


「アレフ、皆を安全な場所にッ」

「アシュレイ様、お下がりください!」


村人たちを誘導しているようだった。

当然ローレンは、私の縄を手放してアシュレイの元に走る。私も縄を解いて走るんだけど、体力がないのよ、ほんと。ローレンの背中がどんどん遠ざかって、完全に引き離された。

それでも悲鳴が聞こえる村にたどり着かなくてはいけないと、必死に走る。

私が到着したときには、村の中に人影はなく、ローレンの姿もなかった。


「どこ?」


村の中で必死に耳を澄ませば、村から少し離れた場所で音が聞こえ、私は息を切らせてまた遅いけど走り出す。


「アレフっ、アシュレイを連れて行け」


剣を構えたローレンが、負傷しているアシュレイを早く安全な場所へと指示を出すが、その背後には巨大な蛇の魔物が見えた。

そして、腕から大量の血を流すアシュレイの姿も。


「何があったの?!」


ようやくローレンに追いついた私は、現状が分からず声をあげる。


「アリア、来るな」

「で、でも……、きゃぁッ」


その場で立ち尽くしていたら、突然アレフに荷物のように腰を抱きかかえられて連れ去られる。魔物から少し距離を置いた林の中に連れてこられ、アレフはアシュレイを地面にそっと寝かせた。


「我が主君を頼む」


奥歯を噛み締めて絞り出した声でそう託すと、アレフはローレンの元へ戻って行く。


「ちょ、と、どうしろっていうのよ!」


血まみれのアシュレイを託されても、医者じゃない私には治せない。

だって、これは『毒』だから。

擦り傷、切り傷などの皮膚の再生は治癒魔法で治せるけど、毒や病気は解毒薬の知識、病気の知識のあるものでなければ治癒出来ないのだ。だから医者という魔術師が存在している。解明できていない毒や病気の類は治癒できないが、毒の成分、効果的な薬の知識があれば魔法で治すことができるのが医者の称号を得ている者。

つまり、私にはその知識がないから、アシュレイを助けることが出来ない。

変色している腕を見れば、先ほどの魔物から毒を喰らったのは間違いない。おそらく噛まれたのだろう。


「このままじゃ、死んでしまうわッ」


毒は確実にアシュレイを蝕んでいる。放っておくことなど出来ないけど、今から医者のいる街まで運ぶ時間もない。


「……はぁ、う゛、……ぁ……」

「しっかりして!」


苦し気に呼吸をするだけのアシュレイの腕を持ち上げ、私はスカートを切り裂いて毒が体に回るのを少しでも防ごうと傷口の上の方をきつく締め上げる。

それから無駄だとは思いつつも、手を翳す。


「お願い、少しでも効いて……『アルミス』」


効果はないと分かっていても治癒魔法を詠唱することしかできない。魔法で傷口は塞がり、大量に流れていた血は止まったけど、毒は体内に残ったまま。

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