第14話 魔法は得意なんです

アシュレイ王太子の外出は、極秘で行われた。

影武者を用意し、ローレンとアルフというアシュレイの従者を連れ、アリアがいるだろう村を目指した。城のことはヴァレンスが上手く立ち回ってくれると約束してくれたから。

大勢で押しかけてまたアリアに逃げられては困るからだ。

真夜中に城を出発したので、村についた頃は太陽が頭上にあった。


「アリアちゃん、穂があんなに生き生きと風に揺れてるよ」

「良かったぁ~、枯れてはいなかったのね」

「今年はもう駄目かと思ったんだけどね」

「豊作間違いなしですよ」

「これも全部アリアちゃんのおかげだよ」


たっぷりの水が張られた畑にそよぐ緑は、サラサラと流れるように揺らめいていた。

それを喜ぶアリアと年配の女性は手を取り合って喜ぶ。そして、村人たちも生き生きと蘇った田畑を見て回っていた。

それを影から見たローレンとアシュレイは、思わず息を呑む。それは、広大な敷地に広がる緑。聖女である王妃様が病に倒れた影響か、今年のアラステア国は、日照りが続いていたからだ。川の水も、湖の水も枯渇寸前であり、水魔法の得意な魔術師たちが連日、川や湖に水を供給していても間に合わないくらいだった。

それが、村の畑にはどこもかしこもたっぷりの水が……。


「アシュレイ、これは一体?」

「まさかアリア一人でこの量の水を供給したのか?」

「おいおい、総魔術師様だってこの量は難しいだろう」


ひそひそと声を潜めて、二人は額に汗を浮かべながら、アリアを恐怖の眼差しで見つめる。

これほどの魔力を消耗すれば、気を失うどころの騒ぎではなく、数か月は使い物にならないだろうと、ローレンは顔を青くしたが、アリアは平気ではしゃいでいる。


「……、聖女どころの騒ぎはないな」


アシュレイもまた顔色を変えてアリアを見る。一体全体アリアはどうなっているのだと。二人はもうしばらく様子を見てから顔を出すことを決め、身を隠す。


「アリアちゃんは、女神様だよ。ほんとに」


年配の女性に続いて村人たちが集まってくる。


「違いますって。私は人より少しだけ魔法が得意なだけなんです」

「この村には魔法使いがいないからね、アリアちゃんが来てくれて助かったよ」

「魔術師様に依頼するようなお金もなくてね……」


村人たちは、アリアに支払うお金もなくて申し訳ないと顔を曇らせたが、


「みんなが喜んでくれたなら、お金なんて要らないってば」


笑顔で、お金なんか要らないと言う。


「井戸まで復活させてもらって、本当に感謝しかない」

「いいの、いいの。その代わり住むところを提供してもらっちゃったし」


そう言いながら、アリアは小さな小屋みたいな家を指さす。空き家になっていた家を無償で貸してもらったのだ。


「あんな小さなボロ屋しか空いてなくてね」


朽ちた家なら他にもあったが、住めそうな家はあれしかなかったと、村人たちはアリアにしてもらったことに対しての対価が見合わないと、皆が頭を下げる。


「もう、本当にいいんだってば。ご飯だって食べさせてもらってるし、私にできることなんかあれくらいしかないの」

「いや、あんなにしてもらえるなんて、神様だよ」

「神様はちょっと言い過ぎ……」

「昔頼んだ魔術師様なんか、畑一つ分しか水を張れなかったからね」


それなのに、お金だけはかなりの高額を請求されたといい、それ以来、村は魔術師に依頼するのを辞めたと話してくれた。畑一つ分の食料と支払った金額が見合わなかったのだ。

魔術師と言えども、この広大な畑に水を張ること自体、かなりの魔力を消費することは分かる。しかも村が所有している畑全部となれば、魔力をすべて使い果たしても難しいことも。

故に、アリアがどれほど化け物に近いかが伺える。


「私には魔法増幅アイテムがあるから、普通の人より強い魔法が使えるだけだよ」


山中の深い場所にある村人なら、きっとそんな高価なアイテムは知らないと踏んで、アリアはブレスレットを見せてあげる。

当然水を張ったときは外したけど。


「街にはそんなアイテムがあるんだね」

「これがあれば魔術師様だって、本来の倍以上の威力が出るんだよ」

「そうなのかい?」

「ただ、かなり高額でね。手に入れるのが難しいの」


でも、私がお勤めしていた主様が頑張ったご褒美に買ってくれたのだと、アリアは村人に説明する。真っ赤な嘘で。


「とにかく、助かったよ。ありがとうアリアちゃん」

「これでなんとか生活できそうだ」

「アリアちゃんのおかげで、通常通りの収穫ができるよ」


アリアに水魔法を施してもらい、作物も育つし、枯れた井戸も復活した。当面水には困らないだろうと、村人たちは感謝しながら、お昼ご飯にしようと散っていく。

人がはけ、静かになった村を遠目に見ながら、アシュレイとローレンは互いに顔を見合わせる。


「他人の為に、あれ程の魔法を無料提供したのか?」


先に口を開いたのはローレン。

衛兵でも精鋭部隊でもない者が、無償で魔法を提供するなど、ほぼあり得ない。医者でさえ魔法を使用すればそれなりの金額をとる。普通の魔法使い程度なら、持ち合わせている魔力量も使用できる範囲も力量も小さいから、命にかかわるようなことはないが、魔術師ともなれば、使用できる魔力が大きく、その反動も大きく、強大な魔法を使用すればそれ相応の対価を奪われる。よって、身の危険が及ぶような強い魔法を施すときは、それなりの料金をいただくのは当たり前なのだ。

それが、アリアはあれほどの魔法を使用しておきながら、何も求めていなかった。


「慈悲深いのか? それともただのお人好しなのか?」

「アシュレイ、俺はやはり魔術師だと判断する」

「ローレン」

「聖女様にしては、攻撃魔法の威力が高い。いや、高すぎる」


祈りや治癒魔法を得意とする聖女様には、どうしても見えないとローレンが口にすれば、アシュレイはアリアが話した、街全体を治癒したのはレイリーンだという言葉を思い出す。


(やはり、治癒を施したのは新しい聖女で間違いなかったのか?)


しかし、あの子供はアリアが詠唱をしたときに光が包んだと言った。レイリーンという聖女と同時にたまたまアリアの治癒魔法が重なったのか? そんな偶然があり得るのか?


「どうした、アシュレイ?」


黙り込んでしまったアシュレイを不自然に感じ、ローレンが声をかければ、突然アシュレイが立ち上がる。


「確かめる」


何かを決意したように、アシュレイは村に行くとローレンに告げる。

嘘ばかりを並べるアリアを問い詰めて、真実を暴くと決めたのだ。今度こそ逃がさないと、強く心に決めたアシュレイに、ローレンは一人で行くように言う。

王太子を一人にするのは正直気が引けたが、アシュレイは強い。それにいざとなればアレフが守る。それを信じてローレンは自分はやるべきことがあると話す。


「俺が彼女を捉える」


おそらくアシュレイが姿を見せれば、アリアは逃げ出すだろうと読んでの行動だ。


「確かに、また逃げられたら困るな」

「少しでも距離を縮めろ」

「健闘を祈ってくれ」


何としてもきっかけを作って、アリアに興味を持ってもらうしかないと、アシュレイはとにかく優しく、紳士的に接することを誓う。

そして、従者であるアレフはそのままアシュレイについていく。王太子を命を懸けて守る従者であるアレフは無口な男であり、任務を確実に遂行するため、静かにアシュレイの少し後ろを歩いていく。


「急に訪ねてきてしまい、申し訳ない」


一人で村に足を踏み入れたアシュレイ王太子に、村人たちが急ぎ集まり、皆が頭をさげて迎え入れる。

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